第32話 同じ顔

     ◆


 俺はどうすることもできず、端末の写真を見て、終わったのか、とぼんやり考えた。

 俺の復讐の道のりは、こんなにあっけなく終わりを迎えたのか。

 少しも、何の実感もわかなかった。

「どうする、ロウ」

 椅子を引きずってこちらを見た灰田は、眉をハの字にしている。

「お前の復讐は、誰かに横取りされたようだぞ」

「ああ、そうだな……、どうするんだろうな、俺は」

 灰田を見ていることもできず、視線は自然と足元に落ちた。

 人工島に入った以上、ここで生きていくしかない。目的を失っても、死ぬわけじゃない。イーグル商会の密売人として、生きていくしかないだろう。俺は組織を知りすぎて、抜けることはできない。

 これでは、南ジョウジと同じようなものだ。

 犯罪を犯し、檻の中と同義の島に逃げ込み、さも普通の人間ですという顔で、生きていく。

 俺は今まで、何をしてきたんだ……?

 飯に行くか、と灰田が席を立とうとして、その手が自然な動作で端末を待機モードにしようとした。

 その手が止まったのは、電子音が鳴ったからだ。

「なんだ?」

 灰田が端末に戻り、おかしいな、と呟く。

 俺も顔を上げ、画面を覗き込んだ。

 二つのウインドウがあり、一つは南ジョウジの写真。

 もう一つも、南ジョウジの写真だった。

 どういうことだ?

「名前が違うな。個人情報もだ。戸籍が重複しているのか?」

 しゃべりながら席に戻った灰田が、端末を操作し始める。俺は様子を見ているしかない。灰田は闇のデータベースの情報を照らし合わせ始め、繰り返し、おかしいぞ、と口にした。

「どうなっている? 何がわかった?」

 こちらから問い詰めると、よくわからん、という返事がある。頭を手をやり、それから彼はタバコの箱に手を伸ばす。

「よくわからないんだ。写真を元に、人工知能にデータベースの写真を検索させた。戸籍にある写真だよ。更新は五年に一度が義務付けられている。で、まず一つヒットした、南ジョウジがそれだ。てっきりそれで終わりだと思っていた。だがもう一つ、ヒットした個人情報がある。名前は、黒崎リュウスケ。別人だ」

「データベースの登録ミスじゃないか? 人為的なミスで、別人に同じ写真をつけたんじゃ?」

 自分で言っておきながら、それはそれでややこしいことになるが、とにかく、南ジョウジと呼ばれる人間は死んでいて、黒崎リュウスケが生きているのなら、黒崎リュウスケを確認すれば、顔写真の真相を聞き出せる、そう考えは進んだ。取り違えか、そうじゃないか、そこが重要だし、今はそこしか手がかりがない。

 聞きだすまでもなく、黒崎リュウスケの顔を見れば、その顔の造りで俺が追っているのが南ジョウジか黒崎リュウスケかは、はっきりするかもしれない。

「待てよ、ロウ。五年より前の情報を当たってみよう」

 端末を操作した灰田は、検索中の表示を見ながら、タバコに火をつけた。

 すぐに個人情報が表示される。ゆっくりと灰皿に向かっていた灰田の手が止まる。

「こいつはややこしいかもしれん。見ろ、ロウ、どちらも直近は三年前に更新されているが、それより前、今から八年前も両者は同じ顔に見える」

 ウインドウには先ほどの二枚よりわずかに若く見えるが、同じ男が映っている。衿もとだけ見える服が少し違うのと、髪型にわずかに差があるくらいだ。

「写真の取り違えや、ミスじゃないな。二人いるのか? まさか」

 灰田の疑問に答える言葉を、俺は持ち合わせていない。

 住所を追跡してみよう、と灰田の手が動く。俺は画面を見ながら、思考の中に沈んでいる。

 同じ人間が二人いる、という可能性はかなり限定される。その可能性を外せば、誰かが戸籍を偽造し、一つの体に二つの立場を作ったことになるが、南ジョウジは死んでいる。そう、爆殺されて、体は残っていないのか? 警察が調べたはずだ。遺体があれば、検査で誰の死体なのか分かるだろう。それを灰田は調べられるだろうか。

「こいつを見ろよ、ロウ、驚きだ」

 促されて、画面に視線を戻す。南ジョウジの個人情報欄だ。

 家族関係に関する部分に両親の情報と兄弟の情報がある。両親は彼が幼い時に離婚し、兄弟ともそこで生き別れになっている。

 南ジョウジには、双子の兄がいる。

 ただし、そこに書かれている情報では、兄は生き別れになった直後、病気で死んでいる。本土の病院で作成された医者の署名の入った死亡届が、役所に提出されている。

 俺の最初の想像の通り、同じ人間が二人いる、という可能性が出てきた。

「生きているのかな、この双子の兄は。名前は、南ジュンイチロウだけど、くそ、本土の情報はそう簡単には手に入らないな」

 いつの間にか短くなったタバコを、灰田が灰皿に投げ込み、次の一本を口に運ぶ。

「この件は俺がもう少し調べておくよ。不自然なこともあるものだ」

「灰田、南ジョウジの遺族は?」

「ん? 遺族は、南レオ、という高校生がいるが、こいつは……」

「どうした?」

 いや、それが、と灰田が顔をしかめる。

「警察官としても登録されている。珍しいことばかりだな。元からイレギュラー候補生だったらしい」

「イレギュラー? 荒事専門の警官だったよな。それが高校生に務まるのか?」

「イレギュラーは候補生がまず選抜されて、そこから昇格することで正式に任命になる。十分な技量があるんだろう。しかし殺人犯の息子が警官か? そいつはとんでもないな」

 俺はどう答えることもできず、じっと考えた。

 殺人犯の子どもが警官になってもおかしくはない。殺人を犯したのは、南ジョウジか黒崎リュウスケで、南レオはその二人のどちらかと血が繋がっているだけで、まったくの別人だ。

 どこの高校に通っているか、確かめると、第二高校と言われた。

「俺が接触してみる」

 そう言うと灰田がチラッとこちらを見て、「気をつけろよ」と低い声で言った。



(続く)

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