第8話 更なる進化
ブートキャンプ7日目――。
うはあ。
森の中にこんなモンスターまでいたのか。
三対の丸太のような脚を備えた顔はドラゴン、全体的な体つきがワニに似るモンスターが、巨大なカエルに似たモンスターと対峙している。ワニは全長七メートルほどで体高も二メートルを超えていた。鑑定によるとスワンプドラゴンという表示名だった。
一方でカエルの方も負けてはいない。足先から頭まで六メートル以上はあるだろう。いかつい顔をしたカエルは体色も茶色っぽく全く可愛げがない。こちらの名前はカイザーフロッグというらしい。
エルナンから借りた片眼鏡――鑑定の魔道具はとても便利だな。奥地のモンスターの知識なんてないから、種族名を知ることができるだけでもありがたい。
繁みの中から様子を窺っていた俺は、出るべきかこのまま様子を見るべきか逡巡する。
エルナンと別れた俺たちは場所の制約がなくなった。なので、三日かけて森の奥へ奥へときていた。
これでブートキャンプを開始して七日目になる。
その間、ギンロウの爪が彼の成長についていけなくなって……エルナンから拝借したとある魔物の牙から作った爪に変更している。
とっても高価なものに見えたので、彼に遠慮したら彼は「いいものを見せてもらったお礼だ」と俺に牙を押し付けてきたんだ。
そのうち彼にお礼をしなきゃだなあ。
それはともかくとして、さすが奥地。巨体なモンスター同士がバトルしているところに出くわした。
修行を始めた当初、こんな奥地まで来る予定はなかったんだけど、そこはほら我が子可愛さというか。
ワイルドウルフからクーシーへと進化したギンロウ。一方でロッソもギンロウと同様にペットリザードからクラウンリザードへ進化した。
彼らがどこまで強くなったのかを確かめてみたい。彼らの可能性をもっと伸ばしてみたいと思うのが親心ってものだ。
ギンロウはギンロウでまだ見ぬ強敵に心躍らせているようだし。
ロッソ? ロッソはいつも通りのほほんとしている。彼にとって重要なことは食事だけみたいだ。
ロッソが相変わらずなので、俺も平静を保っていることができる。ロッソとギンロウ、そして俺、みんな揃って安定したチームとなるんだ。
ドオオオオン――。
うおおお。大迫力だな。
六本の脚で繰り出す突進力でもってスワンプドラゴンがカイザーフロッグの腹へ体当たりをする。
一方のカイザーフロッグは両前脚を広げ、後ろ脚だけで地面を支える体勢で突進を受け止めた。
カイザーフロッグの足元の土が盛り上がり後ろへずずずずと体ごと持っていかれるものの、スワンプドラゴンの動きが止まる。
攻勢が途切れた隙を見逃さずにカイザーフロッグがスワンプドラゴンを前脚でうっちりをかます!
ドシイイインというすさまじい音が響き渡り、スワンプドラゴンが背中から地面に叩きつけられた。
しかし、まるでダメージなど受けていないかのようにくるりとスワンプドラゴンが起き上がり、耳をつんざく咆哮をあげる。
「ちょ……もう無茶苦茶だ!」
凄まじい咆哮なんてあげるものだから、音に惹かれて上空から鷹の顔にライオンの体と翼を持つモンスターが姿を現す。
あれは鑑定しなくても分かる。空の暴れ者「グリフォン」だ。
更にもう一体、巨大なカマキリまできやがった。
奥地のモンスターとなると俺の知識の中にないからなあ。名称さえ分からん。グリフォンみたいな有名モンスターだと話は別だけど。
鑑定の魔道具を使ってもいいけど、それどころじゃあなくなってきたんだよ!
「うおおおおおん」
この流れに触発されたのかギンロウも吠え声をあげる。
いや、違う。
ギンロウは誇り高く、闘争心は高いけど戦闘狂ではない。
「ギンロウ。カマキリを任せるぞ。たぶん、あいつがあの中で一番強い。ロッソ」
『ん?』
「俺たちはグリフォンをやるぞ」
『ほっときゃいいんじゃないのカ?』
「ここはギンロウの気高き精神に乗ろうじゃないか。ギンロウはさ、ワニとカエルの一騎打ちに水を差した二体に向け、吠えているんだ」
『分かっタ。だが』
「オレンジ二個」
『三個ダ』
強欲なやつだよまったく。
首をあげたギンロウの背をポンと叩くと、弾かれたようにギンロウが繁みから飛び出していく。
「ロッソ」
『へいへイ』
憎まれ口を叩きながらもロッソは俺の肩からぴょーんと飛ぶ。
ぼわんと白い煙があがり、ロッソの姿が弓へと変化した。
俺の手に収まった弓を構え、右手で舷を引き絞ると光り輝く矢が現れる。
ロッソの武器変化能力も格段にパワーアップしているんだ。
行くぜ。相棒。
「シャイニングアロー」
手から離れた光の矢は瞬きするよりも尚速くグリフォンの眉間を貫いた。
グリフォンは糸が切れたように空中から地面へ真っ逆さまに落ち、ぴくぴくと体をふるわした後、動かなくなった。
光の矢は弾丸よりも速度が速いんじゃないかな。この速度なら狙いをつければまず外れることがない。
更に、魔法の一種のため中てる場所を指定すれば自動的に風の影響など受けず真っ直ぐに飛んでいくのだ。
『終わっタ』
「まだだ。万が一のためにギンロウのサポートができるよう、このまま待機」
弓から元の姿に戻ろうとするロッソを押しとどめ、体の向きをカマキリの方へ向ける。
その時、ちょうどギンロウがカマキリの懐へ飛び込もうとしているところだった。
カマキリが右の刃を振るうが、ギンロウが低い体勢で横にステップを踏みなんなくカマキリの刃を回避する。
なんなく懐に飛び込んだギンロウが口を開くと、周囲の空気がふるえ澄んだ青い光がカマキリを包み込む。
次の瞬間、ギンロウの右前脚がカマキリの胸部を叩く。
パリイイイイン。
ガラスが割れるような音がして、カマキリはバラバラになって崩れ落ちた。
「ギンロウの冷気も磨きがかかったな!」
カマキリの大きさはカイザーフロッグと比べ一回り小さい程度。
二日前までは熊くらいの大きさを凍り付かせるのが精一杯の様子だったけど、カマキリが粉々になった様子から察するに今回はあの巨体を完全に凍り付かせることができている。
ギンロウとロッソの成長に嬉しくて涙が出てきそうだよ。我が子はやはり可愛い。うんうん。
「げーこげーこ」
俺が感動している間にスワンプドラゴンを倒したカイザーフロッグが間抜けな鳴き声をあげた。
奴は俺たちには目もくれず、ドシンドシンとその場を立ち去っていく。
「ギンロウ!」
もどってきたギンロウを抱きしめ、頭を撫でる。
はっはと舌を出した彼は、尻尾をパタパタと振って喜びを露わにした。
戦いが終わったと判断したロッソは弓から元の姿に戻り、俺の肩にのっかって長い舌で俺の頬をぺしぺしする。
「二人とも強くなったなあ」
『約束ダ』
「分かった分かった。でもその前に体調チェックをさせてくれ」
エルナンから預かった最高級の鑑定魔道具である片眼鏡を右目に当て、ギンロウとロッソを見やる。
『名前:ギンロウ
種族:フェンリル
獣魔ランク:S+++
体力:5230
魔力:3400
スキル:アイスブレス、パラライズミスト、アイスエッジ、気配感知、超嗅覚
体調:良好
状態:ノエルに懐いている』
『名前:ロッソ
種族:エンペラーリザード
獣魔ランク:S++
体力:3600
魔力:6200
スキル;変化、言語、嗅覚、隠遁、主人の能力+++、主人の成長促進++、アルティメット
体調:空腹
状態:フルーツが食べたい』
おお、また種族名が変わっている!
ギンロウはクーシーになった時と同じ姿のままだ。足先がアイスブルーになって、他は元の毛色で大きさにも変化はない。
ロッソはペットリザードの時から変わらずだ。
ギンロウはやっぱり美しい毛並みだけじゃなかった! 彼は素晴らしい素質を持っていた。
一方で、ロッソに関しては申し訳ない気持ちがやはり拭い去れない。
獣魔の成長にはモンスターを倒すことが一番だと分かった。だけど、俺はこれまでロッソの素質を開花させることなく安穏と採集の日々を送ってしまっていた。
エルナン曰く、人間と同じでペットにも成長限界があるとのこと。
たった七日間、集中してモンスターを倒しただけでここまで強くなるんだ。それをないがしろにしてしまった。
ペシンペシン。
人の気持ちも知らないで……。
待ちきれなくなったロッソが俺の頬を舌で激しくぺしんぺしんしてきた。
やれやれと苦笑し、リュックからオレンジを二個取り出し地面に置く。
『三個ダ』
覚えていたのか。
食べ物の恨みはというが、ロッソの記憶力は確かなようだな。
もう一個オレンジを地面に転がし、貪りくらうロッソの様子にくすりとくる。
「二人とも、どこに出しても恥ずかしくないほど強くなった。グリフォンとカマキリの素材を回収して街に戻ろうか」
ポンとギンロウの背を叩き、んーっと背筋を反らして伸びをする俺なのであった。
修行期間は予定通りの七日。
たった七日でロッソとギンロウは素晴らしい成長を見せてくれた。
爪の効果があったとはいえ、それだけじゃあここまで育たないと俺は思っている。
何が言いたいかというと、彼らは素晴らしい才能を持っていたってことさ!
ギンロウを捨てたアルトとかいうテイマーに対し、「見る目が無い奴め」とスカッとした気持ちになるのかというと……微妙なんだよなあ。
俺だって、ロッソのことがある。彼は短期間で進化できるだけの才能と
しかし、結果良ければ全て良し!
ロッソはフルーツを食べることができて満足そうだし。
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