第40話 奥深くへ
◆
アドレスが示す場所は、灰田が利用していたような空き部屋で、しかし荷物は特別ではない。
俺は電子的にドアを開け、潜んでいた。そろそろ時間になる。
ドアがひとりでに開き、若い男がやってくる。何も知らずに口笛を吹きつつ、部屋の隅にある椅子へ向かう。
勝負は一瞬だった。俺が椅子の位置を頭に入れて隠れていたこともある。
相手はふり返る前に、後頭部に銃口を押し付けられていた。口笛が止まる。
「だ、誰だ?」
「質問するのはこちらだ」
息が苦しいのはピースメーカーの作用か。あまり時間はない。
「荷物を運ぶ先に案内してもらう」
「何者だって聞いてんだろ!」
ぐっと銃口を押し付けて、黙らせる。
「引き金を引けないと思うか? 薬の存在を知っているだろう」
ブラフだ。これに乗ってくるということは、当たりと見ていいが、どう転ぶか。
少しの沈黙の後、わかった、と男が呟く。
「銃を下げろ。死にたくない。案内する」
俺は慎重に銃を男から離し、距離を取る。下手に至近距離にいて組みつかれると厄介だ。
男は立ち上がり、やっと振り返った。
「ここと俺の予定を知っているっていうのは、どういうわけだ」
一日が過ぎても、例の密売屋の死体は発見されていないらしい。
「人を探している。南という男だ」
「南? 誰だ?」
「お前には関係ない。リバースのアジトへ案内しろ」
「教えない、という選択もあるが、例の薬のことも知っているとなると、俺もあんたも諸共に死ぬ、という可能性があるわけか。俺が案内すれば、俺はあんたには殺されないが、仲間に殺されるという未来が見える」
「生きるか死ぬか、好きな方を選べよ」
拳銃を振ってやると、わかったよ、と男の言葉に濃い諦めが滲んだ。
男は倉庫を出て歩き始めた。俺はいつでも銃を抜ける姿勢でついていく。
入ったのは地下にある喫茶店で、店に入って店主に男が何か合図を送る。
やはり勝負は一瞬だった。
男が身を投げ出し、同時に店主がカウンターの下に屈み込んだと思ったら、ショットガンを取り出している。
轟音が響く。
散弾は天井に穴を開け、店主が倒れて動かなくなる。
俺は喘ぎながら、注射器を首筋にあて、ボタンを押す。薬が効き始めるのももどかしく、這って逃げようとする男の片足を拳銃で撃つ。悲鳴を聞きながら、体の痛みが消えたのを確認。
「アジトはどこだ?」
ハズレかもしれないと思いながら、這いずる男のもう一方の足を撃つ。そろそろどこかの住民が非常ボタンを押すだろう。余裕はない。
「どこだ?」
後頭部に銃口を押し付けると、発砲の後の熱のせいで、髪の毛が焦げる匂いが漂う。
男が喚き始め、その内容からこの店舗の奥に出入り口があるらしい。
「ロックは?」
促すと、男は懐からどうにかこうにか真っ黒いカードを引っ張り出した。
それを奪い、死体の横を抜けカウンターの向こう、厨房へ。店主が一人で切り盛りしてたのか、人気はない。厨房を横切り、さらに奥の事務スペースへ。
壁を見渡しても、出入り口はない。
しかし男が嘘を口にしたとも思えない。
壁際の戸棚を端から引きずり倒す。すると一つの戸棚が横にスライドすることがわかった。それより前に転がした戸棚が邪魔で、うまくスライドしないが、この裏だろう。
苦労してその戸棚も倒すと、壁に人が屈めば通れる程度の蓋がある。カードを差し込むスリットもだ。
黒いカードを差し込めば、果たして蓋がゆっくりと開いた。
背後でサイレンが鳴り始める。善人がいるものだ。
俺はさっさと蓋をくぐり、抜けるのと同時にさっとカードを回収した。背後で自動で蓋が閉まる。
入り込んだのは、もう見慣れている点検用の通路。様々なパイプが入り組んでいる中を、金属製の網でできた通路がうねうねと伸びる。
小走りにそこを駆けていく。
携帯端末を取り出し、レオの携帯端末につけておいた枝から手に入った、警察が入手している保守点検用通路の地図を引っ張り出す。
しかしうまく現在位置と噛み合わない。
まだ警察も知らない通路か。
通路は壁にぶつかり、その壁にはぽっかりと口が開いている。
そこをくぐって、思わず俺は足を止めた。
人工島のどこに当たるのか、すぐには把握できないが、縦穴だった。手すりに手を置いて下を見ても、深さがすぐには計れない。
どこにリバースの拠点があるにせよ、全部を調べるわけにはいかない。
下層だろうか。
そう思った時、人の気配があり、反射的に通路に身を投げ出していた。
激しい銃声が幾重にも反響し、それに空薬莢が立てる涼しい音が混ざる。
銃声のする方へ応射、攻撃が一時的に止む。
下だ。通路は階段で結ばれ、銃撃してきたのは一つ下の縦穴をぐるりと囲む通路にいる男だった。
銃弾が交錯し、俺の一発がその男の首をえぐる。転倒し、そのまま男は落ちていった。
下にいるということは、さらに下へ降りていく方が確率は高そうだ。
起き上がって通路を走り、階段から下へ。転落した男が残した短機関銃を回収し、さらに下へ。
縦穴の奥から、何か音がする。声を掛け合っている人間の言葉、そして靴が金属の床を打つ音の重なり合い。
どうやら相手は俺を本気で歓迎するつもりらしい。
まだかろうじて、薬物は効果を発揮しているが、長くは持たない。注射器に残っているのは、あと三回分か。
二つ、三つと降りていくと、バラバラと男たちが出てくる。四人、いや、五人か。
こちらから先制攻撃、銃弾の雨を降らせる。金属の通路と壁に銃弾が当たるたびに、激しい火花が散る。
悲鳴と怒声、そして俺が叩き込んだ弾丸の数の倍以上、銃弾が返ってくる。
高揚と冷静が同時に心を支配する。
この時だけは、ピースメーカーを忘れた。
ウイルスがあろうとなかろうと、弾丸が当たれば、死ぬし、殺すことができる。
今はその二つが全てだ。シンプルな状況。
無我夢中で俺は戦いに没入していった。
(続く)
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