第30話 検索
◆
店の奥で端末を前に、灰田が椅子にもたれかかっている。俺も壁に背中を当て、端末に表示される「検索中」の表示を見ている。
「こんな適当な画像じゃな」
タバコをくわえつつ、灰田は俺が手渡した写真をひらひらと振っている。
それは人工島へ入る前、ツバメが餞別として渡してくれたヒョウの隠し撮り写真だった。激しくブレていて、輪郭は溶けている。しかし目元は比較的はっきりしている。
「名前も不明と来ると、時間はかかるな」
タバコの煙を吸い込み、ゆっくりと吐く灰田。
「こいつに何をされた?」
こちらに背を向けたまま問いかけるのは、俺に話しやすくするためだろうか。
「家族を殺された」
「いつだ?」
「十年は前になる」
言葉が返ってこないので、俺はただ端末を見た。検索は続いている。何かがヒットするかは、まだわからない。
「復讐するつもりか? ロウ」
やっと灰田が口を開いたが、こちらを見ることはない。
「絶対に復讐する。あいつの命で、償わせるんだ」
「それで死人が生き返るわけじゃない、なんて月並みなことを言うつもりはない。ただ、損しかないぜ」
「俺はあの日、全てを失った。これ以上、失うものなんてないさ。だから損のしようがない」
冗談交じりでそう応じておくが、人は常に何かを手に入れるさ、と灰田は低い声で言った。
「お前は十年で、何かを手に入れたはずだ。それを失うのを、受け入れられるか?」
「あの男を殺すために手に入れたものだ。捨てるのは本望だ」
まだ灰田はこちらを見ない。それには助けられた。俺の表情には、迷いが浮かんでいただろうから。
俺は確かに、何かを手に入れてしまった。仲間という表現で済むものではないほど、大きな何か。
信頼、友情、恩義、感謝、敬愛。
全部が俺の復讐に対する執着への報酬で、復讐が実際に成功するとした時に、容易には捨て去れない、目に見えない巨大なもの。
生きるという行為に付随する、人間社会から発せられる光。
闇の中にさえある光だ。
俺が復讐を遂げることで、そんな俺の仲間に何かを返せるわけではない。
全ては無駄になる。
すでに俺が彼らに、何かを返せたと考えるしかない。
小さな電子音が鳴り、端末の投射モニターに「検索完了」の文字が浮かんだ。灰田が姿勢を変え、素早くタバコを吸殻でいっぱいの灰皿に押し込む。
「来たぜ、どれどれ……」
俺も壁から背中を離し、端末を覗き込む。
「南ジョウジ……?」
灰田がそう呟き、天井を見上げる。俺は画面の、人工島の戸籍に登録されている画像をチェックした。確かに写真の男だ。間違いない。
名前は、南ジョウジ。年齢は四十八。既婚者で子供がいる。住所もわかった。
「待てよ、こいつは……」
端末をを操作し、南ジョウジ、ヒョウの情報のウインドウが小さくなる。灰田の指が高速で端末を操作し、別の情報を探り始める。
「何かおかしいことがあるのか?」
訊ねる俺に、灰田の横顔は険しい。
「今のデータベースは古い奴なんだ。闇で働いている奴が、コツコツと内政省から情報を盗み出し、データベースを構築する仕事をするのさ」
「今はどこを当たっている?」
「広報サイトと、内政省の死亡者リスト」
死亡者リスト?
端末にいくつかウインドウが開く。そこを見て、俺は目を疑った。
広報サイトのニュース記事で、爆破事件の記事だった。爆破事件にヒョウが関わっている?
次のウインドウには、死亡者リストが開かれ、灰田が素早く視線を巡らせる。
「やっぱりな」
リストの中の一つが選択され、画面に顔写真と個人情報が出る。
名前は、南ジョウジ。原因不明の爆発により死亡したと思われる。そんなことが書かれている。
「ありえない……」
ヒョウが死んでいる? そんな、馬鹿な……。
背もたれを軋ませて体重を預けた灰田が、次のタバコに火をつける。
俺は何も言えずに繰り返し、ウインドウの中身を確認した。
南ジョウジは、ヒョウに間違いないとすると、俺が手を下す前に、死んでいる。
しかし、なぜ? 誰が殺した? それとも事故なのか?
部屋の重苦しい沈黙の中で、俺は放心して、何か、何でもいいから手にしたいのに、何も掴めないままで、心は漂い続けた。
ウインドウの中で、南ジョウジは、ヒョウは、無表情にこちらを見ていた。
(続く)
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