神様ReLIFE②




10年前、エイトは人としての一生を終えた。 6歳という早過ぎる死。 そして気付けば、大きな門がそびえ立つ不思議な場所に立っていた。 目の前には、頭二つは高いだろうという大きな男。 

背中には翼が生え、教会で見た天使のような姿に思えた。


「君、お名前は?」

「・・・」


子供に語りかけるような優しい話し方。 エイトに比べると、相手は随分と年齢が上に見えるため当然なのかもしれない。 状況を把握できていないエイトは、すぐには反応ができなかった。


「歳はおいくつ?」

「もしかして、僕、死んだんですか・・・?」

「ここにいるということは、そういうことになるね」


“随分と他人行儀な言い方だな”と、思った。


「貴方は神様ですか?」

「違うよ」


大男はそれだけを言う。 ただ見た目からして、普通の人間ではないことは確かだ。 エイトは念のため、自分の背中に翼が生えていないかを確認してから尋ねかけた。


「・・・神様って、本当にいるんですか?」

「え?」

「本当にいるなら、神様に会わせてください」

「それは、急に言われるとちょっと無理かな・・・」


大男は少し困ったような顔をしている。


「じゃあ、神様はいないんですね?」

「いや、神様は本当にいるよ?」

「なら会わせてください」

「・・・君は、神様がいるって本当に信じているの?」

「いいえ、信じていません」


正しくは“信じていなかった” この場所へ来た現在、今までの常識は通用しないと思っていた。


「・・・どうして?」

「人はどうしても叶えたいことがあると、神様に頼み事をします。 そして叶ったら、神様に願ったことを忘れ自分の手柄だと思って喜んでしまいます。 

 逆に神様に頼み事をして、願いが叶わなかったら人は神様のせいにしてしまいます。 そんなの理不尽、酷過ぎます。 可哀想だから、人にそう思われるくらいなら神様は最初からいない方がいいなって」


世の中は理不尽だ。 そうでなければ、自分が死ぬこともなかっただろう。


「・・・君、変わった考えをする子なんだね。 君はどうして死んじゃったの?」

「僕は生まれた時から身体が弱くて、ほとんどが病院生活でした。 長くは生きられないと告げられていたので、すぐに死ぬんだと覚悟していました」

「そう・・・」

「僕は一度も、神様に頼ったことや縋ったことはありません。 僕の人生が困難で溢れていたのは、結果に過ぎない」


頑張って生きていれば何とかなる。 そのようなことすら、思ったことがなかった。 生きるのも死ぬのも何かのせいにしてしまうのならば、生まれてくる必要もない。 ただ人生に抗い、そして負けた。 

ただそれだけであり、全ては自分の責任だ。


「じゃあ、死んで後悔はしていないのかな」

「はい。 でも僕は、神様を信じていませんでした。 だから天国が本当にあったと知って、今凄く驚いています」

「そんなに凄く驚いているようには見えないけど・・・」


話していると、上から新たな天使がやってきた。 見た目年齢では大分下に見えるが、大男は恐縮している。


「いいんじゃない? 一度、神様に会ってもらえるか聞いてみるくらい」


エイトに二人の関係性は分からないが、どうやら神様と会うことができそうだ。 門をくぐると景色が変わり、建物の中へと入った。 あちらこちら行ったり来たりして、着いたのが少々荘厳な一室。

天使は扉の前までしか行けず、あとは自分一人で進むしかない。


「失礼します・・・」

「うむ。 話は聞いておる」


神様は信じていなかったが、何となく想像していた神様の姿をしていた。


「本当に、神様なんですか・・・?」

「左様」


それを聞き、エイトは大きく頭を下げた。


「ごめんなさい! いない方がいいとか、言ってしまって・・・!」

「いや、構わぬ。 お主、名は何と申す?」

「エイトといいます」


神様は名前を聞いて数秒考え込んだ後、急な提案をした。


「突然じゃが、ここで働く気はないか?」

「僕が働く? 僕はまだ6歳ですし、それに身体が弱いのでほとんど何もできないと思いますが・・・」

「歳も身体の強さも、ここでは関係がない。 その証拠にほれ、身体は動かしにくいかのぉ?」


エイトは身体を動かしてみる。 死ぬ前は身体中が痛み、歩くことも億劫だったことを憶えていた。


「あれ、動ける・・・! 全然痛くないし、疲れもしない」

「生前の苦痛を受け継ぐのは、悪行を行ったものだけじゃ。 普通にしていれば、ここでは肉体の強さなど何の関係もない。 重要なのは心なのじゃ。 それで、働く気にはなってくれたかの?」

「働く、というと・・・?」


エイトは6歳であったが、現世で家の手伝いとして働いていた。 ただそれも人並みとは全く言えなかった。 そのため思い通り動けるようになった今、働くということに興味を持ち始めている。


「天使になるということじゃ」

「僕が働いて、何かメリットはあるんですか?」

「もちろん。 一度だけ、地上へ送り込むことができる。 どうじゃ? 魅力的じゃろ?」


いまいちピンとこないメリットだったが、エイトは働くことを承諾した。 この後は仕事の内容を、神様から直接教えてもらうことになる。 同時にもう一つ、大切なことも教わった。


「人間が天使になるというのは、普通ではないんだが、君は特別じゃ。 だからできれば、君が人間であるということは他の天使には黙っていてほしい。 そしてもう一つ。

 天使はもちろんだが、ここへ来た死んだ人間はもう歳を取らないんだ。 だけど特別な人間上がりの天使の場合のみ、歳は地上と同様のペースで取っていく。 それを、憶えていてほしい」


つまり、ずっと同じ場所にいれば周りに歳を取っているとバレてしまうため、場所を転々としなくてはいけないということだ。 天界はかなり広いらしい。 

人間であるということがバレる可能性は、極めて低いという。 一日で数え切れない人が死に、数え切れない人が産まれる。 それの処理が、天使の基本的な仕事だ。

人手はいくらあっても足りないくらいのようだった。


―――誰かと仲よくなったりは、できないのかな。


仲よくなれば付き合いが生じる。 それはエイトが人間であると、バレてしまう可能性があった。 少々物寂しくもあるが、仕方がない。 仕事内容を全て聞いたエイトは、最後に神様に尋ねた。


「あの、神様。 一つ、聞いてもいいですか?」


「何じゃね?」


「どうして神様は、僕を天使にすると決めたんですか?」


それには笑うだけで、何も答えてはくれなかった。 意味深に感じたが、それ以上は踏み込まないことにした。 何が理由かより、天使として働けることにメリットを感じたためだ。



人間時間で10年が経ち、エイトは10歳年を取った。 今まで他の天使に、それがバレたことはない。

充実した日々を過ごしているうちに、エイトは、神様と約束をした“地上へ送り込む”という条件をすっかり忘れてしまっていた。



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