第1話:年上の後輩は転勤して全く笑わなくなった

先に退職した後輩に、鈴木というのがいる。

「私」より2年遅く入隊した奴だったが、歳自体は「私」の3歳上だった。

彼との出会いは、最後に乗った艦だった。

その艦で、お互い歳を食ったもの同士ということ、酒好きということ、アニメをよく見たりと、趣味が合っていて、たまに部屋で宅飲みをしていたくらいには仲の良かった奴だ。


「私」はウイスキーを、彼は焼酎やブランデーなんかを出し合って、適当につまみを買って映画を見たりという自由な時間だった。

職場では「私」が上司だったが、プライベートでは、向こうが年上という、なかなか複雑な関係だったが、鈴木が昇任するという話で、艦を降りることになった。


確か送別会は行けなかった記憶があるが、どっちかといえばゆるふわな雰囲気を持ってた奴なので、帰ってきたらまた飲みましょうと、軽いノリでしばしの別れの挨拶とした。


昇任後、奴は別の艦に乗った。だが、そこからよくない話ばかり聞こえてくるようになっていた。

たまに顔を合わせることがあったのだが、明らかに同じ艦に乗ってた時よりも無表情になってたし、なんとなく疲れてるようにも見えた。

出港中に同じ航海直のメンバーにサルミアッキ(北欧でポピュラーなリコリス菓子のこと。塩化アンモニウムが含まれていて滅茶苦茶人を選ぶ)を配って面白がってた鈴木の顔は、そこにはなかった。


どっちかというと、マイペースで、人の言うことにはあまり左右されないようなタイプだったので、艦の雰囲気があまりよくないのかとも思っていたが、聞く機会はついに訪れなかった。


それからしばらくして、彼は陸上部隊の僻地に行ってしまい、しばらく顔を合わせる機会がなかった。

「私」も、ようやく退職に向けて動き出せていた、という時期で彼と連絡を取ろうにも自分のことが優先だった。


後から聞いた話なのだが、たまたま鈴木と同じ艦に乗ってた奴から聞いたのは、艦にいる間、鈴木は1回も笑わなかったという話だ。

彼の乗った艦は、通称動物園とも称されていた艦だったので、こりゃあもう帰ってこないなぁと思っていた時期もあった。

これは本人から聞いた話なのだが、退職するために、艦で手続きをしないで陸上の僻地に飛ばして、そこでやらせようとしてたらしいのだ。

そんな馬鹿な話があるか。艦で手を汚したくないがために、適当な僻地に鈴木を飛ばして辞めさせようとしたのだ。


辞める最後の方は部屋に居候していたが、穏やかな顔つきにもどってて内心ホッとした。お互い酒のみなので、帰ってくれば「私」がつまみを作って、宅飲みとなっていた。

「私」もこうやって気軽に宅飲みできる友人がいてよかったと思うが、退職して引っ越して以来、誰も友達はいない。民間だとこんなもんなのか、と少々寂しさはあるかもしれない。


そんな彼は、海外に飛んで、気ままな生活をしている。

そういう自由な考えというのは「私」も見習うべきなのか、とも思う。


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