第43話 最奥部

     ◆


 僕は朽木シバと共に銃撃戦の真っ只中だった。

 相手は集団だが、まるで連携が取れていない。そもそも銃を使うこと自体の訓練が不足している。

 それでも数が多い。僕も朽木シバも手加減する余裕もなく、相手に重傷を負わせ、排除していく。

『おい! どこに指揮官がいる! 答えろ!』

 痙攣している男を怒鳴りつける朽木シバだが、相手は痙攣して、動かなくなる。こんな風にして行き先を見極めようとするが、相手はあっという間に事切れてしまう。

 銃弾の当たりどころが悪いとか、ピースメーカーの影響ではないように見えた。ピースメーカーだったら、引き金を引くことすら許さない。

「やはりピースメーカーを無視できるものの、それには代償がありそうですね」

 僕の言葉に男を放り出した朽木シバが何か言おうとするが、その体が不自然に震える。銃声が重なって聞こえる。ガクッと膝をつく朽木シバを守るように、僕は短機関銃で新手を制圧する。

『貫通しないとしても、痛いもんだな』

 ぼやきながら、立ち上がるパートナーは無事なようだ。

 彼が短機関銃を腰だめに構える。発砲。悲鳴。

 僕と彼は一本の通路を進んでいて、前方からも後方からも、武装した男たちがやってくる。

 通路の番号は六番で、短い時間ながら、潜んで観察する中で一番人の出入りが多いから選んだのだ。それでも縦穴の最下層には十二本の通路がある。十二分の一では、あまりに確率が悪い。

 と、三本に通路が分岐するスペースに出た。

『どれを選ぶか……』

 言いかけた朽木シバが僕の腕を掴み、通路の一本に隠れる。

 背後から銃声がするのには気づいていた。増援が来たのかもしれない。朽木シバはそれを待つつもりかもしれない。じっと息を詰めるけど、ヘルメットをかぶっているために呼吸音が漏れることはない。

 少しすると銃撃戦を引き連れながら、一人の男がやってきて、通路の一本を迷わずに選んで進んだようだった。僕と朽木シバのいる通路ではない。数人の男が追いかけ、悲鳴が連続する。

『仲間じゃないな。誰だ? 密売人を殺した男か?』

「わかりませんよ。僕にわかるのは、相手が銃撃をすることも、ピースメーカーも、死ぬことすら受け入れている、ってことです」

『仕方ない。追跡しよう。どこかの誰かがまったく迷わずに道を選んだ。何か確信があるのかもしれん。もし敵のど真ん中に飛び込んだら、死ぬ気で戦うしかないな。銃弾に叩き潰されるか、ピースメーカーにぶっ殺されるかはこの際、どうしようもない』

 短機関銃を持ち直し、通路の陰から出るとすぐに武装した男と遭遇する。

 どちらも防御を度外視した銃撃戦になり、相手の三人は血煙を上げて転倒し、それで終わりだ。

 一方の僕は胸と腹に弾丸を受け、思い切り殴りつけられるよりも強烈な衝撃に、息が詰まっていた。骨が折れたり、内臓が傷つかないのが不思議なほどだ。

 しかし銃弾の衝撃とは別に全身に痛みが走っている。これはピースメーカーによる痛みだろう。ピースキーパーの加護を上回る、僕の中の攻撃性が、今、僕を苛み始めている。

 これは仕事、と割り切ることはできない。

 彼らは悪、と断じることもできない。

 殺されないために殺す。純粋な否定、純粋な拒絶が僕を支配している。

『急げ、南。まさか地下にいる奴を皆殺しにするわけもいかん』

 耳元で抑制された朽木シバの声。はい、と答える僕の声は、どこか震えている。朽木シバにも届いたはずだが、朽木シバは何も言わなかった。刺激しないようにして、僕が引き金を引くことを考えさせないためだったか。

 二人でゆっくりと進む。倒れている男は、大抵が死んでいる。そんな中で、一人、まだ命のある男がいた。

『おい、大丈夫か?』

 朽木シバの質問に、助けてくれ、と男が呻いた。

『少しすれば警察が来る。それまで生きてりゃ、助かるさ』

「違う、違う……」

 男の顔が歪み、涙が溢れる。

「俺は、死んでしまう、薬が、殺す……」

 薬? 朽木シバもすぐに反応した。

『薬とはなんだ? どういう効果がある?』

「死ぬ、死ぬんだ、死にたくない、なんで、あんな薬を……」

『副作用か? 対処薬があるんじゃないのか?』

 返事はなかった。

 男が痙攣を始め、朽木シバが今の装備に含まれている鎮痛薬を取り出し、男に注射する。だが男の痙攣は止まらず、がくりと力を失うと動かなくなり、もう喋ることもない。

『薬とやらがこの事態の原因だな。銃器、ピースメーカーを無効化する薬物、そして秘密組織。いったい、実験島はどうなっちまったんだ?』

 ボヤきながら朽木シバがタバコを取り出す身振りをするが、今の装備ではタバコを咥えることもできないし、そもそもポケットがないし、タバコを携帯する余地はない。

 奥では銃撃戦の音が止んでいた。

「先へ行きましょう、班長。音が消えました」

『わかっているさ。タバコが吸いたいだけだ。行くぜ』

 先を朽木シバが進み、僕は背後を守る。

 通路の奥が見えてくる。開けた空間のようだ。明かりが少しだけ強い。扉が開け放たれているのが見えた。

 通路の終わりで両側に身を隠し、カメラで内部を確認する。

 一人の男が拳銃を手にして、立ち尽くしている男にそれを向けている。

 その周囲には自動小銃で武装した四人がいて、二人を取り囲んでいる。死体が無数に部屋のそこここに転がっている。

 空間自体は何かのタンクがあり、六人がいるのはそのタンクの上だ。手すりがぐるりと囲んでいる。タンクの側面から数本の太いパイプが伸び、高い天井へ消えている。他にも無数のパイプが入り組んでいて、見通しが悪い。

「どうしますか、班長」

『少し待とう。奴らの会話が聞こえるはずだ、マイクの感度を上げろ。フィルタリング機能を使うのを忘れるなよ』

 返事をして、言われた通りにマイクを設定すると、離れた場所の声が聞こえ始めた。もしいきなり銃声が鳴っても、その手の大きな音は自然と除去される仕組みがあるため、耳を痛めることはない。

 聞こえてきた会話は、銃を向けている男と、銃を向けられた男のそれだ。

 銃を向けている方が言う。

 十年前の話を聞かせてもらおうか。

 僕はその声を聞いた途端、肩が震えた。

 その声は、寺田ロウの声だった。



(続く)

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