第45話 引き金

     ◆


 どういうことだよ、と朽木シバが呟く。

 マイクが拾った音声を総合的に考えると、目の前で銃を向けている寺田ロウは、その銃を向けている男を狙ってこの島に来たことになる。

 だが、男は自分の身に起きた悲劇を語り、それに寺田ロウは動揺している。

 もちろん、そんなことは無視して僕たちはこの場の全員を制圧するべきだ。

 しかしそれができないのは、寺田ロウが銃を向けている相手こそ、僕の父だからだ。

 死んだはずの父、高熱で蒸発したはずの父が、そこにいる。

 そんなことはありえないはずだ。ヘルメットに内蔵されたカメラが個人判定を行うが、完全には一致しない。推測の候補として、南ジョウジの顔と黒崎リュウスケの顔が表示される。

 父なのか、違うのか、僕にもよくわからなかった。

 寺田ロウが叫び、発砲の瞬間がやってくる。

 引き金を引いたのは、朽木シバだった。完全に寺田ロウに集中していた四人のうちの二人が転倒する。僕もここにぼんやりしている理由はない、遮蔽から飛び出し、走る。

 腰に構えた短機関銃で残りの二人を制圧。周囲を確認。

 光が瞬いた直後、頭に強烈な衝撃。一瞬で意識が失われる。

 見たこともない場所で、両親が話をしている。ああ、なんてことだ。父は片耳を吹き飛ばされている。母はまったく気にせずに笑ってる。

 父は本当に父なのか。

 耳があれば、答えが分かっただろうか。

 でも、もう、確かめる術はない。

 唐突に意識が回復した。首が折れてるんじゃないかというほど痛む。視界が暗いと思ったら、ヘルメットが機能を停止しているらしい。くぐもった銃声が聞こえる。

 手元で緊急時に押すボタンに触れ、押し込めばヘルメットが外れる。

 ぬるりとした何かが頬を伝い、額に痛みが走る。出血している。

 倒れこんだ朽木シバが、斜め上を銃撃している。彼の射撃で身を隠した相手が、僕にはよく見えた。僕を仕留めたと思っていたんだろう。

 狙撃銃を抱えた男がこちらを見る。しかし遅い。

 痛みの割に僕は正確に射撃することができた。腹と胸に一発ずつを食らった男が転落する。落ちる先には通路がない。パイプの群れにデタラメに当たりながら落ちていき、湿った音が最後に響いた。

 もう隠れているものはいないか、確認しつつ、朽木シバに歩み寄る。脚を撃たれているようだ。狙撃銃の弾丸だけあって、スーツを完全に貫通してる。

「俺には構うな」朽木シバがヘルメットに覆われた顔をこちらへ向ける。「あの二人を確保しろ」

「止血した方が」

「自分でやる。急げ、どうも向こうも終わりが近い」

 額からの出血で赤く染まる視界で、タンクの上は立場が逆転していた。

 寺田ロウが片膝をつき、拳銃は足元に転がっている。

 代わりに父にしか見えない男が、拳銃を寺田ロウに向けている。

「銃を捨てろ!」

 叫んで、僕は銃を構えた。緩慢にこちらを向く男は、やはり父に瓜二つだった。

 僕はゆっくりと間合いを詰めていく。

「銃を捨てろ、両手を上げて、膝をつくんだ」

「ああ、そうか」

 急に男が笑みを見せる。

「お前は、南レオだな。知っているよ」

 心が瞬間的に冷却される。

 だが今の発言は、この男が父ではないことを証明している。

 父はやはり死んだのだ。

「お前もこの男と同じことを考えているか? それはお前の立場なら、正当なものだろう」

 無表情のまま、口だけが動く様は、まるで人形みたいだ。

「南ジョウジは私が殺した。お前がイレギュラーに任命された時に、そうせざるを得なかった。計画が実行されるまで、私たちの存在が露見しないようにしなくてはいけなかったからな」

「銃を捨てろ!」

 叫んだのは、怒りからか、憎しみからか。

 胸が締め付けられる。息が苦しい。

「お前は知らないだろうが、お前の父親には助けられた。こうして表に出ない秘密の空間を存分に活用できた。全て、お前の父親の仕事だよ」

 父親の仕事。そう、父は、建設会社に勤務していた。

 そこで情報を盗んで、この男に提供した?

「こんな形になって残念だが、甥の成長を嬉しく思うよ、レオ」

 甥。

 聞きたくない言葉は、あっさりと男の口から発せられた。

「南ジョウジは私の弟だ。しかし、この件はほとんど知らないがね。島に来た私に、あいつはきっと、負い目を感じたんだろう。だが、最後の最後で、私と違う道を選んだ。だから、殺すしかなかった」

 目の前にいる男が、父を、母を殺した。残酷な方法で、容赦なく。

 それだけでも、今、僕が引き金を引く理由は充分だ。

「お前に、人を殺せるかな、レオ」

 相手は全く顔に感情を見せない。まるで感情などないかのように、彼は、跪いてあえいでいるロウに銃を向けている。

「私は引き金を引けるぞ。このように」

 銃声が響く。



(続く)

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