最終話 【ソフィー】絵との出会い

 ソフィーがハイの【妻の微笑み】を初めて見たのはヴィレムの執務室の完成祝いに王宮を訪れた10歳の夏だった。


「殿下、ソフィア様をお連れしました。」


「入ってくれ。」


「ヴィレム殿下、この度はおめでとうございます。」


 ソフィーは執務室に入ると令嬢らしく美しい挨拶をヴィレムにする。小さい頃から貴族の手本となるような教育を受けてきたので、ソフィーにとっては自然な所作だ。


「ソフィー、ありがとう。座ってくれ。」


 ソフィーはヴィレムの向かいに座って持ってきた花束を差し出した。


「殿下の……」


「今までのように話してよ。王族としての仕事をしていても2人の関係までは変えたくない。」


 ヴィレムが寂しそうに言うので、ソフィーはすぐに了承する。


「ヴィルお兄様の希望通りお祝いは花にしたの。庭師のテオの見立てよ。綺麗でしょ。」


「ソフィーじゃなくて、テオ爺からか……」


 ヴィレムが小さく呟いたがソフィーには聞き取れなかった。


「入るぞ。」


 薄く開いていた扉から威厳に満ちた老人が顔を出す。老人は大きな箱を抱えていた。


「お祖父様」「陛下」


「ソフィアが来ていると聞いて慌てて来たんだ。元気にしていたかい?」


「はい、お祖父様。」


 国王は持っていた箱をヴィレムに押し付けるとソフィーをぎゅっと抱きしめた。国王には5人の孫がいるが孫娘はソフィーだけだ。そのため、ソフィーにはとっても甘い。


「お祖父様、これはなんですか?」


 ソフィーは国王から離れると、ヴィレムが腕に抱えている箱について聞いてみる。


「ヴィレム、壁にかけてみなさい。」


 ヴィレムは箱の中から額に入った絵画を取り出すと壁にかけた。設計するときから飾ることが決まっていたのだろう。壁に絵がかけられると部屋が引き締まったように感じた。


 ソフィーは吸い込まれるように絵を見つめる。絵画の中の女性は信頼している人に向けるとびっきりの笑顔でこちらを見ていた。この女性がこの瞬間とっても幸せであった事が女性を知らないソフィーにも伝わってくる。


「これはハイの描いた【妻の微笑み】という作品だよ。ハイはどの作品にも妻であるアンナを描いているんだ。この笑顔はハイに向けられたものなんだよ。」


 国王が絵を見ながら満足そうに頷いた。


「素敵な絵ですね、お祖父様。アンナさんが羨ましいわ。私はお父様が決めた相手と結婚するでしょ。きっと、こんな笑顔を誰かに向ける日なんてこないんだわ。」


 国王は少し考えてからソフィーに声をかける。


「ソフィア。例え理由があって決まった相手でも、思いやりの気持ちを忘れなければきっと笑い合える日が来るよ。……だが、どうしてもというときには言いなさい。ソフィアの笑顔のためなら私に出来る事は何でもするよ。」


 国王は茶目っ気たっぷりにウインクした。


「私、アンナさんの笑顔を目標にして頑張ってみる。」


「私の可愛いソフィアが愛する人と結婚できるように公爵には釘を指しておこうかな。」


 笑顔で頷いた国王の呟きは誰の耳にも届かなかった。


「ソフィー、私は自分の妻にはずっとアンナのような笑顔でいてもらえるように努力し続けるつもりだよ。」


 ヴィレムが笑顔でソフィーの両手を握る。


「ヴィルお兄様の奥様になる人は幸せね。仲良くなりたいから私にも早めに紹介してね。」 


「う、うん。」


 ソフィーが見上げるとヴィレムは困ったような顔をしていた。




 10年後、ライと2人で暮らす事を父親に許してもらったソフィーは、ライとともに国王である祖父に報告するため、王宮へとやってきた。


 ライは貴族ではないため公爵令嬢と並んで国王に会うことは許されない。結局、非公式に国王に会う公爵令嬢の護衛としてライについて来てもらうことしかできなかった。


 ソフィーが『護衛』と一緒にいる以上、国王の護衛だけを部屋の外で待たせることも難しい。手紙では伝えていたが、ライと暮らすことについてその場で国王に話すことは叶わなかった。


 そんなソフィーにお土産だといって国王が渡してくれたのが、ハイの絵画【愛しい旋律】だった。


「ソフィアはアンナと同じように笑えているかい?」


 ソフィーは国王の言葉に笑顔で頷いた。





 ソフィーは部屋に飾られた【愛しい旋律】を見つめていた。


 先日、ハイの屋敷でカムイに指摘されたようにソフィア・クマゲラは今でも領地で療養している事になっている。


 平民騎士ライと公爵令嬢ソフィアが結婚する事は国王や公爵が味方になっても難しかった。


 駆け落ちなどをして無理に結婚する事もできたが、公爵家に不名誉な噂が立つことは2人とも望んでいない。


 ソフィーの新婚生活は本当の意味では実現することのない幻なのだ。


 それでも、ソフィーはライの側にいられるなら、誰よりも幸せだと胸を張って言える。


「ソフィー、そろそろ始めるか?」


 ライがじゃが芋を抱えたまま台所から顔を出している。


 ソフィーは笑顔で返事をしてライの元へと向かった。

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ソフィーの新婚生活(短編) 五色ひわ @goshikihiwa

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