第2話 【ライ】 捜査の手がかり
ライが振り返るとソフィーは壁にかけられた絵をぼんやり眺めていた。
画家ハイの描いた【愛しい旋律】
2人が住む小さな一軒家には不釣り合いなその絵画は、ソフィーが祖父から譲り受けたものだ。
「捜索しているのはハイが晩年を過ごした邸宅のことかしら? 確か今は財務部に所属している男爵が管理していたはず…。社交界でも良い噂のない男だけど、横領でも起こしたのかしら?」
すらすらと今回の事件について推測を語るソフィーを見てライはそっと息を吐く。ウルフも大きく目を見開いて唖然としていた。
「仕方ない。ソフィーに話そう。と言っても、ほとんどソフィーの推測通りだけど。」
ソフィーを見ると瞳が嬉しそうにきらめいている。それを見ただけでライは話してしまっても問題ない気がした。
(いや、問題はあるけど……)
ライの働く部署には騎士団や文官から対応しきれなくなった事件の協力依頼が舞い込んでくる。
今回も横領を専門に扱っている文官からの依頼で捜査に加わっていた。男爵が横領に関わった証拠がどうしても見つからないらしい。
ライは今までの経験からハイの屋敷が怪しいと睨んでいるが、文化的価値が高いという理由で共に捜査にあたっている文官があまり屋敷の捜索に前向きではないのだ。
「他はくまなく探したから、隠しているとしたら、屋敷に傷がつかないようにしか捜索できなかったハイの屋敷くらいなんだ。頭の硬い文官に手荒な捜索を納得させられるような情報がほしい。」
夕食の片付けを終えて、お茶を飲みながらライは今回の事件についてソフィーに話して聞かせた。
「かなり男爵を可愛がってみたのに何も話さなかったんですよね。」
ソフィーの前で物騒な事を言うウルフをライが睨みつける。合法ぎりぎりの事を男爵にするよう支持したのはライだが、ソフィーに知らせる必要はない。
怖がっていないか心配になってソフィーの顔を見るが、どういう意味かわからないのかキョトンとしている。その表情が可愛くてつい頭を撫でるとソフィーは嬉しそうに目を細めた。
コホン
ウルフのわざとらしい咳払いでライはソフィーから手を離す。ソフィーの頬が赤く染まった。
「えーっと、男爵からは何処に隠しているか聞き出せなかったから、今度はハイの絵に注目して、ライさんと俺で国立美術館にいって来たんだ。」
ハイが描いた絵のうち一般公開されている絵は、全て王都にある国立美術館に展示されている。現存するハイの絵は元々すべてソフィーの祖父の個人資産だった。そのうちいくつかを美術館に寄贈した形だ。
「ハイの屋敷の内部を描いた絵があれば何か分かると思ったんだ。」
ハイが住んでいた当時から使用している場所ならばお手上げだが、男爵が後から屋敷に手を加えて隠し場所を作ったのなら絵と現在の屋敷に違いがあるかもしれない。当時の物でないならば文官も捜索に積極的になるだろう。
「ハイは晩年足の悪い妻の傍にいるために、屋敷での日常を絵に描いていたとソフィーが前に話していただろう。」
ライと目が合うとソフィーが同意するように頷く。ハイは職業画家ではなかったのか晩年の絵しか現在残されていない。そのため、ほとんどの絵に屋敷が描かれているとライは想像していた。
「でも、国立美術館に寄贈されている6点はお屋敷の庭で描いた絵だったでしょ。」
ソフィーが申し訳なさそうに視線を下げた。
「その通りだ。」
「やっぱり、ソフィーちゃんに聞いた方が早かったですね。」
ウルフがため息をつく。半日時間を取られるだけでソフィーを巻き込まなくて済むなら、ライにとってはその方がよっぽどましだ。今回は結局打ち明けてしまっているが……
「建物内部を描いた4枚は防犯上の理由で寄贈しなかったとお祖父様が言っていたわ。ハイは写実的に描くからって。」
「と言うことは……」
ライはウルフと頷き合う。『防犯上の理由』つまり、屋敷内部の様子が第三者に漏れるのを防ごうとしたのだろう。これは期待できそうだ。
「私はその絵を何度も見ているから、屋敷に行けば何か気づけるかもしれないわ。」
ソフィーが嬉しそうにライを見上げている。ライはソフィーの期待が膨らむ前にそれを否定した。
「俺達が絵を見てくれば良いだけだ。ソフィーが現場に行く必要はないだろう?」
ハイの屋敷は証拠保全のため騎士団が管理しているが、事件の関係者の屋敷だ。ライは少しでも危険がある場所にソフィーを近づけたくはなかった。
「ライさん、その絵をどうやって見せて頂くんですか?」
ウルフがライの様子を伺うように言った。
「……」
「公にはされていないけど、お祖父様はハイの絵を2枚しか保有していないわ。私がこの部屋に飾っているし、ヴィルお兄様も1枚譲り受けているの。頼めば2人とも見せてくれると思うわよ。」
ソフィーはちょっと散歩に行ってくるというような軽い調子で言った。
「頼めばって簡単に言わないでよ、ソフィーちゃん。」
ウルフの顔が少し青白い。ソフィーの言う『お祖父様』や『ヴィルお兄様』は簡単に会える相手ではない。ライも良い方法が思いつかずに黙るしかなかった。
「ソフィーちゃんに来てもらいましょうよ。」
ウルフが縋り付くようにライを見てくる。ライは仕方がないなとため息をついた。
「ソフィー、明日一緒に来てくれるか?」
「うん、もちろん。」
ソフィーは嬉しそうに頷いた。そんなソフィーを見て、ライは安全対策をしなければと一人意気込む。
「考えてみるとここに飾ってる絵って貴重な物なんですね。」
ウルフがハイの絵を見上げて呟いた。
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