第20話 みんなの状態チェック

 「火をふくアヒル亭」を出る頃にはすっかり日も落ち、街の明かりが灯りはじめていた。

 この明かりは蛍光灯でもガス灯でもない。魔法の明かりなんだぜ。

 魔法って便利なんだよな。汚水も魔法の力で浄化しちゃうし、水道だって魔道具を使えばキッチンで蛇口を捻るだけで水が出てくるようになる。

 日本と同じ……とまではいかないけど、科学文明に匹敵するほど魔法文明ってやつも素晴らしいと俺は思っている。

 ただし、産業革命をしているわけじゃあないから、大量生産品ってのは存在しないのだ。

 なので、便利な魔道具はお高い。全てハンドメイドだから仕方ないんだけどさ。

 

 そんな生活に便利な魔道具を販売したり、クスリなんかも取り扱う広く浅くな商店が、俺の実家であるルシオ錬金術店である。

 魔道具を扱うのは錬金術店だけじゃなく、魔法屋やら魔道具屋やらいろいろあるんだ。俺のイメージだと錬金術店は専門性が低く、幅広い商品を取り扱っている感じである。 逆に魔道具屋は、日用品というよりは冒険で使うアイテムだったり、高級な一点ものを扱っていたりする。

 

 さてと着いたぞ。

 火をふくアヒル亭から大通りに出て、細い路地に入ったらすぐに実家に至る。

 

「ファイアバード、スライム。ここが俺の実家だ。ギンロウは二回目だな!」

「くああ」


 ギンロウの頭を撫で、ついでにファイアバードの首元をつんつんした。

 ならばと思ったのかは不明だが、スライムも地面で跳ね自分もとアピールしてくる。

 「可愛い奴め」と、にまにましながら手のひらでペタペタとスライムに触れたら、ひんやりとして気持ちよい。

 

 一週間ぶりの実家だ。

 家も購入したし、向こうに住み始めたら自室で寝ることが少なくなるだろう。

 だけどまあ、同じ街に住んでいるんだし、何かあればすぐに駆け付けることはできる。

 それに、実家の手伝い――素材集めは続けるつもりだから、実家への足が遠のくわけじゃあない。

 せっかくだから自室へ泊ってなんて考えていたのだけど、抱えるペットたちを一瞥し考えを改める。

 さすがにこの数で泊ると、迷惑をかけそうだ。

 何しろここは錬金術屋。所狭しと様々な物が置かれている。大きなアイテムから小さな小石までバラエティーに富んだ品揃えだ。

 実家なんて言い方をしたら、まるで俺が他の場所で住んでいたようにも聞こえるかもしれない。

 

 せっかく実家に来た事だし近況報告だけして、何か足りない物があるか聞くことにしようかな。

 泊りはペットと共に宿泊できる宿を取るとしよう。

 

 ◇◇◇

 

 ――二日後。

 全く、父さんは……。郊外に家を買ったと伝えるや父さんが店の奥から魔道具を出して俺に渡してきたんだよ。

 俺としては欲しかった魔道具を頂けて嬉しいんだけどさ。タダでもらうわけにはと言ったんだけど、「独立祝い」だときかなくて。

 俺はもう既に冒険者稼業を初めて数年になるんだぞ。今更、独立も何も……。 

 

 新居のベッドに寝そべりながら、真鍮の外枠にガラスがはめ込まれた片眼鏡を眺め目を細める。

 鎖をつけて首から吊り下げようかなあ。

 父さん、ありがとう。

 心の中で彼に感謝の言葉を述べ、サイドテーブルに片眼鏡をそっと置く。

 興味を引かれたのかロッソがのそのそとベッドからサイドテーブルに移動して、前脚で片眼鏡をちょんちょんとつっつき始める。

 

「ロッソ。そいつは食べ物じゃあないからな」

『硬い。金色だガ。金じゃあないナ』

「真鍮だとロッソのセンサーには反応しないか」

『そうだナ』

 

 忘れがちだが、ルビーを感知して発見できたのはロッソの力が有ってこそ。

 しかし彼は、もう片眼鏡には興味が無くなったようで、枕元へ戻ってきた。

 ベッドの下ではギンロウが丸まって寝そべっている。

 

 実家の錬金術屋に顔を出し、新居を買ったことを告げると両親と妹は俺を祝福してくれた。

 また増えたペットに対しては、三人とも「また拾って来て……」と最初は苦い顔をしていたけど、すぐに「まあ、ノエルだからな」とギンロウを撫でてくれたんだ。

 実家に挨拶した翌日に手続きが済み、更に一日経過してようやく新居に引っ越しができた。

 外観は年季の入ったログハウスだったが、ちゃんとベッドも備え付けてあって、さっそくゴロンと寝転がり今に至る。

 

 仰向けから体を横に向け、手を伸ばす。

 白銀のふわふわな感触が手のひらに伝わり、思わず顔がにやけてしまう。

 ああああ、たまらん。

 もう一度ベッドを転がって、下に落ちギンロウに抱き着くようにしてわしゃわしゃと彼の首元を撫でる。

 

「わおん」

「もふもふ。いいなあ。もふもふしてて」

『ふン』


 あ、ロッソが拗ねてしまったかも。

 だって仕方ないじゃないか。触り心地抜群なんだもの。

 でも、ま。そうも言っていられないか。


「ロッソ。その片眼鏡な。魔道具なんだぞ」

『オレンジが出てくルなら。評価してやってもいイ』

「オレンジは出てこないけど……ロッソにも使ったことがあっただろ。エルナンが持っていたアレと似たようなものだよ」

『あったカ?』

「ほら、ステータス鑑定をしただろ。エルナンが貸してくれて、俺も使ったじゃないか。この片眼鏡はあれと同じ『鑑定』の魔道具なんだよ。魔力を込めれば何度でもステータス鑑定ができてしまう優れものなんだぞ」


 この片眼鏡はエルナンの持っていたものより性能は劣る。それでも、それなりにお値段が張るんだよね。

 魔道具ってものはお高いものなのだ。

 お安く済ませたい場合は、スクロールを使うに限る。鑑定なんてしょっちゅう使うものでもないから、一回限りのスクロールで十分事足りる。

 なので、わざわざ鑑定の魔道具を購入する人が少ない。そんな理由もあり、需要が余りないから数も少なく、数が少ないからお高いという市場原理が働く。

 でも、スクロールの在庫を気にせず、いつでもステータス鑑定ができるってのは魅力的だ。

 ロッソだけじゃなくギンロウにも何度か「鑑定」を使っているんだけど、彼は全く記憶にございません状態になっている。

 興味が無いことは記憶から抹消してしまうのかもしれん。


「んじゃ、定期健診入りまーす。まずはロッソから」

『別に要らなイ』

「まあそう言わずに」


 片眼鏡を手に取り、魔力を込めて目に当てる。


『名前:ロッソ

 種族:エンペラーリザード

 獣魔ランク:S++

 体調:腹八分目

 状態:フルーツが食べたい』 

 

 腹八分目なのにやっぱりフルーツが食べたいのか。

 満腹だとどうなるんだろう。

 じーっとロッソを見つめるが、しっしと前脚で邪けんにされてしまった。

 

「続いて、ギンロウ」

「わおん」


 首元をわしゃわしゃさせてから、片眼鏡を覗き込む。

 

『名前:ギンロウ

 種族:フェンリル

 獣魔ランク:S+++

 体調:おねむ

 状態:ノエルに懐いている』

 

「そのままそこで寝ていいんだぞ」

「くうん」


 伏せるギンロウの傍で両膝を付き、彼の背中を撫でる。


「くああ」


 そこへ、ファイアバードが嘴を上にあげ「俺もいるぞ」とアピールしてきた。

 ベッドの上ではスライムがぴょんぴょんと跳ねている。

 

「よっし、二人とも鑑定しようか」


『名前:無

 種族:ファイアバード

 獣魔ランク:C+

 体調:満腹

 状態:くああ』

 

『名前:無

 種族:イエロースライム

 獣魔ランク:D+

 体調:良好

 状態:ノエルに懐いている』

 

「ファイアバード……。何だろう、この状態。どう判断したらいいんだ?」


 エルナンの持つ鑑定の魔道具ならば、もう少し分かりやすい表示になりそうだけど……。

 残念ながら、俺の持つ鑑定の魔道具では「くああ」らしい。

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