第4話 【ライ】 この国の王子
「私はクマゲラ公爵家のご令嬢であるソフィア様とも仲良くさせて頂いています。その中でハイの絵について聞いたのです。この壁は絵が描かれたハイの時代にはなかったものです。」
ソフィーが挑むようにカムイを見つめる。余裕がありそうな態度だがソフィーの手が小刻みに震えていた。ライはカムイに気づかれないようにソフィーの小さな手をそっと握る。
「何を言っているんだ。クマゲラ公爵令嬢は、王子の婚約者候補から外れてすぐに体調を崩されて領地で静養されている。いつ会ったって言うんだ? 王都にいた頃も父親である公爵が男性を近づかせないことで有名だった。」
「私の可愛い
屋敷の入口から威厳の籠もった声が響く。入ってきたのは国王の孫であるこの国の王子だった。
ソフィーに王子がひそかに護衛をつけていることには気づいていたが、まさか忙しい本人が来るとはライも思っていなかった。ただの従妹のためにここまではしないだろう。
(これはまだソフィーの事を諦めていないのかもしれないな。)
ライは鋭い視線を向けてくる王子を不敬にならない程度に観察した。
「ヴィ、ヴィレム殿下。なぜ、このような場所に……」
カムイが狼狽えながらも貴族らしくヴィレムを迎え入れる。
「ヴィル、ヴィレム殿下お久しぶりです。」
ヴィレムは他の者など存在しないかのようにソフィーの前に来た。
「久しぶりだね。ええと……」
「クマゲラ公爵家の庭師見習いで、ソフィア様の友人のテオです。」
ヴィレムの意図に気づいてソフィーが今の自分は誰なのかを説明する。
「テオ、元気そうで良かったよ。」
ヴィレムは愛おしそうにソフィーの頭を撫でると、ソフィーが見ていないタイミングを見計らって器用にライを睨みつける。
「そこの者。何があったか説明しろ。」
ヴィレムの厳しい声にソフィーが不思議そうにライとヴィレムを見上げてくる。従兄がこんな声を出すことになれていないのだろう。
「畏まりました。」
(どうせ全部把握してるんだろう?)
ライはそう思いつつも丁寧にヴィレムに説明した。その間もライを挑発するようにヴィレムがソフィーに触れる。ライは内心苛つくが、ソフィーがライの手を強く握り返しているので冷静でいられた。
「確かにここに空間があった気がする。壁を壊してみろ。」
ヴィレムはそう言うと嵐のように去っていった。王子の言葉に反論する者はなく壁はすぐに破壊された。
ライが緊張しながら壁の中を確かめると、そこには書類が収められていた。カムイは真面目なだけで悪い人間ではない。ライや
ソフィーは今、壁の中のマントルピースに夢中になっている。ライは周囲に人がいない事を確認してソフィーに近づいた。
「ソフィー、自分の身分を捨てた事。後悔しているか?」
ソフィーはキョトンとしてライを見上げる。
「もし、ソフィア・クマゲラ公爵令嬢のままだったなら、さっきの王子のようにすぐに話を信用してもらえた。」
ライは祈るような気持ちでソフィーの瞳を覗き込んだ。
「確かにヴィルお兄様にいいところを持っていかれて悔しいわ。テオのままでも私がうまく説得したのに……」
ソフィーが頬を膨らます。
ライはソフィーの態度にホッとして力を抜いた。忙しい中でわざわざ来たヴィレムにはちょっとだけ同情する。
「私はライと一緒にいられるならそれが一番幸せよ。」
ソフィーが満面の笑みで飛びついてくる。ライはソフィーを抱きとめて笑った。
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