第19話 イチゴ

「ノエル。どうするの?」

「どうするって?」

「目録を見たんじゃなかったの? 大きな買い物をするというのに」


 呆れたように額に手を当てるミリアムであったが、目録のことなどすっかり忘れていたよ。

 彼女から目録を借り、目を通す。

 え。ええええええ!


「トネリコさん。買います! この目録にあるものをすぐにお金に変えます。一緒に家具も買いたいです」

「畏まりました。お買い上げありがとうございます。では、店で手続きをいたしましょうか」

「はい!」


 随分とお安くしてくれたのかもしれない。

 以前目をつけていた物件が38万ゴルダだったから、とてもお得感がある。

 それによりなにより、目録の金額に驚いて倒れそうになったことは秘密だ。

 何しろ、目録に書かれていた金額は家と家具を買ってもまだおつりがくるのだから。

 

 喜ぶ俺に対し、両腕で胸をあげるように腕を組んだミリアムがまだ何か言いたい様子。

 ぺったんこだから、そんなことをしても強調はできないぞ。なんてことを言おうものなら、俺の明日は無い。

 

「まだ何かあった? あ、もしかして俺が一桁見間違えていたとか! やっぱりそうだよな」

「間違ってないわ。緊急依頼の報酬をまだ受け取っていないでしょ? 目録の換金もあるし、この後冒険者ギルドに来てね」

「分かった」


 そう言えば、そうだった。緊急依頼をこなしていたんだったよ。

 土地のことしか頭になかったので、ミリアムが言ってくれなきゃタダ働きしていたところだったぞ。

 ありがとう、ミリアム。

 心の中で彼女にお礼を述べる俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 冒険者ギルドにミリアムと共に向い、報酬を受け取った後、目録の換金をお任せする。

 換金をしたらそのままトネリコさんに渡してくれるというので、俺は手続きが完了するのを待つのみだ。

 早ければ明日いっぱいで完了すると言っていた。

 

 というわけで、新居に向かいたいところだけど、手続きが終わるまではお預けである。

 冒険者ギルドを出る頃には、夕焼け空が急速に暗くなってきている時間だったので少し早いけど、夕食でも食べにいくかー。

 因みに、ミリアムから食事をおごれと言われて約束していたけど、生憎彼女は本日夜遅くまでお仕事だった。

 仕方ないから彼女にはお仕事を頑張ってもらうことにして、俺はギンロウたちとお食事タイムとあいなったわけである。

 ああ、可哀そうだなあ。ミリアム(棒)。

 

「ロッソ、着いたぞ」

『おウ』


 匂いに誘われたのか、右手で握っていたロッソがむくりと目を覚ます。

 あまりの大所帯になるので、ファイアバードとスライムは冒険者ギルドに預かってもらっている(もちろん、有料で)。

 なので、ここにいるのは俺、ギンロウ、ロッソのみだ。


「ギンロウ、俺のオススメの店なんだ」

「わおん」


 中腰になりギンロウの首元をもふもふさせ、彼と供に店にかかった看板を見上げる。

 

『火をふくアヒル亭』

 店の壁から横に伸びた棒に取りつけられた看板の文字をギンロウに聞かせるように読み上げる。

 看板の上はランプになっていて、夜になっても看板の文字が読めるように配慮がなされていた。

 

 両開きの扉は開け放たれていて、扉の横に置かれた自立できるようにした黒板には「営業中」とチョークで書かれていた。

 営業中の文字の下には本日のおすすめメニューと共に、デフォルメされたシンプルな「アヒルマーク」も描かれている。

 

「いらっしゃいませー! あら、ノエル。早い夕食なのね」

「やあ」


 赤毛をポニーテールにしたエプロン姿の少女が元気いっぱいに挨拶をしてくる。

 彼女は俺の肩に登って来ていたロッソの口元へ指先を寄せ左右に振る。


「ロッソちゃん、元気していたー? ちょ、ノエル! この子は!」


 後ろからついて来ていたギンロウに気が付いたウェイトレスの少女は、ぱああっと目を輝かせ両手を開く。


「触ってもいいぞ。紹介が遅れたけど、先日仲間になったギンロウだ」

「ギンロウちゃん! 白銀とブルーのワンポイントがとっても綺麗! よろしくね。カタリナよ」


 ギンロウの前で膝を屈めたウェイトレスの少女ことカタリナは、自分の両頬の横で両手をヒラヒラと振る。

 ギンロウはギンロウで親しみやすい彼女に向けハッハと尻尾を振っていた。

 「触れてもいい」と言ったんだけど、彼女はわしゃわしゃとせずその場で立ち上がり、奥のテーブル席に俺たちを案内してくれる。


「ご注文は何にする?」


 俺が椅子に座るのを見計らって、カタリナがメニューをストンとテーブルの上に置く。

 俺にメニューを聞いた彼女は、テーブルの上に乗ったロッソの頭を指先でつんつんして微笑んでいる。

 今は夕食前ってこともあり、店内には俺しかいない様子。だからなんだろう。彼女は「注文が決まったら呼んでね」とは言わず、その場で待っているっていうわけだ。

 ロッソと遊びたいから、なのかもしれないけど。

 ロッソはロッソでクルクル巻いた尻尾を伸ばし、カタリナの小指をくるるんとして遊んでいる様子だった。


『イチゴ、あるカ?』

「うん。ロッソちゃんはイチゴね!」


 前言撤回。

 ロッソは食い意地だけで動いていたらしい。

 

「ギンロウには骨付き肉をたんまりと。俺は、外に出ていたオススメ……えっと何だっけ辛そうなの」

「ホロホロ鳥のトンガラシスープ、港風パン、ボアイノシシのピリ辛ソテーかな?」

「それそれ。ピリ辛ってトンガラシマックスなのかな?」

「それは見てのお楽しみにね!」


 ウインクしたカタリナがポニーテールを揺らし、カウンターの奥に消えて行った。

 空いているからか、五分も待たないうちにカタリナがお盆に料理をのせて戻ってくる。

 

「はい。ロッソちゃんはイチゴね。ギンロウちゃんは火を通しちゃったけどよかったのかな。お肉だよ」


 イチゴが三個のった小皿をロッソの前に、400グラム以上はありそうな骨付き肉を床に置くカタリナ。

 しゃがむときにはちゃんとお盆をテーブルの上に置いて、俺の料理が落ちないようにすることも忘れない。

 この辺りは本当に手慣れているよなあ。

 

「はい。ノエルの分ね」

「ありがとう」


 鉄鍋に入ったスープは真っ赤っかで、ほろほろ肉の油が浮いていてうまそうな匂いが鼻孔をくすぐる。

 ボアイノシシのソテーも、ソースの色が赤色だ。両方ともトンガラシをふんだんに使っているみたいだ。

 

「ごゆっくりどうぞ!」


 ペコリとお辞儀をしたカタリナは、カウンターの横の定位置に戻ったところでこちらに小さく手を振った。

 あの位置は店内を見渡すのによいらしい。

 木のスプーンで真っ赤なスープをすくい、口に運ぶ。

 か、辛い!

 だけど、これがたまんないんだよな。

 異世界は日本と違って、電気やガス、大量生産な消費社会じゃあなかった。

 かといって、地球の過去にあったような文明ってわけでもない。

 雰囲気は中世から近世に入りかけたくらいなんだけど、ところどころで現代日本社会以上の便利さを発揮している部分もある。

 俺にとって幸いだったものの一つは料理だ。

 アマランタの街には様々な食材が集まり、現代日本と比べても遜色のない食事をとることができる。

 だけど、日本時代と同じ名前の食材だといって、同じものだとは限らない。

 ブドウやオレンジなんかは日本のものとほぼ同じなんだけど、例えばトンガラシなんかはまるで異なる食材なのだ。

 トンガラシはカブトムシのような甲虫の角をすり潰したもので、味は唐辛子に似る。

 

 港風パンをちぎって、ホロホロ鳥のスープへ浸し、ぱくりと。

 よいねえ。

 港風パンはフランスパンみたいに、外は硬く中はふわふわなパンだ。アマランタの街では一番食べられているんじゃないかなあ。

 今俺がやっているように、スープに浸して食べることが多い……と思う。

 

「もしゃもしゃ……ごくん。ギンロウ。まだまだ食べていいからな! 腹いっぱい食べろよ」

『分かっタ。イチゴを追加ダ』

「ロッソは食べ過ぎると、また腹を壊すぞ」

『問題なイ』


 なんて感じでおかわりしつつ、全員が腹いっぱいになるまで食事を楽しむ。

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