第35話 人生の記録

     ◆


 信じられない、と思いながら、冷めていくナポリタンを見ていた。

 父親は死んだ。それは間違いない。朽木シバが書類を見せてくれた。あれは間違いなわけがない。

 一方で、寺田ロウは僕に二枚の写真を見せた。まったく同じ年頃の、髪型や肉付きがわずかに違うだけの、二人の写真。片方は間違いない、父だ。

 もう一人は、確信が持てなかった。別人だと頭の一部が強く主張する。しかし、撮影した時期が違うのかもしれない。寺田ロウは、そこをはっきりさせなかった。何かのブラフか?

 わけがわからない。

 殺人犯だって? そんなことがあるわけがない。父は僕が生まれる少し前から、人工島にいると聞いているし、僕が物心ついてからは絶対に、島を出ていない。十年前だって、ちゃんと島にいたんだ。

 もう一人の男。父と同じ顔の男。

 それが、殺人犯?

 ナポリタンが硬くなってから、どうにか胃に納めて、会計をしようとすると寺田ロウが払っていた。不意に思い立ち、携帯している警察手帳を見せ、寺田ロウの会計に関するデータを見せてもらった。個人番号をコピーし、店主に礼を言って外へ出た。

 歩きながら、考えをまとめる。

 なぜ、両親が爆殺されたのか、それはずっと引っかかっていた。

 だってそうだろう。普通の家庭が、骨も残らないほどの暴力を向けられる理由はない。

 実は、僕が原因かとも思った。僕がイレギュラー候補生で、イレギュラーに昇格することが何かの理由になり、誰かが爆弾を放り込んだのではないか、という可能性だ。

 しかしそれは勘違いかもしれない。

 父だ。父には何かがある。もし寺田ロウが言う通り、父と同じ顔の人間がどこかにいて、その父と同じ顔の人間が犯罪者なら、その筋をたどっていくのが警官のやり方というものだ。

 警察署の地下へ降り、強攻課のオフィスに入るときには、すでにどう動くべきか、まとめていた。

 同僚と挨拶を交わして、自分の席に着くとすぐに端末を起動する。

 父に関するデータを呼び出し、閲覧する。幸いと言っていいのか、爆殺事件の関係で父に関する詳細な情報が強攻課の課員には開示されている。

 南ジョウジ。四十七歳。職業は内政省基幹建造局が承認した建築会社の社員。主任という立場だった。実績はほとんどなく、平凡な会社員だ。主任の立場も年功序列、勤続年数で昇級した形。仕事に関しては、これといって問題ない。可もなく不可もなくの実績。

 次に電子マネーと銀行口座の状態を確認。収入は基本的に会社から流れてくる電子マネーだけ。半年に一度ほどの頻度で、やや大きい額が振り込まれるか、少しだけ余計な支出が発生する。

 警官がその理由を調べ、備考欄に記述しているには、それは会社の社員研修という名の羽根を伸ばすイベントで、人工島に数カ所あるカジノで遊んでいたかららしい。収入は賭けに勝ち、支出は賭けに負けた。

 そんな父の一面を知ったのは、イレギュラーになってからだけど、特に不審には感じなかった。父だって人間だし、欲望もあれば、熱くなることもあるだろう。

 交友関係は会社が中心で、親しいものの名前が五人ほど挙がっている。全員が調査され、特に問題なし。女性関係は全くのシロで、どこにも引っかかっていない。そこはさすがに安心した。

 情報を先へ進め、父のルーツを辿る。

 生まれたのは本土の関東地方のはずれで、僕からは祖父にあたる父の父親はやはり建築会社を経営、祖母にあたる母親は専業主婦。兄弟は……。

 思わず手が止まった。

 兄弟は、双子の兄が一人。名前は、南ジュンイチロウ。

 両親は双子が四歳の時に離婚。理由は不明だが、そこで双子は生き別れになる。ジュンイチロウは母親に、ジョウジは父親に引き取られる。

 データにはジョウジのその後が簡潔に書かれている。父親と二人で生活し、高校は工業高校に進学。しかし大学受験に失敗し、二十歳になる前から引きこもりになる。ひとり親の父親は建築会社が倒産し、タクシー運転手に転職。

 そしてジョウジは三十を前にして、ほとんど勘当された状態で、生き残る道として実験地区、人工島へ渡ってくる。持っていた現金はわずか。与えられた部屋で生活し、すぐに仕事に就くがうまくいかずに内政省の担当部署に別の職業を斡旋してもらう。それが死ぬまで働く建築会社だった。

 三十一歳で結婚、すぐに僕が生まれる。三人で生活し、そして爆殺される。

 何も問題はない。

 情報を遡り、僕は南ジュンイチロウの情報を探した。

 母親とともに生活するが、生活は困窮。母親は歓楽街で働き始めるが、間も無く音信が途絶える。

 誰にも見向きもされなかった親子だが、住んでいた集合住宅で異臭騒ぎがあり、警察が捜索すると、部屋の中で母親はすでに死体に変わっており、そこでジュンイチロウも発見される。ジュンイチロウは五歳だった。

 母親は餓死、ジュンイチロウは病死だった。

 悲劇だが、しかし、二人はそこで完全にピリオドを迎えている。

 やはり、訳がわからない。

 僕は頭の中で繰り返すしかない。

 訳がわからなかった。

 ジュンイチロウが生きている? では母親、僕の祖母も生きている?

 父と同じ顔形の男。そもそもその存在こそが、情報というものを改ざんしているのだ。だったら祖母と伯父の情報が改ざんされる可能性がある。

 寺田ロウは、なんて言っていた?

 父の生き写しの男の名前は……、黒崎、リュウスケ。

 素早く端末を操作する。ヒットするのはすぐだ。

 個人情報が展開される。黒崎リュウスケ。年齢は三十二歳。職業は建築作業員。住所は地下の五層にある一人部屋。金銭の流れには目につくものはない。

 席を立とうとすると、すぐそばに朽木シバがいた。

「こいつは面白いな」

 そう言って笑っている朽木シバは、どうやら僕が検索した黒崎リュウスケの証明写真を見ていたようだ。

「お前の親父の兄弟か? どこから調べ出した?」

「通報がありました」

 正直に話すと、誰だ? と視線で訊ねられる。僕は素早く、携帯端末から寺田ロウの個人番号を転送した。それを確認し、彼はすぐに成田テッペイを呼び、調べとけとあっさりと任せた。

「じゃ、会いに行くか、南」

 朽木シバは上機嫌な様子だ。彼の助けは、絶対に必要だと僕は決めた。

 そうして僕と朽木シバは、黒崎リュウスケの住まいを訪ねるべく、強攻課のオフィスを出た。



(続く)

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