第21話 荷物がお届きですよ
到着するなり室内を探検しないまま、備え付けのベッドに寝ころんでしまった。
もちろん、部屋の中をつぶさに観察したいという気持ちが無かったわけじゃあない。
だけど、しばらく落ち着ける場所で休んでなかったから真っ先に浮かんだのがベッドへのダイブだったに過ぎない。
え? 宿でぐっすり休んだんじゃないのかって? 宿は宿なんだよね。これだけペットを連れていたら、隣室や階下が気になってソワソワしてしまうんだ。
「といっても、それほど探検するところもないのだけど……」
見上げた天井は梁がそのまま露出している。屋根の形がそのまま見える構造になっていた。
部屋も仕切りがなく、20畳くらいでワンルームである。キッチンは扉から見て反対側の壁沿いに備え付けられていた。
中は至ってシンプル。この物件のいいところは外にあるからな。
明日は一日かけてじっくり外を散策することにしよう。みんなと野原で駆けまわるんだ。楽しみで仕方ない。
◇◇◇
翌朝――。
何やら外でガラガラと車輪が回る音やら、馬の嘶きやらが聞こえてきて目が覚める。
俺が起き出してくるのに合わせて、ギンロウがパタリと尻尾を振り上げ起き上がった。
ロッソ? ロッソは爬虫類らしく? 早朝の動きが鈍い。
彼の生態はトカゲに近いみたいで、日光浴をして体温が上がっていくると活動的になる。
といっても全く動けなくなるわけじゃあないみたいだ。
冒険した時なんか朝から彼と一緒に歩いたことが何度もある。だけど、彼は立ち止まることもなく普通について来ていたからな。
朝の活動が鈍いのは単なる気分的な問題に過ぎないんじゃないかとも最近思っている。
「わおん!」
ロッソと違って起きるなり元気よく吠えたギンロウは入り口扉の前で口を開けハッハとしていた。
「えらいぞ。ギンロウ。家の周囲は安全だけど、むやみやたらと飛び出して行かない方がいいって分かっているんだな」
ロッソを撫でまわしていると、枕元のスライムがぴょんぴょん跳ね自分がいることをアピールしてくる。
「くああ!」
天井の梁に留まっていたファイアバードもスライムに合わせるかのように元気よく鳴く。
みんな朝から元気だなあ。爬虫類を除く。
ロッソはのんびりした性格もさることながら、種族上仕方ない部分もある。
彼は日光で暖まらないと体が元気にならないんだ。……いや、「外は寒イ」とか言って冬場は暖炉でぬくぬくしていることも多い。
その代わりといってはなんだが、暑い季節はめっぽう強い。人間と違って盛んに水分補給しなくても脱水症状になることもないし、動き回っても暑さでぐったりすることだってないのだ。
「よっし、行くか」
動かぬロッソをベッドの上に置いて、ギンロウと共に外へ繋がる扉を開ける。
後ろからはぴょんぴょんとスライムが跳ねてついてきていた。
トントン――。
おっと、扉口まできたところで先に扉を叩く音が響く。
「おはようございます。ノエルさん。トネリコです」
「おはようございます! 今開けますね」
ガチャリと扉を開けると、樽のような腹をした口髭を生やした中年の男――トネリコがにこやかな顔で立っていた。
「トネリコさん、朝早くからどうしたんです?」
何か手続きに漏れがあったのだろうかと首をかしげる。
しかし、トネリコはにこにこしたまま、俺に外へ出るように促した。
軒先には車輪が二つの荷台とそれに繋がれたロバの姿があったのだ。
まさか。
「ひょっとしてもう、家具を?」
彼には家の購入と同時に家財道具(魔道具も含む)を頼んでいた。
彼の様子からして、もう準備ができた様子。
「はい。これは第一弾です。生活に必須のものを先にお持ちしたんですよ。昨日はベッドを運び込むのに精一杯でしたから」
「え、ベッドは最初からあったわけじゃなく、トネリコさんが!」
少しでも注意していたらすぐに気が付いただろ、俺。
昨日は新居のウキウキと疲れから、ベッドの様子に何ら違和感を覚えなかった。
既に暗かったこともある。
普通に考えて、長期間放置されていた家にしては不自然だったんだ。
部屋の中を歩いても埃が立たなかったし、ベッドにかかったシーツもまるで新品のようだった。
あちゃあ……。
気が付いていたら、真っ先にお礼を述べに行ったのに。
といっても、これだけ朝早く訪ねてきてくれたから、お礼よりトネリコの訪問の方が早かっただろうけど。
「ありがとうございます! トネリコさん! おかげでぐっすりみんなで休むことができました!」
遅くなったが、力一杯頭を下げ彼に礼を述べる。
一方でトネリコは特に気にした様子もなくでっぱったお腹をポンと叩き人好きのする笑顔を見せた。
「いえいえ。ゆっくりお休みになられたようで幸いです。今お持ちしたものは、先ほど述べました通り生活必需品のみです」
「ありがとうございます」
「それでは、運び込みましょうか。今のままだとトイレも面倒でしょう」
「たはは」
後ろ頭をかき、トネリコと共に荷物を降ろしはじめる俺なのであった。
◇◇◇
トネリコと協力して部屋に荷物を運び込んだわけなんだけど、ベッド以上の大物家具はなかった。
というのは、彼が言った通り生活必需品が荷物の主体だったってのもある。
浄化の魔道具(トイレ用)、水栓の魔道具、魔力を通すと光るランタンの三点セットはもちろんのこと、食事用のテーブル、食器、調理器具まで揃っていた。
いやありがたいありがたい。
特にこれ以上は必要ないんじゃないかなと思えるほどだ。
「ありがとうございました。トネリコさん」
「いえいえ。あとはクローゼットとラグをお持ちするつもりです」
荷物を運搬、設置が終わり、軒先でトネリコに向け深々と礼をする。
一方で彼は嫌な顔一つせずポンとお腹を叩きにこやかにほほ笑んだ。
トネリコを見送ってから、トイレとキッチンの様子を確かめてみた。
キッチンの水栓を捻るとちゃんと水が出て来るし、トイレもちゃんと機能している。
いやあ、よかったよかった。
浄化の魔道具と水栓の魔道具はこの世界の家には必須のアイテムなのだ。
難しい工事なんて必要なくて、魔道具を指定の場所へ取り付けるだけでちゃんと動く。
注意が必要なことはただ一つ。魔石の魔力切れだけである。
魔石とは電池みたいなもので、魔道具に取りつけると中に蓄えた魔力を少しづつ消費していく。
含有する魔力が空になってしまうと、魔道具が動かなくなってしまうんだ。
魔道具にもよるけど、だいたい半年から一年で取り換える必要がある。
だけど、浄化と水栓の魔道具は毎日使うものだし、最も普及した魔道具だけあって長期間使用できるように工夫されたものも多い。
俺の家にある浄化と水栓の魔道具は標準的な四つの魔石を取り付け可能なタイプで、使用期間は一年半程度。
「んー。生活感が出て来たなー」
改めて部屋を見渡すと、必要最小限ではあるもののシンプルでいい部屋になったと自画自賛してしまう。
ベッドと食事用のダイニングテーブルに椅子が二脚だけの居住空間に、キッチンの棚の上に置かれただけの食器と調理道具が見える。
冒険用の荷物なんかは、実家の自室から持ち運んでこないとな。それらは部屋の隅にでも適当に置いておこう。
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