ソフィーの新婚生活(短編)
五色ひわ
第1話 【ソフィー】じゃがいも
ソフィーは自宅の台所でじゃが芋を睨みつけていた。危なっかしい手つきであるが、包丁をぎゅっと握りしめて真剣そのものだ。
チリンチリン
玄関のベルがなる。旦那様のライが帰って来たようだ。
ソフィーは握っていた包丁をまな板の上におくと、急いで玄関へと向かった。
「おかえりなさい。」
ソフィーは扉を開けた勢いのまま、目の前の男性に抱きつく。男性はそんなソフィーを危なげなく抱き止めながら、少し困ったように笑った。
「相手を確かめてから扉を開けろって、いつも言っているだろう。」
呆れた声ではあるが、ソフィーの背中に回された手はいつも通り温かくて優しい。
ソフィーだってちゃんと確認しようと思っているのだ。ただ、ライが帰って来ると嬉しくて、つい忘れてしまうだけで……
「でも、ライだったでしょ?」
そう言って見上げるとライが慈しむようにソフィーを見つめていた。
「もし、俺以外だったら危……」
「ソフィーちゃん、こんばんは!」
ライの影からライの部下のウルフが人懐っこい笑みを浮かべて顔を出す。ソフィーは慌ててライから離れた。
「ご、ごめんなさい。気づかなくて。いらっしゃいませ、ウルフさん。」
「ウルフ、まだいたのか。さっさと帰れ。」
「酷いな。こんな夜遅くまで働かせたんだから、夕飯くらいご馳走して下さいよ。」
ライに冷たい目で見られてもウルフはへらりと笑っている。軽口を叩きながら玄関を入っていく2人をソフィーはオロオロしながら見つめた。
「どうした、ソフィー?」
ライが廊下に立ち止まったままのソフィーに気づいて戻って来た。
「ご飯まだできてないの。じゃが芋。この前、毒があるってライが教えてくれたでしょ。だから、怖くて……」
ソフィーは泣いてしまわないように口唇を噛み締める。家事などしたことのないソフィーは、ライにいつも迷惑ばかりかけてしまっている。だからこそ、夕飯作りを頑張ろうと思っていたのに、またうまくいかなかった。
「夕食作ろうとしてくれたのか。ありがとう、ソフィー。」
ライは落ち込むソフィーをわざとらしいくらいに恭しくエスコートして台所に向かう。ソフィーはその態度に思わず笑ってしまった。
「今日は、カレーかな? お米炊いてくれたんだな。ありがとう。後は俺が作るよ。」
ライは台所を見回すとソフィーの頭を優しく撫でる。まな板の真ん中に鎮座するじゃが芋をソフィーが見つめていると、今度の休みにゆっくり教えるよと言ってライが笑った。
「ソフィーちゃん、アイスコーヒーでも飲まない? 仕事中のライさんの事教えてあげるよ。」
ソフィーが振り返るとウルフは思わせぶりにウィンクした。
「あまり余計なことソフィーに言うなよ。」
台所から、規則正しい包丁の音と共にライの声が聞こえてくる。ウルフはライの言葉に適当に返事をしながら、アイスコーヒーを用意してくれた。
ウルフと向かい合って座ると、ソフィーはシロップを入れてアイスコーヒーを飲む。ライが毎朝作り置きしてくれているアイスコーヒーはいつもソフィーを癒やしてくれる。
「今、どんな仕事をしてるんですか?」
「今はね、ある事件の証拠品を探しているんだ。なかなか手強くてさ。ライさん帰りが遅くなる事多いでしょ。ごめんね。」
「お仕事ですから、大丈夫ですよ。」
ソフィーは笑顔で首を振る。
ライとウルフは王都の騎士団に所属している。ライは迷子を見つけたとか町の警備をしている話しかしてくれないが、たまに遊びに来るウルフの話を聞くと任務は多岐に渡っているようだ。
「証拠品探しってどんな事をするんですか?」
ソフィーは世間知らずだが、好奇心だけは旺盛だ。ミステリーものの小説もよく読むので、不謹慎だとは思いつつ気になってしまう。
「今回は書類を探しているから、お屋敷の中を捜索しているんだよ。」
「お屋敷ですか?」
「おい、ソフィーに余計なこと言うなって言っただろう。」
ライがウルフを睨みながらソフィーのとなりの席に座った。鍋で煮込んでいる間、話に加わるようだ。来てくれたのはとても嬉しいが、ライの手際の良さにソフィーは少しだけ落ち込む。そんなソフィーの手をライが机の下で握ってくれた。
「ライさんもソフィーちゃんなら分かるかもって言っていたじゃないですか。」
ソフィーはウルフに気づかれないかドキドキしながら話を聞いているのに、ライは平然と会話を続けている。
「休憩中の軽口だろ。俺はソフィーを巻き込みたくない。」
「話くらい良いじゃないですか。文化的価値が高い建物だから手荒な捜索はしないだろうって、男爵が取り調べで余裕な顔してるのが頭にくるんですよ。」
「ウルフ。」
ライの声が鋭くなってウルフが首を竦める。
「すみません、隊長。」
ウルフはソフィーにも謝っていたが、ソフィーは考え込んでいて、まったく聞こえていなかった。
(文化的価値が高い、男爵の持っているお屋敷。最近、ライに出張はなかったから王都の中よね。私なら分かるかもってライが考えたのなら……)
「ソフィー?」
ソフィーは2人に注目されている事にも気づかずに、部屋に飾られた絵を見つめていた。ヴァイオリンを弾いている絵の中の女性は今日もソフィーに優しく微笑みかけてくれている。
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