第33話 憎まず
◆
午前中は高校、午後は地下の強攻課のオフィスで過ごした。
夕方からまた高校へ戻って補講を受けることもあれば、地下にある施設でカウンセリングを受けることもある。
カウンセリングは、どうやら僕が銃撃戦に巻き込まれたことを考慮しているらしい。
もし僕が犯罪者への怒りや憎しみにかられれば、そのまま僕をピースメーカーが殺すだろう。警察、というより強攻課は人が死ぬことが多いのを、さすがに僕も知っている。目の前で三谷ノリハルが死んだこともあるし。
強攻課は人員を失うことは容易でも、補充することには慎重だ。ピースキーパーという特殊なウイルスをおいそれと使用できないことと、それ以前に、ピースメーカーに感染しながら強攻課の仕事に求められる、ある種の強靭さの持ち主が珍しいことによるようだった。
だから僕を簡単に死なせるわけにはいかない。仕事の中で負傷して離脱したり、勢い余って死んでしまうのは仕方ないとしても、ただのデスクワークの最中に死なれていたのでは、とてもコストに見合わない。
なので、例の端末を使うことも朽木シバがなかなか許してくれなくて、僕は完全犯罪者について完璧に理解する、という境地にはなかなか至れなかった。
それでも気づいてきたことはある。
完全犯罪者とイレギュラー、この両者には同じ要素があるのだ。
どちらも、暴力を行使しても、ピースメーカーによる即死を避ける素質を持つ。
これは偶然ではなく、完全犯罪者を相手にすることができるのは、同種の素質の持ち主、ということらしい。暴力を行使するものを暴力を持って制するしかないとなると、ピースメーカーの支配下の人間には、極端に困難な仕事になる。
相手を倒す前に、自分が倒れる。
この人工島には、暴力を振るえる警官どころか、暴力を振るえる住民は極端に少ない。
だからこそ、暴力を行使する装置として、素質の持ち主が集められ、それがそのまま強攻課と呼ばれる部署に変わったんだと思う。
三谷ノリハルが死んでから一週間が経った頃、自分の席で銃撃事件の現場に接する壁の向こう側、保守点検用の通路の迷路じみた地図を睨んでいる時、朽木シバがやってきた。
「これは機密文書だが、見せてやる」さっとこちらに書類が手渡された。「今、見てすぐに返せよ」
書類を受け取るけど、朽木シバはそばを離れようとしない。すぐ返せ、というのは本当にすぐということらしかった。
書類を見ると、一枚目は僕の家族、父と母が爆殺された現場の現場検証の結果だった。爆薬は焼夷弾に近い成分で、様々な爆弾のカタログを見ても同種のものがなく、焼夷弾を流用して作られた爆薬らしい。
次の一枚は、両親の遺体の状況に関する報告書だ。
父も母も体はバラバラで、超高熱で蒸発した部分が多いらしい。焼夷弾由来の爆薬の超高熱で回収不能になった部分と、瓦礫にすり潰されてやはり熱に焼かれて灰になった部分も合わせると、もう何も残らない。
書類にはカラー写真があり、そこに何かが、真っ黒くなった小さい何かが写っている。そこに続く文章を読むと、それが父親の一部で、かろうじて検査可能で、僕の遺伝情報と擦り合わせて、間違いなく父だと数値もつけて記録されていた。
母は完全に消えてなくなり、何も見つからなかったようだ。
「どうも、ありがとうございます」
書類を返すと、朽木シバがそっとこちらの耳元に顔を近づける。
「何も知らないよりはマシだろうと思って見せたが、犯人を憎むな。感情を殺して、追いかけるんだ」
彼の顔を見ると、真面目な顔だ。
「ピースメーカーを味方につけろ、南」
「ええ、それは、もちろんです」
なら良い、と朽木シバは僕の肩を叩いて、書類を手に自分の席へ行ってしまった。
手元の端末でさっきまでの仕事、迷宮の出入り口への道筋を探る作業に戻るけど、なかなか気持ちが落ち着かなかった。
両親はもう帰ってこない。犯人を捕まえても、殺しても、同じように消し飛ばして焼き払ってすり潰しても、両親は戻ってこないんだ。
だから、犯人を否定する気持ちはあっても、憎むわけにはいかない。
憎しみは何も解決しない。
そして人工島では、憎しみは即、死に繋がる。
繋がるけど、憎しみは原動力になるとしても、暴力に発展させてはいけないんだろう。
いきなりポケットで携帯端末が震えた。びっくりして、唐突に自分の中の見知らぬ誰かに対する憎しみに気づき、頭を振ってそれを追い払った。
携帯端末を取り出すと、相手は知らない名前だ。人工島では外部との連絡がほとんど拒絶される一方、住民は老若男女、区別なく携帯端末を所持する。そしてその携帯端末同士の電話やメールは、絶対に相手にこちらの名前が通知される。
今、僕の携帯端末には、「寺田ロウ」という名前が表示されていた。
メールを開封すると短い文章だった。
「父親の秘密を知りたいか?」
その一文と、明日の十二時半に地上にある一軒の喫茶店で待つ、と書いてある。
父親の秘密?
僕はしばらく考えてから、返信はしないことにした。したところで、返事があるとは思えない。実際に会おうと言っているのだから、今、何かを聞き出そうとしても、伝えてくるとも思えない。
同じ強攻課の仲間に声をかけるべきか、迷った。
しかし、これは僕の個人的な事情だろう。爆破事件について、僕や強攻課の面々以上に知っている人間がいるとも思えない。いるとすれば、それこそ爆薬を調達したものか、犯人くらいだ。
寺田ロウを名乗る人物は、一人で来ないかもしれない。一人で来いという要求は文章にはないけれど。
こちらを信用している?
違う。僕の直感では、相手は僕と話すことでも、何も問題が生じないと思っているんじゃないか。
僕がイレギュラーの誰かを伴ったり、見張らせたりしても、寺田ロウという人物には何の不都合もないのか。
信用とは違う。相手は、余裕なんだ。
僕はため息を吐いて、携帯端末をポケットに落とした。
無意識に、目頭を揉んでいた。
(続く)
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