第3話 【ソフィー】ハイの屋敷
翌朝、ウルフが迎えに来て、3人は馬車でハイの屋敷へと向かった。ソフィーは変装して少年テオになっている。その姿にウルフもソフィーだと一瞬分からず驚いていた。
馬車に乗ったままハイの屋敷の門をくぐると色とりどりの薔薇がソフィーを出迎えてくれた。
「絵画の中に迷い込んだみたい。」
「美術館のハイの絵、そのままだよな。」
ソフィーはライの言葉に頷いて馬車を降りると、重厚な扉を2つ通り抜けて広々とした玄関ホールに入った。右側にはたくさんの扉が並び、左側の奥には2階へと続く階段がある。実物を見るのは初めてだが、この景色もソフィーには馴染みのあるものだ。
「お祖父様が所有している絵の玄関だわ。ただ……」
なんだろう。何かが違うとソフィーは思った。例えるなら、良く出来た贋作を見せられている。そんな感じがした。
「どうした?」
ライが心配そうにソフィーに視線を向ける。
「わからないわ。何か引っかかるの。」
さらに玄関ホールを見渡すがソフィーは違和感の正体を掴むことが出来なかった。
「焦らなくていいよ。とりあえず屋敷の中を見て回ろう。」
そう言って右側の扉を開けたライに続いて、ソフィーとウルフも部屋の中に入っていった。
いくつかの部屋を見学しながら通り抜けると、3人はピアノの置かれた食堂室に出た。優しい木漏れ日が部屋の隅に置かれたピアノを照らしている。
「どうだ?」
「そうね。この部屋も絵に描かれている場所だけど、違和感はないわ。劣化してるけど、壁紙や絨毯も当時のものだと思う。」
「残念、空振りかな。」
ウルフが肩を落とす。その肩を軽く叩いてライが部屋を出ていった。ソフィーは無意識にライの動きを目で追ってハッと息を飲む。ソフィーはライを追いかけるように走って玄関ホールに戻った。
「どうしたの?」
ウルフもソフィーの様子に驚いて追いかけて来たようだ。3人の正面には屋敷に入ったときには奥に見えていた2階へと続く階段がある。
ソフィーは階段の手すりに施された彫刻を注意深く見つめた。彫られた花には見覚えがある。ハイの絵に描かれていた階段で間違いなさそうだ。そのまま階段を降りた先の壁に視線を移す。
階段周辺が描かれているハイの傑作、【妻の微笑み】
その絵はソフィーが初めて目にしたハイの作品でもある。見間違えるわけがない。ソフィーにとって
「大丈夫か?」
ハッとして振り返るとライが心配そうにこちらを見ていた。ソフィーは安心させるために笑顔を作る。握りしめていた拳を気づかれないようにゆっくりと開いた。
「大丈夫よ。それにみつけたわ。」
ハイの絵画【妻の微笑み】
ハイの妻であるアンナは足が悪かった。そのため、ハイは階段のすぐ下に休める小さな部屋を作り、マントルピースとソファーを置いていた。【妻の微笑み】は、そのソファーに座って幸せそうに微笑むハイの妻が描かれている。
「ハイのアンナへの愛情がいっぱい詰まっていた場所なのよ。それをこんな風にするなんて……」
ソフィーの瞳に涙が滲む。
『ハイが大切にしていた場所』は今は誰にも見えない壁の中だ。
ハイが特別に作らせたその空間は普通の屋敷にはないものだ。その空間が消えたとしても【妻の微笑み】を見たことがない者にはなんの違和感もない。
心情的には許せないが、納得いく答えだった。
……
ソフィーは邪魔にならないように端に立って、ウルフと話しているライを見ていた。
【妻の微笑み】について話しているとき、冷静に説明しているつもりだったが、ライが途中から慰めるように背中を擦ってくれていた。ソフィーはまたライに心配をかけてしまった。それがすごく情けない。
そんなことを思いながら、ソフィーがぼんやりしていると屋敷の玄関が開いて人が数人入ってきた。服装からいって王宮に務める文官のようだ。先頭の人物には見覚えがある。
(子爵家の次男だったかしら? 名前はたぶんカムイ。)
ソフィーは小さい頃から受けた教育が染み付いていて、一度会った人間の顔は忘れない。数年前、挨拶をした程度ではあるが相手に正体がバレないように注意が必要だ。
「ライ殿、騒がしいようだが何かあったのか? 私には報告が来ていないが?」
「カムイ殿、報告が遅れて申し訳ない。書類の隠し場所が分かったので、壁を壊す準備をしている所だ。ハイの絵に詳しい者に相談した。」
ライは誤魔化すことなくはっきりと言った。揉めそうだが機材がある以上隠しようがない。
「ハイの絵に詳しい者? 国立美術館が所持している作品以外は国王陛下が私室に飾っていると聞く。そんな絵に詳しい者とは一体誰だ? まさか、ライ殿はでっち上げで文化財を壊す気か?」
ソフィーはライのことを悪く言われてカッと頭に血が登る。
「嘘などついていないわ。私はソフィ…」
「テオ!」
ライの鋭い声でソフィーは我にかえる。ソフィーが言おうとした事は簡単に口にしていいものではない。
「嘘ではないと言うなら説明してくれ。」
カムイがソフィーに向かって大股で歩いてくる。ソフィーはこれ以上、ライの足を引っ張りたくはない。ソフィーにも生まれ持った矜持というものがある。
(この場を治めてみせる!)
ソフィーは背筋を伸ばして貴族令息のような気品溢れる態度を取る。経験から貴族相手であればこういう態度が有効だとソフィーは知っていた。
「カムイ様、私の話を聞いて頂けませんか? お時間は取らせません。」
カムイは予想通り呆気に取られたような顔をして頷いた。
「私はテオと申します。クマゲラ公爵家で庭師見習いをしています。」
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