第9話 困った奴ら
アマランタの街に戻ってきた。
一週間も森に籠っていたから悪臭がするんじゃないかって? いやいや、そんなことはない。
森にも水場ってのが必ずあるもんなんだ。そこでバッチリ水浴びをしてきたからな。街の人が引くようなかぐわしい感じにはなっていないぜ。
まず向かったのは、
実家に納品する分の薬草やらキノコやらはもちろん採集してきているんだけど、モンスターを倒しまくったので抱えきれないほどの素材を抱えているんだよ。
荷物が多すぎて野良猫を撫でる余裕もなかったほど。
しかし、これだけあれば、街はずれの土地を買うに必要十分だ。ふ、ふふふ。
ついでと言ってはなんだけど、エルナンも冒険者ギルドに来てくれるというし、鑑定の片眼鏡も返却できる。
「彼の店に寄るから」と言ったんだけど、せっかくだから一緒に食事でもなんて言ってくれたのだ。
久しぶりのまともな料理だから、食事のことを想像するだけで腹がぐううと悲鳴をあげてしまう。
よおし、到着到着。
冒険者ギルドに入ると、さっそく受付カウンターに向かう。
カウンターには二人の受付嬢がいるのだが、せっかくだからミリアムに接客してもらおうと思っていたら先客がいた。
「ちっと待つか」
『……眠イ』
「ははは。ロッソらしい」
『そのまま掴んでてくレ』
右手に握られたままのロッソはそう言い残し、ぐでっと首がたれる。
心地よい昼下がりだものな。ここまでずっと歩き通しだったし、致し方ない。
なんて考えている間にもロッソは、目までつぶって完全お休みモードになってしまったよ。
やれやれと首を竦めた俺であったが、隣でお座りするギンロウのただならぬ様子に眉をひそめる。
「ウウウウウ」
「どうした?」
彼の頭をそっと撫で、心配気に声をかける。
賢い彼は俺に触れられただけで、「くうん」と鳴き元の穏やかな彼に戻ってくれた。
あ、ああ。そういうことね。
ギンロウが唸り声をあげた理由をすぐに察する。
特に絡みたくもない。エルナンと食事にするかあと思った時、ミリアムが相手をしている先客の冒険者が彼女に背を向け、大仰に両手を広げる。
まるで自分が演劇の主演であるかのように長い金髪をかきあげふっとシニカルな笑みを浮かべたのは、曖昧な記憶ではあるがギンロウの様子からして間違いない……いけ好かないテイマーのアルトだ。
「Sランクの依頼が無いというのだ。依頼を出すギルドにSランクの依頼が無いなど、嘆かわしいとは思わないかい?」
彼は周囲に呼び掛けるように声を張り上げる。
すると、彼の言葉に呼応するように様子を見ていた冒険者から野次が飛ぶ。
「そうだそうだ。アルトはAランク上位の冒険者だ! Sランクの依頼であっても受けることができる規定だ!」
「パーティメンバーの三人も全員Aランク! ギルドは依頼があるのに隠蔽しているんじゃないか!」
「そうよそうよ!」
うん。アルトって名前が確かに聞こえた。
更に……よくよく見てみたら、「そうよそうよ」なんて乗っかっているけど、あれ、あの時アルトと一緒にいた女じゃねえかよ。
とんだ茶番だ。
本当にミリアムが依頼を隠しているのか、そもそもSランクの依頼が現時点で無いのかは分からない。
でも、ミリアムの無表情さを見るに「規定」の方だろうなあ。
彼らに任せるには問題ありと判断された依頼ってことだ。
「受付をしないのなら、先にやらせてもらうぞ」
あーだこーだと自分に酔っている様子のアルトを素通りしカウンター席に腰かける。
「ノエル」
ミリアムは椅子から腰を浮かせてホッとしたように俺の名を呼ぶ。
「よっ」と彼女に向け右手をあげる。
「おいおい、そこの君。先客がいるというのに失礼じゃないか」
「抗議をしているから、もう受付はいいのかなと思ってさ」
予想通りというかなんというか、アルトが俺の肩に手をあて絡んできたので素っ気なく言葉を返す。
「抗議? いやいや、待っているだけだ。あのお嬢さんがSランクの依頼を出すのをね」
なんだろう、このワザとらしい言葉遣いと態度……。
「君」とか言っちゃって。街の外で会ったときは「お前」と言っていたよね。
観客がいるからなんだろうけど、彼の言葉遣いと態度が粘つくようで気分がいいものじゃあないな。
「すぐ済ませるから。アルトさんと違って俺はCランクの依頼なんだよ。そこで『相棒』も待たせているし、低ランクは困窮しているのをアルトさんほどの人が分からないわけじゃないだろ?」
「ほうほう。それは仕方あるまい」
持ち上げると、分かりやすいくらい上機嫌になるアルト。別の意味で大丈夫かこいつと不安になる。
まあ、彼が高い壺を買わされようが俺にとってどうでもいいことだが。いやむしろ、ギンロウのこともあるので、ざまあみろと思ってしまうかも。
特に依頼なんて受けるつもりはなかったんだけど、このままミリアムがこの男に絡まれたままだと俺の気分がすぐれない。
依頼は受けるつもりなんてなかった。
きっとミリアムが察してくれてうまくやってくれることだろう。
さすがミリアム。
彼とやり取りしている間に彼女は適当に依頼を見繕ってくれたようだった。
「はい、ノエル。パープルボルチーニの依頼よ」
「ありがとう。ミリアム。あ、あとさ」
ここからが本題だ。ミリアムにさりげなく依頼を頼んだのも、ここで彼女に伝えたいことがあったから。
カウンターに乗り出し、彼女に耳打ちする。
彼女はコクリと頷きを返し、俺だけに聞こえる声で「ありがとう」と返してきた。
うまくいけばいいんだけど……。
「相棒と言うからなんだと思ったら、ペットのことだったのかい。なるほど。俺と同じテイマーだったってわけだ」
どうでもいいことだけ覚えているんだな……。
うん、彼の言う通り俺の相棒とは人間じゃあない。ギンロウとロッソのことだ。
何だかしらんがアルトが感心したように顎へ手をあて斜に構え、こちらに目を落とす。
「頼むから、お前はギンロウに寄るなよ」と願いつつ、すぐに彼へ言葉を返すことにした。
放っておくと、自慢げな顔でギンロウに触れそうだし。
あいつはギンロウが自分の捨てたワイルドウルフだと気が付いていないらしい。
そのことがギンロウに対する愛着がなかったことの証左となり、とっても複雑な気分になってしまうよ。
「ああ。アルトさんと違って駆けだしのワイルドウルフだけどな。アルトさんを見習ってあのワイルドウルフを鍛えようと思ってさ」
「ほう。まあ、頑張り給えよ」
ふう……。
いい気分になってくれた。単純な馬鹿で助かったよ。
要らぬところでギンロウを刺激したくないし。彼は今でも自分の衝動を抑えていてくれているのだから。
パープルボルチーニの依頼書を懐に仕舞い込み、ギンロウの前で中腰になって微笑みかける。
彼は「はっは」と応じ、尻尾をパタパタと振ってくれた。
ガチャリ――。
その時、カウンター奥の扉が開く音がして、中から筋骨隆々のスキンヘッドの中年が顔を出す。
「アルト。ここからは俺が直接対応するぜ。文句はねえだろ」
「これはこれは、ギルドマスター。是非ともお願いする」
「よしよし、じゃあ、ここに座れ」
あのスキンヘッドは冒険者ギルドの主であるギルドマスターのおっさんである。
権威やらに弱そうだったアルトなら、ギルドマスターの言葉ならばあっさりと聞き入れると踏んだわけだ。
ギルドマスターには悪いけど、彼が出張るのが一番丸く収まると思ってね。
彼もそれを察してくれたのか、すぐに出てきてくれたし、俺の意図は伝わっていると思う。
ギルドマスターの後ろからひょっこり顔を出したミリアムは俺と目を合わせ、口パクで「ありがとう」と伝えてきたのだった。
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