第7話 進化

 どうする? やるか。それともそっとこの場を立ち去るか。

 フォレストベアのモンスターランクはB。俺の冒険者ランクより高い。

 いや、迷うことはないか。何のために森に籠っているんだ? それが答えだ。

 

「ギンロウ。かなわないと思った敵から逃げることは恥じゃない。生き残ったもんが強いんだ。くれぐれも無理はせず、距離をとって注意をひくだけでいい」

 

 囁くようにギンロウに告げる。

 彼の背をそっと撫でると、弾かれたようにギンロウが駆けだす。

 

 ギンロウの足音に気が付いたフォレストベアは食事を止めくるりと体の向きを変えた。


 ぐうウオオオオオ。

 耳をつんざくような咆哮をあげ、フォレストベアは真っ直ぐにギンロウに向かって駆けだす。

 しかし、ギンロウは右方向へ急激に向きを変え、フォレストベアをいなす。

 

 よし、うまい!


『まずイ。空ダ』


 ロッソに変化を頼もうと思った時、彼が顎を上にあげ舌を出す。

 ち、今の咆哮にひきつけられたか。

 空には一羽の大きな鷹が舞っていた。翼開帳サイズが3.5メートルもあるこいつは、グレートイーグル。

 空を飛ぶ魔物だけに、スピードはギンロウをも凌ぐ。


「ロッソ、変化だ!」

『おウ』


 グレートイーグルがギンロウの後方から強襲したらただでは済まない。

 だが、俺たちは一つのチーム。あっちは特に連携をするでもない。そこを突く。

 当たり前だが、ギンロウを犠牲にこの場を切り抜けるなんて選択肢はない!

 

 ロッソが長槍に変化する。


「うおおおおお。こっちだ。フォレストベア! グレートイーグル!」

 

 ワザと注目されるよう精一杯声を張り上げ、長槍を大きく振りかぶった。


「行けええええ! ギンロウ、フォレストベアは任せたぞ!」


 俺の言葉を理解してくれたのか、フォレストベアと距離をとっていたギンロウが向きを変え奴に向かっていく。

 対するフォレストベアも後ろ脚だけで立ち両前脚を広げギンロウを威嚇する。

 

 ヒュウウウウン。

 ここで長槍を投擲!

 ギンロウに集中していたフォレストベアの肩口に深々と槍が突き刺さり、そのまま突き抜け地面を穿つ。

 

 グガアアアアアアア!

 鼓膜がビリビリ揺れるほどの悲鳴が響くが、この隙を見逃すギンロウではないだろう。

 あとは任せた!

 

 なんてギンロウのことを案じている余裕なんてねえ。

 急げええ!

 確認している暇はない。

 投げ終わった体勢から前へ思いっきりジャンプし、地面をゴロゴロと転がる。

 すぐ真後ろで風が横切った。

 

「ふ、ふうう。間一髪!」


 跳ねるように立ち上がり、腰の大振りのダガーを引き抜く。

 俺の目前には地面に降り立ったグレートイーグルが再び空へと舞い上がる姿が映る。

 弱肉強食の世界で生きるモンスターは、一番狙いやすい者、弱い者から襲ってくるんだ。

 今の場合、長槍を投げた俺が最も無防備で、その前段で叫び声をあげて注目を受けている。

 グレートイーグルが狙いを定めてくるのは予想通り。

 これで、ギンロウが挟まれることもなくなった。

 問題は……俺がダガー一本でグレートイーグルの相手をしなきゃなんねえってことだ。

 ロッソが俺の元に戻って来てくれたら他にやりようはあるんだけどな……。

 チラリと横目でフォレストベアの方を確認すると、既に先ほどまで地面に刺さっていた槍の姿はない。

 変化を解いたロッソが戻って来てくれるまで何とか粘る。

 こういう時は欲張って攻撃しようなんて思っちゃあいけない。凌ぐことだけ考え、時間を稼ぐ。

 ……そういうわけにもいかないか。フォレストベアに大きな傷を与えたとはいえ、ギンロウ一人にフォレストベアを任せているわけだし、彼がピンチになるかもしれない。

 

「うおお!」

 

 キイインと澄んだ金属音が響き、グレートイーグルの鋭い爪を弾く。

 爪を弾かれたグレートイーグルは俺が次の動きに入る前に空高く舞い上がってしまう。

 ヒットアンドアウェーかよ。

 空に逃げられたら俺に対抗する手段は投げナイフのみ。一撃で仕留め切れないと……ちょっとよろしくないことになるな。

 手持ちは今握りしめているダガーと解体用のナイフの二本だ。

 確実に息の根を止めないと丸腰になる。

 

「わおおおおん」


 ギンロウの遠吠えが耳に届く。彼だって頑張っているんだ。

 俺もやらねば。

 ギリと歯を鳴らし、低い体勢でダガーを構え直す。

 その時――。

 べちゃっと俺の顔に何かが付着した。

 こ、このひんやりとした足裏の感触……。

 

「ロッソか」

『おウ。ギンロウがオレを投げタ』


 ギンロウの奴、自分にだって余裕なんて無いはずなのに。

 更に不可思議な事象が続く。

 対峙するグレードイーグルの横腹から半円上の氷の刃が襲いかかったのだ!

 誰だ? 魔法使いなんてここにはいない。

 でも、少なくとも敵じゃあないか。

 誰だか知らないけど、感謝するぞ。

 

 だが俺は見てしまった。これでグレートイーグルを仕留めることができると安堵し、確認のためにもギンロウの方をチラ見したのだ。

 も、もしかして。さっきの氷の刃はギンロウがやったのか。

 彼は特殊能力か魔法かは不明だけど、氷の刃を使ったに違いない。何故なら、彼の体がスキルを行使した後の独特の硬直状態に入っていたのだから。

 何してんだよ。ギンロウ!

 「自分のことを」って言ったじゃないかよ。

 いくら手負いとはいえフォレストベアの一撃をまともにもらったら。

 

「ロッソー!」

『おウ』


 再び長槍になったロッソを「フォレストベア」に向けて投擲する。

 ズバアアアン。

 今度はフォレストベアの頭に直撃した!

 よっし、仕留めた。

 だけど、ちいとばかし……。

 

 不意に出現した氷の刃に戸惑っていたグレートイーグルだったが、傷を負いながらも空から俺に向け強襲してくる。

 対する俺は成すすべもなく、グレートイーグルの爪に切り裂かれ、そのまま奴にのしかかられてしまう。

 次にくる嘴で突き刺されたらまずい。

 必死に体をよじり、グレートイーグルの足から逃れようとするが、がっしりと爪で掴まれビクともしねえ。


 ところが、グレートイーグルは横に吹き飛び地面を転がる。


「ギンロウ!」

「わおん!」


 ギンロウが襲われた俺を救ってくれた!

 ついでにロッソも俺の元に戻ってくる。

 

 こうなれば後は怖い物は無い。

 ギンロウが氷の刃でグレートイーグルを釘付けにしている間に、ロッソが転じた長槍で奴を貫く。

 三人揃えば、一体相手なら無双できるな。うん。

 地面に槍と共に落下したグレートイーグルはそのまま動かなくなった。

 

「あれ、ギンロウ。足元の色が変わっているな」

「わんわん」

 

 グレートイーグルの爪をはぎ取ろうとナイフを引き抜いたところで、彼の脚元の色が変わっていることにようやく気が付いた。

 さっき氷の刃を使ったのも、戦闘をしながら強くなったからかな。

 強くなった証拠が脚元の色の変化なのかもしれない。銀色から鮮やかなアイスブルーへと変わっている。

 剥ぎ取りをやろうと思っていた俺は手を止め、ますますカッコよくなったギンロウの首元をわしゃわしゃと撫でまわす。

 

 ◇◇◇

 

 大立ち回りをしてしまった俺たちは、この日これでモンスターとの戦闘を終了する。

 翌日、傷が癒えた俺とギンロウ、ロッソは、片っ端からモンスターを仕留めて行く。

 ギンロウが氷の刃を使えるようになったので、この辺りのモンスターはもう俺たちの敵じゃなくなっていたからな。

 ロッソの変化する武器も威力があがった気がする。

 

 そんなわけで三日目を終えたギンロウとロッソのステータスはこんな感じになった。

 

『名前:ギンロウ

 種族:クーシー

 獣魔ランク:A+

 体力:1800

 魔力:1320

 スキル:アイスエッジ、気配感知、超嗅覚

 体調:良好

 状態:ノエルに懐いている』

  

『名前:ロッソ

 種族:クラウンリザード

 獣魔ランク:A

 体力:970

 魔力:3200

 スキル:変化、言語、嗅覚、隠遁、主人の能力++、主人の成長促進

 体調:空腹

 状態:フルーツが食べたい』 

 

 種族名が変わっているが、これは大成長した獣魔ペットに稀に起こる事象で「進化」と言うらしい。

 これも爪の効果がなせる業だとエルナンが教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る