第39話 ひらめき
◆
銃撃事件の現場に倒れていた男は、警察の医療施設で目を覚ました。
僕はその場にいて、つまり彼が目覚めるのを待っていたのだ。
まぶたが持ち上がり、こちらを瞳が捉えた。
「命に別状はありません。治療費が請求されることもありません」
そう切り出して、僕は警察手帳を見せた。男は咳き込み、「喉が渇いた」と呟く。どうぞ、とストローのついたボトルを差し出す。男の手が緩慢にボトルを掴んだ。
「名前は、灰田ジュンさんで間違いないですか?」
「そうだ」
男は唇の端から水のしずくをこぼしながら、はっきり答えた。
「あの倉庫にあったものを、調べました。武器を商っていますね?」
「一つ聞きたいが」
灰田ジュンが、犯罪行為を確認されたとは思えないほど平然と応じる。
「ここで俺がピースメーカーで自殺したら、どうする?」
「普通だったら、もう死んでいます」
だろうね、と灰田ジュンが小さく笑みを見せた。
「倉庫には武器があり、死体が三つありました。あなたが射殺したとは思えない。仲間がいましたか?」
「イレギュラーなんだ、拷問でもしたらどうだ」
やはり挑戦的な灰田ジュンの言葉に、こちらが不安になる。ピースメーカーはまだ灰田ジュンを殺していないが、いつ殺してしまうか、わからない。
「イレギュラーは」会話するしかない。「死ににくいだけで、自在に暴力が振るえるわけじゃありません」
「不便なものだな。相手を射殺したい時とかないか?」
「あなたはそういう時があるんですか?」
実際に撃たれたしな、と灰田ジュンは嬉しそうだ。不思議な人格だ。自由で、何の制約も感じさせない、自在な感情。
人工島では極端に数少ないタイプだった。
「あなたは死が怖くない?」
「怖かったさ。だが、もう慣れた。俺は死なないとも理解した」
閃きは一瞬だった。
「完全犯罪者、と僕たちは呼んでいます」
そう切り出すと、灰田ジュンは口を閉じ、こちらを見た。
「犯罪行為、というより、暴力、憎悪を持ちながら、ピースメーカーの効果を発現させない、そういう人間です」
「聞いたことがないな。流言の類じゃないのか?」
「かもしれません。ですが、あなたは武器を販売し、何の不調もきたしていない。いいでしょう、あなたのことは置いておきます。武器商人としてのあなたに聞きたいのは、爆薬を商ったか、です。心当たりはありますか?」
質問に、灰田ジュンは何か考えているようだが、反応がない。もう一つ、揺さぶる。
「爆薬は焼夷弾を流用したもので、爆殺されたのは僕の両親です」
「そいつはかわいそうだな」
ぽつりとそういう灰田ジュンは、言葉とは裏腹に、無感情だ。まだ何かを考えているのはわかるが、一体、何を考えているんだ?
沈黙がやってきて、僕はどう崩していくか、考えた。
しかし意外なことに、灰田ジュンの方から話し始めた。
「理由を明かすのは難しいが、お前が南レオだということと、お前の父親が南ジョウジだということを、俺は知っている」
「え……?」
警察手帳は見せた。でも一瞬だ。名前を読み取ったのか? しかし、父の名前は話してない。
どこで知ったんだ?
「俺の知り合いが、お前の父親を追っている。お前たちも知っているだろうが、南ジョウジはもう一人いる。探してみるんだな」
一瞬で全てが繋がった。
灰田ジュンがいう知り合いとは、寺田ロウではないのか。彼は父のことを僕に質問してきた。寺田ロウと話をしたのなら、灰田ジュンが父のことや僕のことを知っていても、おかしくない。
そもそも、寺田ロウと実際に話をした時、灰田ジュンはどこかでこちらを伺っていたのではないか。だから僕の名前どころか、顔も知っているのだ。
灰田ジュンは、急いだ方がいいぜ、と笑っている。
僕が部屋を出ると、小走りで朽木シバ、丹生トモリ、成田テッペイがやってきた。
「父の行動をもう一度、洗い直すべきだと思います」
オフィスへ歩きながらそう朽木シバに話すと、当たり前だ、と返事が来る。三人は別の部屋で病室の様子をカメラ越しに確認し、既に打ち合わせしているようだ。
オフィスで四人がそれぞれに端末に向かい、人工知能の助けも借りて父、南ジョウジの行動を詳細に追い始めた。
人工島の中にある数え切れないほどの監視カメラは、全部が内政省の中の部局で一括管理されている。映像データは全て保管されている。
まずは申請が不要で捜査官権限で閲覧できる三年前までを振り返る。
父はほとんど変わらない日々を送る。家と会社、いくつかの店舗にしか出向かない。
代わり映えのしない、無駄のない生活。
そのうちに内政省がこちらの申請を受理して、十年前までの記録の閲覧が可能になった。
時間の流れを忘れるほど、画面に視線を注ぎ続けた。
「みんな、こいつはおかしいぜ」
唐突に成田テッペイがそう言ったので、三人がすぐに彼の周りに集まる。
「五年前、地下三層でこの監視カメラに、南ジョウジと思われる人影がある。しかし同時間には、南ジョウジは会社にいるはずだ」
「よし」朽木シバが指示を出す。「その人影の行き先を終え。丹生は会社の出勤記録の確認。俺と南で、会社の周囲の監視カメラを総ざらいだ」
それから二時間ほどが過ぎ、僕たちは一つの結論に達した。
地下で記録されている人影は、映像がクリアにされてはっきりわかるが、南ジョウジその人だ。しかし南ジョウジはその時、会社にて、勤務しているのが記録上では絶対に揺らがない事実。出勤していく姿が監視カメラにあり、それ以降、建物から出ていない。
重要なのは、地下にいる南ジョウジは、空き店舗へ入って、それきり、出てこない。
保守点検用の通路の地図が引用され、その空き店舗には通路へ入る扉があるとわかった。
「善は急げ、というわけだ。これから地下へ探検に行くとするか」
朽木シバの言葉に、三人が頷く。
「盛大にやるべく、装備を整えろ。行くぞ」
僕たちは足早に、オフィスを出た。
何が待ち構えているのか、僕には全く想像できなかった。
(続く)
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