第37話 死者は語らず

     ◆


 携帯端末でどこかと連絡を取っていた朽木シバが、不愉快げに「仕事だ」と言う。

「何処かの誰かが地下で銃撃戦をやった。冗談でもないらしい」

 銃撃戦?

 僕と朽木シバは、黒崎リュウスケに割り当てられていた部屋に来ていた。警察の権限でドアのロックを解除して中に入ると、手付かずではないが生活している気配ではない。

 段ボール箱がいくつかあって、開けてみると服が詰まっていたり、何かの書類が詰まっていたりする。ざっと探しても犯罪行為には繋がりそうにないものばかりだ。

 しかしここの捜索は先送りにするしかないらしい。

 朽木シバが外へ出て足早に歩き出すのについていく。

「南、武装しているか?」

「拳銃を持っています」

「念のために覚悟しておけよ」

 地下五層から階段を駆け上がり、通路を走る。別の層へ行った途端、サイレンが鳴っている。通路からは人気が消えていた。住民は警報に従って避難場所へ向かったんだろう。

「班長!」

 見えてきた先で手を振っているのは、丹生トモリだった。拳銃を持っているようではないし、銃撃戦は終わったんだろう。それでも硝煙の匂いと、血の匂いがした。

「どうなった? 丹生。どこの間抜けだ?」

「意識不明で話を聞けません。とりあえずは、現場を確保して、生存者は医療施設へ搬送しました。うちの先生に診てもらいます」

「良いだろう。現場を見せろ」

 そう応じて朽木シバがドアが開け放たれた部屋に入る。段ボール箱がいくつもあり、倉庫のようだ。血の匂いが濃密になり、血溜まりが見えた。丹生がついてきて説明を続ける。

「現場には死体が三つと、重傷者が一名でした。この倉庫の借主は灰田ジュンという雑貨店経営者で、生存者がその灰田です。聞き込みの感触では銃声が響き始めて、近隣の住民が事態に気づくと同時に非常ボタンが押されています。システムの記録では、押されたボタンは室内で、あそこです」

 示された先にはテーブルが倒れている。

「もう一人、現場にいたようですね。行方不明です。監視カメラの情報はこれからチェックします。それと、灰田という男の傷の様子が不可解です」

「どこがだ?」

「腕に二発、足に三発、銃撃されています。腹部にも銃創があり、これが命が助かるかどうかの瀬戸際へ押しやっているわけですけど、腕と足はやはり不自然と言えます。殺しが目的とは思えないというか」

 倒された机の影、床にある蓋を眺めながら、朽木シバがすぐに答える。

「拷問したか、逃げた誰かへの見せしめか、あるいは逃走を躊躇わせるために撃ったか」

「そんなことがあるでしょうか?」

 丹生トモリが首を傾げる。

「他人にそこまで暴力を振るうと、ピースメーカーが黙っていませんよ」

「その前提は気にするな。銃撃戦だとすれば、襲撃した側も襲撃された側も、お互いを攻撃している。本当ならどちらも死んで、ここに転がっているはずが、転がっちゃいない。何か裏がある。抜け道があるんだろう」

 それは重要、重大な事態だった。

「現場検証は所轄に任せる。この倉庫への出入りを確認しよう。生存者が回復すると良いんだがな」

 朽木シバの宣言に、僕と丹生トモリが頷き、現場を離れた。

「丹生、先に戻って監視カメラの映像を整理してくれ。俺は南と行くところがある」

 了解です、と頷く丹生と別れて、僕と朽木シバで地下五層へ戻った。黒崎リュウスケの家探しの続きをする必要がある。

 あらかたを確認し、何の収穫がないのを理解しても、僕たちはその場に留まった。

 黒崎リュウスケが帰ってくると考えたからだ。対面すれば、事実ははっきりする。

 室内で待っているうちに、ドアのロックが解除され、男が入ってきた。

 僕はさりげなく壁際に立って彼にじっと視線を注ぎ、その横では朽木シバがいつでも拳銃を抜ける姿勢でいる。

 入ってきた男は、黒崎リュウスケじゃなかった。入った途端、いるはずのない人間が自分の部屋に入ることに面食らったようだが、表情に冷静さが戻る。ピースメーカーに飼い鳴らされた、人工島の住民のお家芸。

「どなたですか?」

 男が訪ねてくるのに、僕は警察手帳を見せた。朽木シバはまだいつでも動ける姿勢。

「警察です。こちらで生活されている方ですか? 名前は、黒崎リュウスケさん?」

「そちらこそ、どうやってこの部屋へ入ったんですか? 違法じゃないんですか?」

 そいつは俺たちが決めるよ、と朽木シバが言い返すと、ピクリと男の口元が震えた。僕は構わずに促した。

「名前を教えていただけますか?」

「俺は、黒崎リュウスケで間違いない」

 どうやら一歩、前進したらしい。

 黒崎リュウスケに僕は印刷してあった南ジュンイチロウの写真を見せる。彼はそれを見ても表情を変えずに、「誰ですか?」と逆に訊ねてくる。

「あなたが知る必要はありません。この男と会ったことは、本当にありませんか?」

 ええ、と黒崎リュウスケが頷く。しかし何かを隠していることを、僕の直感は見抜いていた。

 どうやって切り崩せばいいだろう。

 唐突に男の表情が変わる。朽木シバが反応し、ほんの一瞬の後、僕も動いた。

 黒崎リュウスケの首に朽木シバの腕が巻きつく。締め落とす姿勢。

 だけど黒崎リュウスケの顔が蒼白になる方が早い。口から少し泡が飛び、ゆがめられた顔から力が失せる。

「クソッタレ!」

 怒鳴りながら相手を寝かせ、朽木シバが心肺蘇生を試みるが、無駄だった。

 黒崎リュウスケは、ピースメーカーが殺してしまっていた。

 朽木シバが救急隊を呼んでいる横で、思考の渦に飲まれる僕には何の答えも出せなかった。

 黒崎リュウスケは、南ジュンイチロウではなかったのか? 身分証明書が偽造されている? 黒崎リュウスケは名前を貸しただけなのか。南ジュンイチロウは確かにこの街に存在し、別の人間になりすましている?

 もし南ジュンイチロウが生きているなら、寺田ロウの話もにわかに意味を持つ。

 南ジュンイチロウがもし生きているとすれば、彼はこの島に逃げ延びて、黒崎リュウスケとして生きているのだ。

 しかしその男がいるとしても、名前も所在も分からない。

 分かるのは顔だけだ。

 不確定事項が多すぎる。

 そもそも最初の段階で、南ジュンイチロウは本土で死んでいる。それはどう解釈すればいいのか。

 通話を終えた朽木シバが僕の肩を叩く。

「動き出したな、気を引き締めろよ」

 言われるまでもない、と表情で伝えておくが、伝わったかな。僕の思考は状況を整理するのに必死だったし、新しい謎が目の前に提示されている。

 どうにかして、これを解きほぐしたい。

 その時に、やっと両親が爆殺された理由が、わかるんじゃないだろうか。

 僕の父の秘密もまた、開示されるはずだ。



(続く)

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