第34話 邂逅

     ◆


 俺は喫茶店でホットドッグを食べながら、南レオが来るのを待った。

 時間はそろそろ約束の時刻になる。ホットドッグはなかなか美味い。初めての店で、灰田にオススメの店を聞いたのだ。久しぶりに地上に出た気がする。倉庫と店と住んでいる部屋と、全てが地下なのだ。

 店のドアが開いて、鈴が鳴る。店主が「いらっしゃいませ」と小さな声で控えめにいう。

 そこには高校の制服の少年が立っている。個人情報を盗み出して確認した、南レオの写真と同じだが、撮影は両親の更新と同時の三年前で、写真よりは大人びている。

 十六歳になって少し、という年頃で、その年にしては落ち着いているようにも見えた。

 彼は席に座らず、「寺田さんですか?」と訊ねてくる。一目でわかるが、脇の下に拳銃をぶら下げている。膨らみでわかるのだ。もちろん、一般人はわからないが。

 それに身のこなしは武道、もしくは格闘技の気配がする。すぐに座らないのも、こちらの動きに対応するために見える。

 油断していない、というメッセージでもあるようだ。

「座れよ。話をしに来たんだ」

 じっと視線を交わし、失礼します、とレオは座った。

「好きなものを注文するといい。ホットドッグは美味かったよ」

 南レオはメニューを手に取り、水の入ったグラスを持ってきた店員に、すぐにナポリタンと紅茶を頼んでいる。ホットドッグにしないのか……。

 水を飲みながら、話を伺いたいのですが、とレオが言う。

「父親のことを知っているとか」

「そうだ」俺はホットドッグをかじり、レオをちらっと見る。「十年は前の話だ」

「十年、ですか?」

 視線は俺を瞬間的に確認したようだ。俺の言動は、明らかにピースメーカーに染まりきってはいないが、年齢はどんなに幅を持たせても三十程度で、十年前はどこにいたのか、気になるんだろう。

 逆にレオは自分の父親が十年前は人工島にいたことに確信があるし、では、俺も人工島にいて、父親と何かあったのか、と想像するはず。

 俺はそこまで読んで、逆にレオをつぶさに観察したが、俺の想像した通りの反応、困惑しか見えなかった。

「俺が人工島に来たのはつい最近だ。一人の男を追っている」

「不穏ですね」

 さらりとレオが応じる。そこへナポリタンと紅茶が運ばれてきた。いただきます、と小さな声で言って、彼はフォークでナポリタンをクルクルと巻き始める。巻きながら、顔を上げずに言う。

「犯罪者ですか? それとも家族ですか?」

「犯罪者だ」

 ピクッと手が止まるが、すぐにまた麺を巻き、口へ運ぶ。彼はナポリタンの皿を見たまま、口を動かし、何も言わない。

 俺に話させたいんだろう。

「この男だ」

 俺はポケットから出した写真をレオの前に示す。彼がそれを見て、今度こそはっきり動きを止めた。

 写真は俺が元から持っていた、ピントが合っていない上にぼやけている一枚だ。しかし、誰が撮影されているか、レオにわからないわけがない。

 もう一枚、写真を見せる。

「この男だと分かるだろう?」

 フォークを置いて、レオが二枚の写真を見比べている。そしてこちらを見た。先ほどのような余裕や警戒は鳴りを潜め、そこにあるのは好奇心だった。

「どこで撮影された写真ですか? この隠し撮りは」

「本土だ。時期は正確には不明だが、それほど前ではない」

「ありえない」

 レオが喘ぐように言った。

「お前の父親で間違いないか?」

 ピントのぼやけた写真の横にある、身分を証明する情報から引用した写真は、南ジョウジだった。

「どうだ? 南レオ。お前の父親だろう」

「ええ……、それは、見間違えるわけは、ないんですが……」

 レオはうまく言葉が出ないようだった。俺は構わず、ここで押し切る気になった。

「十年前、俺の家族は殺人事件に巻き込まれた。姉が死に、両親は今も植物状態で、施設でかろうじて生命を繋いでいる。回復する見込みはない。その犯人が、この男だ」

「まさか!」

 狼狽を隠せず、レオが身を乗り出す。

「父は十年前もこの島にいました! この島に一度入れば、二度と出ることはできない!」

「だろうな。それはわかってる。だが俺の家族に起こったことは事実で、この写真の男、ヒョウと呼ばれる男による犯行だと、俺は知っている」

「知っているって、どうしてですか?」

「仲間が調べた。闇社会の仲間だ。人工島に逃げ込んだとわかり、俺はここへ来たんだ」

 デタラメですよ、とレオが漏らす。

「父が人工島へ来たのは十年以上前ですよ。十年前に殺人事件を起こしたくても、現場にはいられない」

「これは知っているか?」

 俺は三枚目の写真を見せた。黒崎リュウスケ、という名前で登録されている男の、やはり身分証明用の写真だった。

 困惑したまま、レオが二枚の写真、南ジョウジと黒崎リュウスケを見比べる。

「何の冗談ですか? これは……。わからないな、何ですか、これは?」

「片方は南ジョウジ、片方は黒崎リュウスケという名前で、登録されている男だ」

「黒崎リュウスケ? 父とどういう関係、いえ、その人は、どういう人ですか?」

 どうやらレオは何も知らないらしい。黒崎リュウスケのことも知らなければ、ヒョウの正体も、それに関する有意義な情報も持っていない。

 俺は素早く三枚の写真を回収し、席を立つ。

「待ってください、寺田さん。詳しく聞かせてください!」

 店主に電子マネーで支払いをして、席を立ったレオを睨みつけてやる。

「俺の用事は済んだ。もうお前に用はない」

 グッと息を飲むレオに、少しだけ情報を与える気になったのは、気まぐれだった。

「お前の父親は双子の片割れだ。しかしその一人は死んでいる。警官の立場で調べればいい。じゃあな」

 外へ出ても、レオは追ってこなかった。

 地下への階段の一つを降りて行く途中で、後ろからゆっくりと並んできたのは灰田だ。

「あの小僧も度胸がある。一人で来たようだ。で、何かわかったか?」

「何もわからない。だが、息子の目から見ても、南ジョウジと黒崎リュウスケはそっくりだということはわかったかもな」

 遠回りなことだな、と灰田が呟き、早速、タバコを取り出した。

 これからどういう道筋で、ヒョウを追えばいいのか、俺は考えた。

 もしレオが何か、行動を起こしてそこから状況に変化が生まれれば、俺にも付け入る隙はあるかもしれない。しかしそれはあまりにも他力本願だ。

 見慣れつつある地下の通路を歩きながらも、俺は考え続けた。



(続く)

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