第31話 完全犯罪者
◆
銃撃戦の翌日には、三谷ノリハルの宿舎は片付けられた。
朽木シバに指示されて、彼と一緒に片付けたけど、一人部屋は驚くほど生活感がない。
「不自然だろう? 三谷の部屋も、奴に対するやり口も」
そうですね、と力なく、答えるしかない。
三谷ノリハルの死亡は、ピースメーカーによる死亡事故として、唯一の遺族である母親に伝えられた。イレギュラーであることを知っているのだから、遺族も想像するだろうが、彼らに真実が教えられることはない。
僕の言葉をわざと勘違いした様子で、朽木シバが言う。
「イレギュラーはいつ死ぬかわからないし、部屋なんて眠るだけの場所だ。お前もそうした方がいいぞ。後片付けをする奴が、楽になる」
机の上にある本を手に取る。数学に関する専門書のようだ。僕はそっとそれを箱の中に入れる。
「あの通路は」僕はやっとそれを訊ねた。「正体が判明しましたか?」
「人口島の増築の中で作られた保守用の通路だ。しかし、データを閲覧できるもの、できたものは限られているとも内政省では言っている。調査中だが、大したことはわかるまいよ」
「じゃあ、僕たちであの通路の先を把握するんですよね?」
「イレギュラーは数が限られる。やるのは、普通の警官に任せることになる。俺たちは別の線を追う」
別の線?
クローゼットから数枚の衣料を取り出し、朽木シバは雑に箱に押し込んだ。
「今回の一件を動かしている奴だ。銃器で武装し、薬を手に入れる。何を狙っているにせよ、それをピースメーカーが何もせずに傍観するわけがない」
「ピースメーカーを誤魔化す薬を使っているんじゃないですか?」
どうかな、と言いながら無理やりに朽木シバは箱の蓋を閉じた。
「とにかく、相手は組織立って動いている。そして、人工島に悪意を向けながら生きている。ほら、南、箱を持ってこい」
言われるがままに箱を抱えて、僕は通路に出た朽木シバに続く。
「俺たちが何を相手にしているか、知らないだろ」
歩きながら朽木シバがそんな風に水を向けてくる。
「ピースメーカーによる裁きを受けることのない、特殊な存在。俺たちは奴らを、完全犯罪者、と呼んでいる。罪を犯すこと、他人を傷つけることを、平然と行うとしか思えない犯罪者だ。奴らを裁けるのはピースメーカーではなく、俺たちさ」
「完全犯罪者、というのは候補生の時に聞いたことはありますが、大勢いるのですか?」
「不愉快なことに、素質の持ち主はある程度、いるだろう。だけどお前、考えてもみろ、自分が死ぬか死なないか、試せるか? 勘違いなら、死んでしまう。だから完全犯罪者は、限られる」
「犯罪を行為を行い、ピースメーカーに殺されないことで、初めて気づく、ということですか」
厄介なことにな、と言いながら、朽木シバはタバコを取り出す。
それからは遺品を遺族へ届ける警官に手渡し、地下の強攻課のオフィスへ向かった。着くやいなや、朽木シバが端末の前に僕を案内し、完全犯罪者を理解しろ、と言って離れていく。
端末は過去の人工島での事件と事故の記録にアクセスできる、特別なものだった。扱うのは初めてだ。
まず犯罪について調べていく。そうすると、様々な事件がある。窃盗、暴行、そして殺人。
もちろん、その事件の大半は加害者が勝手に死亡し、後で警官が事実関係を整理し、記録する形になっている。ピースメーカーは犯罪を止めることはできないが、犯罪者を裁くことはできるということか。
記録を選別すると、加害者が生存する例がいくつかある。
ある事件では、家族を殴り殺した男が、そのまま通り魔として地下で暴れたという記録がある。僕が小学生の頃だ。噂で聞いても良さそうなものなのに、まったく聞いたことがない。警察、もしくはイレギュラーは、情報を完璧に支配しているともそれでわかった。
その殺人犯は最終的にはイレギュラーに射殺されている。
そんな事件が無数に記録されている。殺されずに確保された犯罪者もいて、収監されていると記録されている。監獄があることも、初めて知った。
人工島は完全なる平和でもなければ、犯罪がないわけでもない、とはっきりした。
その上、裁けない犯罪者がいる。
いや、ピースメーカーは裁きではないのだ。裁きと表現するのが近いだけで、実際には自動的に人間を殺しているにすぎない。
その端末の前で過ごしている僕の耳に、成田テッペイの声が聞こえた。彼は意識こそ失ったものの、すぐに治療を受け、間をおかずに仕事に復帰していた。
振り返って顔を向けると、朽木シバに成田テッペイが報告している。
「例の倉庫で、帳簿のようなものを見つけましたが、まったく解読できません。暗号ですよ。人工知能に探らせていますが、結果が出るかは不明です」
「リバース、って奴で間違いないのかな」
タバコをくわえたまま、朽木シバがそう訊ねるのに、でしょうね、と成田テッペイが応じる。
「ただ、動きはかなり大規模ですよ。リバース単体とも思えませんし、複数の組織が同時に動いているなら、簡単には全体を把握できません」
クソッタレだな、と言葉とは裏腹に嬉しそうに朽木シバが笑みを見せる。
僕は端末に視線を戻し、退勤時間まで、過去の情報を探り続け、どうにか糸口を探そうとした。でも僕みたいな新入りが、簡単に答えにたどり着けるわけがない。
事態は人工島の全域を巻き込むような大きさなのかもしれない。
イレギュラーが全員で当たっても、収めることができるだろうか。
「飯に行くぞ、南」
肩を叩かれるまで、朽木シバがそこにいるのにも気づかないほど熱中している自分がいる。
「あまり熱くなるな。動く時は動くし、分かる時には分かる」
余裕に満ちた朽木シバに従って、俺は端末の前を離れた。
(続く)
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