第36話 発火
◆
灰田と店舗ではなく倉庫へ戻り、そこで俺は今後の展開を話した。
「イレギュラーにヒモをつける奴なんて、初めてだよ」
タバコをふかしながら、嬉しそうに灰田が笑う。
あの喫茶店で会計を済ませたのは、別にレオにいい顔をしたかったわけじゃない。あそこで俺が会計をすれば、レオが本当に警官の素質の持ち主なら、そこから俺のことを知ろうとするだろう。つまり、店主から俺の個人コードを聞き出し、探らせる。
だったら逆に、俺の個人コードをレオが受け取る瞬間、俺がレオの端末に紐づけする余地がある。
俺の手元の携帯端末には、すでに特殊なソフトウェアによる情報閲覧が進行している表示がある。露見しないように無害な情報として分割されているので、まだ閲覧は出来ない。
しかし時間の問題だ。これで少しはイレギュラーの行動を先読みできると思う。
しばらく沈黙がやってきて、「ま、働くとするか」と灰田が促した。
時計を見ると三十分後に銃器を受け取りに相手がやってくる予定だ。だから倉庫に来たわけである。
俺と灰田で、手分けして部品を集め、自動小銃を組み上げていく。箱に六丁が収まり、それが二箱。相手は三人で受け取りに来ることになっていた。どうせ配達員か何かに偽装するんだろう。
仕事を先に終えた灰田が、適当な箱に寄りかかり、またタバコを吸っている。
「もしもの話だが」
灰田が小さな声で言った。
「もしも、お前の仇が爆弾で吹っ飛んでいたら、どうする?」
「そんなこと、知らないよ。まずは事実を知ることだ」
「無罪の人間を、殺すことはないんだな?」
当たり前だ、と俺は応じた。
「俺は銃を使う、ナイフも使う、体術も使うし、電子情報を盗むこともできる。だがそういう手段を使うのは、目的のためだ。目的は一つ、ヒョウを殺すことだ」
「目的がなくなれば、お前はこの島でどう生きる?」
難しい問いかけだった。
俺は進んで監獄に飛び込んだ。三十歳にもならないのだから、医療水準を考えればこれから三十年どころか、あるいは五十年も六十年も生きるのかもしれない。
ただ、そうなる前に、俺はきっと何かに怒りを刺激され、命を投げ出す気もした。
「自由に、生きるよ。限られた自由の中で」
「いいか、ロウ。これだけははっきりさせておく」
タバコを灰皿に落とし、灰田が俺を睨むように見た。
「この島には、他にはない自由がある。それは、死ぬことだ。この島では、簡単に死ぬことができる。例えば、見ず知らずの人間に殺意を抱いてもいいし、殴りつけてもいい。それで終わりにできる。他じゃできないよ」
「それが?」
「この島だけのその自由は、自由なんかじゃない。ただの自暴自棄、自殺なんだ」
「自殺も自由のうちに含まれるだろ?」
反論しようと灰田が口を開いたが、インターホンが鳴った。彼は言葉を飲み込み、「仕事だ」と言った。
俺と灰田で箱を運び、扉を開ける。やはり配達員の姿の三人が入ってきた。こういう連中は、技も芸もないものだ。
銃の様子を確かめ、リーダーらしい男が頷く。
「確かに受け取った」
「金をもらおうか」
いつの間にか、灰田は携帯端末を持って、かざしている。
男がニヤッと笑う。
疑問、疑念、そんなものが背筋を這い上がった時には、男の背後に控える二人が、上着の中から拳銃を抜いている。
銃声が響く。同時に悲鳴。
俺は倉庫の奥へ転がり、箱の陰に身をひそめるが、銃声が連続し、弾丸が箱を抉る。即座に移動、さらに奥へ。
悲鳴が続く。灰田の声だ。どこを撃たれた?
死ぬしか道がないのか、助ける余地があるのか。
俺も拳銃を抜いて、逆襲しようとするが、相手が目に入った途端、激痛が心臓を鷲掴みにする。
片手で注射器を取り出し、首筋に打つ。痛みが消える。
狙っていた男の銃口がこちらを向く。俺の銃口も相手に向いた。
銃火が交錯し、頬に灼熱。掠めただけ。
相手は倒れて動かなくなる。
銃声と同時に、灰田がひときわ大きな悲鳴をあげる。いたぶっているのか。
思考が憎しみと怒りに支配される。だめだ。薬が切れた途端、死んでしまう。
灰田は置いていくしかない。すぐに行動しないと、二人ともが死ぬ。
俺は倉庫の奥、作業机に飛びつく。銃弾がすぐそばを空気を焦がして走り抜ける。
机に設置された、非常ボタンを押す。本来は火災の時などに使うが、とにかく、これでサイレンが鳴り始めた。もちろん、敵がそれですぐに下がるわけもない。
机を引きずり倒し、しっかりとした遮蔽を取り、応射。
男の一人が倒れる。もう一人が、倒れこんでいる灰田に銃を向けて、こちらを見ていた。
瞳に見える感情は、まともじゃない。
くそ!
俺は灰田を見捨てるしかなかった。
作業机の下にあった保守点検用の通路に降りられる蓋、灰田に教わっていた非常事態での逃走経路につながる蓋を引っ張り上げる。
そこへ降りる時、また銃声が響いた。
もう灰田の声はしない。姿を見ることもできなかった。
通路に降り、蓋を閉め、非常灯が灯っている薄暗い通路を、闇の中へ向かうように俺は駆け出した。
もう銃声は、聞こえない。
しかし視界のそこここで、銃火は瞬き続けていた。
心臓が、痛む。
(続く)
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