第22話 トラ、タマ、ミケ

 さっそく小川でギンロウと一緒に「水浴びだー」と思っていたんだけど、着替えもなけりゃあタオルもない。

 やっぱり先に実家へ荷物をとりにいかなきゃなってことで、出かけようとしたらさ。


『お使いカ。ここで待ツ』

 

 とか言ってロッソが屋根の上にのそのそと登って行ってしまった。


「おーい。ご飯はどうするんだ?」


 こういう時は食べ物で釣るに限る。しかし、ロッソは俺の言葉を無視して屋根の上から降りてこようとはしない。

 うーん。屋根を見上げると、サンサンと照り付ける太陽の光が目に痛い。

 雲一つない晴天だ。

 引っ越しの間もトネリコから差し入れされたブドウを食べていたものなあ。

 彼の今の気持ちは「屋根の上で日光浴がしたい」で占められているに違いない。

 ロッソの生態はトカゲに近く、健康な身体を維持するためには日光浴が欠かせないからな。

 生物的に必須なことを好むというのは良い事でもある。

 いっそのこと、俺も屋根の上に登って昼寝でもしようかな?

 

「いやいや。荷物を取りに行くんだろ!」

「わおん」


 頭を抱え首をブンブン振りながら叫んだ俺を心配したのか、ギンロウが足元まで寄って来て吠える。

 はっはと舌を出すギンロウが可愛くて、ついつい彼の首元から背中までわしゃわしゃしてしまった。

 和むー。


「だから、そうじゃなくってだな!」

「くああ」


 バンガローもとい自宅の向かいにある木の枝にとまったファイアバードが自己主張してくる。

 深紅の羽は色鮮やかで緑とのコトントラストが美しい。尻尾のように伸びた長い尾羽はある種の彫刻のようで、彼の羽の中では俺が一番気に入っている部位だ。

 ファイアバードの羽は太陽の光を吸収するようで、彼の周囲だけ空気の揺らぎが違って見える……気がする。


「ギンロウ。ロッソとファイアバードの様子を見ていてもらえるか?」

「わおん!」


 ふさふさの銀色の毛をポンとして、尻尾をフリフリ振るギンロウに笑いかけた。

 こうして顔をあげて口を開けているギンロウから、戦いの時に見せる勇壮さを欠片も感じない。

 彼は元来、穏やかな気質をしているのだ。こうしていると人懐っこい犬とそう変わりはないんだよね。

 だけど、スイッチが入った時の彼の動きは華麗な舞を見ているようで、見惚れてしまう。

 このギャップがまたいんだよ!

 

 ……っは。またしても、ギンロウをナデナデして時間が過ぎてしまった。

 

 ◇◇◇

 

 後ろ髪引かれる思いで我が家を出る。敷地を出るまでにしばらく歩くのはご愛嬌。

 これだけ広ければ、野球だってできるぞお。ギンロウとフリスビーで遊ぶのもよいなあ。

 ふ、ふふふ。

 

 街はずれも甚だしい我が家からだと、実家に行くにも結構な時間がかかってしまう。

 自転車でもあればすぐなんだが、生憎この世界には自転車がない。

 開発すりゃあ作れそうなものなんだけど……。

 じゃあ、自分で挑戦しろよと思うかもしれない。残念ながら、俺は致命的に手先が不器用でね。

 釘を真っ直ぐに打つことでも難儀するほどなんだぞ。

 そうだ。自転車の構想をエルナンに伝えてみようかな。彼は知識欲が激しいし、熱中してくれればひょっとしたら自転車が出来上がるかもしれない。

 俺に構造を聞かれてもまるで分からないので、自力で全て何とかしてもらわないといけないけど……。

 彼に話題を振るだけはしてみようかな。ひょっとしたらひょっとするかもしれないじゃないか。

 

 この石畳の道を自転車で下って行けたらなあなんて妄想しているとウキウキとしてきた。

 大通りに入り、冒険者ギルドのある辺りを抜けたら我が家だ。途中にタチアナの働く「火をふくアヒル亭」もある。

 大通りは今日も今日とて露天が軒を連ね、多くの人が行きかっている。

 自分の店に客を呼び込む声や、道行く人たちの声、漂ってくる焼いた肉の香り……俺はこの大通りの雰囲気がとても好きだ。

 生きているって感じがしてさ。

 活気にあふれる大通りの様子は俺にまで活力を与えてくれているようで。

 

 おや、あれは。


「トラ、ミケ、タマ」


 露天と露天の間にある家の軒下に、トラ柄、三色、白ブチの猫が並んで寝そべっていた。

 道行く人は彼らに気づいた様子もなく、先を急いでいる。

 彼らの元まで行くと、トラ柄のトラが首だけをあげ、また地面に顎をつけ目をつぶった。


「今日も元気そうでよかった。ちっと待ってろ」


 すぐ隣にある露店まで早足で進み、店主に向け右手をあげる。

 

「おっちゃん、いつもの」

「あいよ。そこの猫たちにだな」

「うん」

「しばらく来なかっただろ。冒険ってやつに行っていたのか?」

「そそ。三匹とも何事もないみたいで」

「まあな。お前さんがいない時、残り物をあいつらにやっていたんだぜ」

「おお。おっちゃん。ついに動物愛に目覚めたか!」

「捨てるよりマシだろ!」

 

 そんなことを言いつつも、彼の目は笑っていた。

 中年のおっさんが照れても気持ち悪いだけだぞ!

 慣れた仕草で味付けしていない肉を包んでくれる。

 

「あ、俺にも一本欲しい」

「私にもいいかな? ノエル」

「うお。ミリアム!」

「何よ。その顔ー」


 おっさんが経営するこの露天は焼き鳥屋なんだ。

 焼き鳥と表現したが、ネタは鳥肉だけじゃなくイノシシや食用爬虫類の肉なんかも取り扱っている。

 肉に合わせて味付けを変えていて、なかなかに旨い。

 店主のおっさんがミリアムと俺に鶏肉の串を一本ずつ手渡してくれる。

 お代はもちろん俺持ちだ。

 ミリアムは疑問形で俺に聞いてきただろ? あれは、「おごりでいい?」という意味である。


「ほい」


 包み紙を開けて地面に置いてやると現金なもので、三匹ともむくりと起き上り並んでむしゃむしゃし始めた。

 三匹の猫を眺めながら、ミリアムと一緒に焼き鳥をぱくりと。


「おいしい。ありがとう。ノエル」

「いんやー」


 ミリアムの笑顔を見れただけで、焼き鳥一本の価値はある、と思う。なんてね。

 くすりと笑うと、キッと睨まれた。

 冒険者ギルドの受付である彼女は冒険者の間で密かに「氷の仮面」とか言われている。

 怜悧な見た目と近寄りがたい雰囲気から来ているのだろうけど、一応、営業スマイルは浮かべてはいるんだよね。

 それがまたきいいんと冷えると思う人も多いみたいだ。俺は特にどうこう思わないんだけどさ。

 逆に女性冒険者からはカッコイイと評判である。

 

「ミリアムならいろんな人から奢ってもらえるんじゃないのか?」

「ううん。ノエルとエルナンだけよ?」

「え、えええ。そうなの」

「うん」


 エルナン、ミリアム、俺、あと「火をふくアヒル亭」の看板娘カタリナは子供の頃からの付き合いだ。

 彼女も甘える相手を選んでいるのかな? 何だか少しホッとする俺であった。


 食べ終わった後、ミリアムの何気ない一言で固まってしまう。

 

「ねえ、パープルボルチーニの採取はもう行ってきたの?」

「あ、すっかり忘れてたああ!」


 ま、まあ。

 明日にでも出発すればいいだろ、うん。

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