第41話 地獄へ

     ◆


 訓練で何度か使った装備で、僕と朽木シバはゆっくりと通路を進む。明かりは非常灯のみで、薄暗い。ブーツのかかとが金網でできた通路を踏むたびに、かすかな音を立てる。

 全身を包むのは黒地の強化スーツで、防弾仕様だ。頭はすっぽりとヘルメットに覆われている。そのヘルメットの中で、成田テッペイの声がした。

『密売人らしい男が死んでいます。拷問をされた痕跡がありますよ、班長』

 すぐに朽木シバが答える。

『所轄に聞き込みをさせろ。お前はすぐにこっちへ来い。ややこしいぞ』

 次に通信を入れるのは丹生トモリだ。

『喫茶店で死体が一つ発見されています。もう一人、出血多量で倒れている男がいましたが、医療施設へ搬送しました。ショットガンがありますから、まともな店ではないですね。所轄に調べさせます。それと、事務室が荒らされて、不思議な痕跡が』

『手身近に頼む』

『壁に、おそらく班長がいるのと同様の、保守点検用の通路に通じる扉があります。現在、人工知能に解錠させています。本来のコードを受け付けないので、何者かの細工があったのは確実です』

 オーケー、と朽木シバが応じる。

『扉が開いたら、別の班の応援を呼んで入ってこい。こっちは賑やかだ』

 朽木シバいう通り、こちらははっきり言って、大盛況だった。

 ヘルメットのマイクが音を拾い、複数の銃声を確認している。ただまだ遠い。

 今、ここには僕と朽木シバしかいない。二人きりで戦争はできないな、と朽木シバが口にするほど、鳴り響いている銃声とそれに付属する人の気配は多い。

 そもそも銃撃戦はピースメーカーの支配下では起こりえない。他人に銃を向ける、引き金を引くことは即死のはずだ。

 それが実際に展開されている以上、ピースメーカーの支配下にないか、支配を脱した何者かがいるのだ。

 それは人工島の根幹に関わる、大問題だった。

 僕の両親の爆殺を追いかけるはずが、思わぬ事態になっている。

 これでは二人が爆殺されることが、どこか生ぬるく感じる。自分の両親が被害者である僕がそうなのだ。事態の大きさをそれが物語っている。

『止まれ、南』

 通路は壁に吸い込まれ、その先には広い空間にがあるようだ。銃声が強く反響する。壁にできた穴から、朽木シバがスーツの付属品の小型カメラで奥を確認している。

『縦穴だ。銃声は下だ。気乗りしないが、降りるしかないな』

 それから朽木シバが丹生トモリに指示を出し、その地点にマーカーを設置する。ここを中心に封鎖線を敷き、正体不明の武装集団を追い立てるつもりらしい。

 しかし、と僕は考えていた。強攻課は全部で四班、総勢では四十人にも届かない。所轄が動いても、所轄はピースメーカーに逆らえないものしかいない。

 この場で役に立つのだろうか。

 行くぜ、と短機関銃を手に朽木シバが奥へ行くのに、僕も従い、彼の背後を守る。

 縦穴はかなり深い。通路がぐるぐると巡り、幾何学的な螺旋状に伸びている。上下の移動は階段がある。

 確認すると、いくつもの死体が転がっている。すぐそばの死体に、朽木シバが跪いて手で触れていた。

『体温が残っている。出来立ての死体だが、銃創は致命傷じゃない。なぜ死んだんだ? ピースメーカーか?』

「薬物を使ったせいじゃないでしょうか。副作用か何かでは?」

『薬で一時的に暴力を行使して、時間が過ぎれば死ぬ、そんな薬にどんなメリットがある?』

 それは、なんだろう、何かが引っかかる。

 暴力を行使するのが目的なら、使用者が死んでしまう薬は、確かに無意味だ。使えば使うほど、味方を失ってしまう。それほどの大所帯とも思えない。

 暴力を一時的にでも解き放って、何が成せる?

『とにかく、先へ進むぞ、南。警戒しろ』

 その言葉に返事をして、朽木シバと僕は、銃声が鳴り止まない縦穴を降りて行った。

 人間が倒れている。誰も動かない。呼吸の音はしない。小さな水音をマイクが拾う。水なんてない。血が滴る音か。

 暴力と命が奏でる日常とはかけ離れた、不快な音に包まれながら、まるで地獄の中へ降りていくような気がした。背筋を冷たい何かが、伝っていく。

 縦穴の下で、瞬く銃火。掠れた悲鳴。

 戦いはまだ続いている。



(続く)

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