第6話 装蹄師スキルはとんでもなかった

 ギンロウはやっぱりすごかった。小石投げだけじゃなく、匂いを嗅いでモノを探すのだって、一度目より二度目、二度目より三度目と目に見えて動きがよくなるんだ。

 ブドウがなっている場所のすぐそばでイノシシを発見したので、これをギンロウが気を引いたところを横からロッソの変化した槍で突きさし仕留める。

 ロッソと二人だけの時に比べて、戦術の幅も広がり食糧確保も楽々になった。

 

 少し早いが本日の目標だった食糧の安定確保は達成したし、ブートキャンプに戻る。

 途中でモンスターに会えば戦おうと思っていたけど、今日のところは会う事がなかった。この森、結構な確率でモンスターに出会うんだけど、こういう日もあるってことか。


「一体……どんな激しい修行をしたんだい?」

「ん?」


 ブートキャンプで食事をとる俺の横で鑑定をしてくれていたエルナンが、手に持つ羽ペンをポロリと落としてしまう。

 ついでにメガネもずり落ちてきそうな勢いだった。

 

「ほら、これを見てみるといい」

「うん」


 エルナンからメモを受け取り、記載されたステータスを眺める。


『名前:ギンロウ

 種族:ワイルドウルフ

 獣魔ランク:C-

 体力:90

 魔力:0

 スキル:嗅覚

 体調:良好

 状態:ノエルに懐いている』

 

「おお、少し強くなった?」

「モンスターを狩りまくったのかい? 一日で体力が倍にまで成長している。それに『嗅覚』スキルまで覚えているじゃあないか」

「嗅覚はあれだろ、オレンジとブドウを探したから。体力はそらまああれだけ歩けば?」

「……その分だとモンスターと戦ってもいないってことかな」

「イノシシは仕留めたぞ! うまいよな、イノシシ」

「わおん!」


 「なっ」とばかりにガツガツ肉を食べるギンロウへ目を向けると、彼は元気よく吠える。

 何故か頭を抱えくらりと地面に崩れ落ちるエルナンであったが、ギンロウのステータスは体調「良好」と記載されているし問題はないはず。

 明日からはモンスターを狩るぞお。

 

「あ、そういや、エルナン。一つ、ここに来る前の話になるけど、変わったことがある」


 ポンと手を打ち、そういやエルナンにハッキリと伝えていなかったなあと思い出す。

 こちらは軽い気持ちだったのだけど、彼は息を飲みえらい剣幕で喰いついてきた。

 

「そういう事は先に言って欲しかったよ! で、何があったんだい?」

「ギンロウを仲間にした時さ、爪がボロボロになっていて、それで『装蹄師』スキルで付け爪を作って」

「ふむふむ。付ける前と付けた後の違いは?」

「装着した直後は驚いたよ。ギンロウが軽くジャンプしたら部屋の天井に頭をぶつけちゃってさ」

「な、何だって! 信じられない。ワイルドウルフは跳躍が得意じゃあない。犬型モンスターらしく、持久力はあるけど猫のような縦の動きは得意ではないんだ」

「それは、ギンロウの素質じゃないのか?」

「素質は……無いと言えば嘘になるけど、それだけじゃあない。原因は君の錬金した爪で間違いないだろう。ひょっとしてロッソにも?」

「うん、ロッソは生まれつき爪が欠けていてさ。小さな爪を作ってずっと付けているよ」


 エルナンは右手で額に手を当て、もう一方でズレ落ちた片眼鏡を支えつつ思いっきり眉間に皺をよせる。

 右手の指を動かし自分の額とトントンと叩く姿は鬼気迫るものがあり、呆気に取られてしまう。

 それほどまでに唸るほどのことなんだろうか?


「確認させて欲しい。『装蹄師』スキルは君の固有スキルだよね」

「うん。その名の通り、馬の蹄鉄を作る錬金術スキルの一種だ」

「それが転じて、爪も作ることができるというわけだよね」

「そそ。馬の足先を保護するという意味合いで装蹄師なんだろうと思う。他の動物にも応用が利いたんだよ。といっても、ロッソとギンロウ以外に作ったことはないけどね」

「……前言撤回するよ。僕は君がギンロウとロッソに激しい修行をさせたと言ったよね。でも君はイノシシを狩ったくらいであとは散歩だったと言う」

「その通りだよ。俺がエルナンに嘘をつく理由なんて一つもないだろ? 君にギンロウとロッソの様子を見てもらうためについてきてもらったんだから」

「それでもだよ。僕は君が獣魔に無理をさせたことを僕に告げたくなかったのかと邪推したんだ。事実、君の言う通りだったってわけだ。その理由も分かった」

「え? やっぱりギンロウの素質がずば抜けてるってことだよな?」

「ギンロウの素質があることは否定しないって言ってるじゃないか。ハッキリ言おう。ギンロウだけじゃなくロッソも異常な成長を見せている。イノシシを狩っただけでここまで成長したのだから」


 ん?

 エルナンは何かを掴んだようだけど、俺には全く想像がつかないぞ。

 

「君の『装蹄師』スキルだよ。馬の蹄鉄を作った場合は君からの情報がないから不明だけど、ギンロウとロッソの異常な成長は、爪が原因で間違いない」

「ギンロウのジャンプが突然凄くなったのも?」

「そうだよ。最高に成長したワイルドウルフであってもそれほど高く跳躍はできない。君はこれまでモンスターをほとんど狩っていなかったと聞いたけど、それでもロッソの成長は凄まじい」

「ロッソの戦闘能力が上がったとは思わないけどなあ」

「人の言葉を使いこなすだろう? それに、変化だっけ? も使える。ペットリザードがそんなことできるわけないだろう? 素質というのは種としての限界値までだ。それを超えることはできない」

「そんなもんか」

「そうなんだよ! 君は自覚が無さ過ぎる。これがどれだけのことか……他にも条件があるのかもしれないけど、少なくともギンロウとロッソに関しては爪のブーストで獲得経験値も超絶ブーストされている……のだと確信している」


 息まくエルナンに「お、おう」と曖昧な返事しかできなかった。

 その後彼は俺に親切心から釘をさしてくる。

 「ハッキリと条件が分かるまでは爪のことを喧伝しない方がよい」と。

 元より俺は爪のことを自慢気に語るつもりなんてない。俺は愛する仲間の爪が欠けていた。だから、爪を作っただけなのだから。

  

 ◇◇◇

 

 ――ブートキャンプ二日目。

 朝食と朝の健診が終わったらすぐに修行へ繰り出す。

 オレンジの木がある場所を拠点にグルグル周囲を回ってみることにしたんだ。

 何もロッソがいつでもオレンジを食べられるようにってわけじゃあない。オレンジの木の周囲は高い木が無くて、目印にするに丁度良かったんだ。

 視界も悪くないから、休憩をしていて襲撃を受けてもすぐに気が付くことができるしさ。

 

『その藪の向こうダ』

 

 肩にのったロッソが舌で指し示す。


「ギンロウ、どうだ? 感じ取れるか?」

 

 ギンロウはまだ気が付けていない様子。

 まだロッソの方が感知能力が高いようだな。でも、彼のことだ。すぐに察知できるようになるさ。

 俺? 俺も同じでモンスターの気配に気が付くことができていない。

 ロッソと二人で冒険していた時も、彼に随分と助けられた。

 距離はだいたい百メートルと少しってところか。

 足音に注意しつつ、藪の前でしゃがみ込み様子を窺う。

 

 お、ちょっと厄介なモンスターだな……。

 緑系の迷彩色の毛皮を持った熊が、鹿を食べている。

 あいつは動物系モンスターでフォレストベアだったかな。確かそんな名前だ。

 森の浅い地域で遭遇するのは珍しい。不意を打てばやれんことはないモンスターだけど、普段ならスルーしている。

 あいつは全長四メートルほどの巨大を誇り、太い木の幹でも一発で追ってしまうほどの筋力を持つ。

 筋力も怖いが、最も脅威なのはタフさである。なかなか倒れないんだよな……それにスタミナも豊富で逃げても逃げても追いかけてくる。

 幸い木登りは下手だから、木の上に登れば諦めてくれるんだけど。

 だけど、下手な木に登ると木ごと倒されて「あれええ」となるから注意が必要。

 

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