第38話 死なせず、語らせ
◆
俺は秘密通路から秘密通路へと渡り、地下四層のはずれでどうにか表に戻った。
灰田は死んだかもしれない。そう考えると気が重かった。
店に帰る余裕はない。襲撃者の仲間が待ち構えているか、もしくは警察が調べているだろう。灰田は抜かりないから、どちらにも情報を奪われる何かはないはず。
俺の携帯端末では、レオにつけた枝から、情報が吸い出され続けている。黒崎リュウスケの住所もわかったが、今更だろう。
今、俺がやるべきことは身を守ることだ。拳銃の一丁や二丁では心もとない。
この問題を解決するとき、同時にできることがある。
まずは取引相手の武器の密売屋と接触しよう。
地下四層の書店の一つが、密売屋の窓口だった。中に入るといつも通りに閑散としている。店主の初老の男が、いらっしゃい、と言ってからわずかに目元を険しくする。
店主が部下でもある若者にレジを任せ、俺を事務所へ導いた。
「もう情報が入っているよ。お前たちの仕事場が荒らされた。灰田は?」
「運が良ければ生きていますよ。それより、武器が欲しい」
物騒なことだ、と言いつつ、出版社の名前の入った箱が俺の前に差し出される。机を借りて中を見ると、コンパクトな作りの短機関銃だった。これなら背中に背負えば、少しは隠せそうだ。
「こいつはおまけだ」
もう一つ、文具の箱が出てきた。開けると手榴弾が二つ、入っていた。礼を言ってその箱も受け取る。
「実は、知りたいことがある」
「知っていたら教えよう。馴染みだし、灰田のこともある」
店主はそう言って、視線で促してくる。
「リバースのメンバーと接触したい」
「それで何が変わる?」
「奴らに聞きたいことがある」
死ぬよ、と店主は言ったが、誰が死ぬのかは、想像するしかない。
店主は五層にある一人暮らし用の部屋の一つを教えてくれた。俺は礼を言って、二つの箱を抱えて外へ出た。
平凡な地下の光景。生気のない住民と、無機的な壁、床、天井、そして光。
ついさっきの銃撃戦のことを、ここを歩く人々はどう解釈するのか。
対岸の火事、自分には関係ないと割り切るのか。
つらつらとそんなことを考えているうちに、階段へたどり着き、自然な様子を装って俺は更に地下へ降りていく。
五層、住居区画、アドレスをチェック。ここだ。
たどり着いたドアのインターホンを押す。ドアはすぐに開いた。
若い男。年齢は二十代後半。感情のない顔、生気のない顔でこちらを見る。人工島ではお馴染みの対人モード。
「なんです? どなたです?」
男がそういった時には、俺は男に掴みかかり、室内に踏み込んでいる。
悲鳴をあげる男とは無関係に、俺の全身に電流が走る。片手で素早く注射器を手に取り、注射。楽になる。
男はもう悲鳴も上げず、表情に怒りを滲ませる。怒りながら、どこか絶望する気配。
ピースメーカーによる自死。それで黙ろうってことか。
注射器を男の首筋に叩きつけ、カプセルの中身を注射する。男が愕然とした顔になる。
「これから十分は、お互いに死ぬことはない」
俺は宣言し、今度こそ完全に男を床に組み伏せ、一瞬で男の肩を脱臼させる。絶叫は、しかし部屋の外には漏れないだろう。
「リバースの拠点の位置を教えろ」
「し、知らない、俺は、ただの運び屋だ」
「嘘は良くないな」
脱臼して力を失いつつある腕の先、親指を逆に折り曲げてやる。痛覚は繋がっている。また悲鳴だ。
「何か思い出したか?」
バカな、と男が掠れた声で言う。人差し指もゆっくりとへし折る。
それから薬指まで折ったところで、男はリバースが潜伏している場所が、非公開の地下空間だと白状した。
「地下空間? どうやっていく?」
男はもうまともに喋れないが、視線だけは俺への殺意を隠そうとしない。
「最後の一本を折ろうか?」
男があごで備え付けのテーブルの上を示す。端末に記録しているか、引き出しの中に何かあるのだろう。
「これが最後だ」
俺は男に写真を見せた。
反応は劇的だった。首を限界まで捻ってこちらを見る。
「この方を、追っているのか?」
「この方? 有名人とは知らなかった」
「この方は、リーダーの側近だ」
リーダー? 側近? 予想外の言葉だった。
「名前を教えろ。黒崎リュウスケか? それとも南ジョウジか?」
名前はない、と男が絞り出すように答えた。
「名前がない? なぜだ?」
「知らない! 知らないんだ!」
男が暴れ出すのを、強引にねじ伏せる。
「なんでもいいから話せ。この男は二人いるはずだ。違うか?」
俺は男の小指に力を込める。これは効果的だった。
「知らない、だが、この方は、もういない、殺されたんだ!」
「どこで?」
「爆破事件に巻き込まれた! リバースの内部抗争だ!」
どういう意味だ?
唐突に俺の心臓が収縮し、震える。くそ、薬が切れる。男も痙攣を始めている。
俺は自分に薬を注射し、体をなだめた。だが男はそのまま、俺への敵意のせいで、ピースメーカーが息の根を止めている。
薬がもっと潤沢にあれば、この男にも注射できたが、それはできない。
死体は放り出して、端末と机の中を確認した。手帳が引き出しにある。いくつかのアドレスが記入され、日付と時間も書き添えられている。
日付の中から、近いものを探すと、明日の十四時の予定がある。
そのアドレスを頭に入れて、俺は部屋を脱出した。
途中で制服の警官とすれ違うが、俺は無表情でやり過ごした。
冷静になれ。そう言い聞かせる。
ピースメーカーはいつでも、俺を狙っている。
真実は、近づいてきている。
まだ、無意味にくたばるわけにいかないんだ。
(続く)
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