第29話 実戦

     ◆


 成田テッペイから報告を受けていて朽木シバが「じゃ、当たってみるか」と言って席を立った。

「全員、こっちを見ろ」

 僕は監視カメラの画像を高速再生して、例の密売屋の男を追っていたけど、何の進展もない。それでも仕事は仕事だ。それから解放されそうで、ホッとした。

 朽木シバの部下として、成田テッペイ、丹生トモリ、そして三谷ノリハル、霧島セイジの四人がいて、僕と朽木シバも含めた六人が、強攻課二班の全員だ。

「密売人の逃げた先がわかったぞ。そこへ踏み込むことにする。例の如く、事後承諾だ。安心しろ、後で文句が出ても俺たちはイレギュラーで、他の奴は牙を抜かれているんだ。真面目に抗議できる奴もいない。さて、武装を整えろ。装甲車のところへ集合だ」

 全く警察らしからぬことに敬礼もなければ、姿勢を正すことさえない。五人はぞろぞろと部屋を出て行く。

 僕も教えてもらっていた武器庫へ行くと、管理担当者があれやこれやと世話を焼いてくれる。軽機関銃はいるかと聞かれたけど、まさか戦争でもない、と応じようとする僕の横で、その軽機関銃を三谷ノリハルがかすめ取る。

「こいつは俺が使う。いいな、新入り?」

「本当に使うんですか?」

「後顧の憂を立つ。備えは大事さ。おっさん、弾もくれ」

 よく見るとすでに三谷ノリハルは弾倉をいくつも入れることができるジャケットを着ている。

 僕は相当に迷いながら、防弾ジャケットを着て拳銃を二丁、腰に下げた。そして二連発のショットガンも手に取る。

「何に使うのやら」

 そう言って笑う朽木シバの手には自動小銃があった。

「戦争でも始めるんですか? 朽木さん」

「その可能性は捨てきれないな。車へ行くぞ」

 地下4階にある駐車場でそうとわからないように装甲が強化された車に乗り込み、巨大なエレベーターで地上へ向かう。

「一般の地下駐車場にこいつは置き去りだ」

 朽木シバは助手席でタバコを吸っている。運転席には霧島セイジ。彼は非常に無口だ。

「目的は地下の第三層にある、倉庫地区のうちの一つ。荷物の出入りに不審なところがある。監視カメラがわずかに把握できない死角があるんだが、そこをフォローしたのは成田だ。成田、給料に色がつくのを楽しみにしていろよ」

「そうなったら、全員で大騒ぎしたいですね。飲んで食って、歌って踊って」

 わずかに装甲車の中に笑いが起こる。

 エレベータは地上に到着し、車が走り出す。安全運転で、島の中心部にやや近い場所に向かい、スロープで地下駐車場へ。車を停めると、全員が装備を整え、徒歩でさらに奥へ進んでいく。まさか銃をぶら下げるわけにいかないので、それぞれんカバンやケースに隠してる。服装も何かの映画のような、季節外れのロングコートだ。

「メガネをつけろ」

 言われるがままに、メガネ、という俗称で呼ばれる、情報を投影するゴーグルをつけた。そうすることで、視界に目的地までの経路が映り、同時に監視カメラの映像が複合的に組み合わさり、通路の向こうさえ理解できる。

 駐車場からの目的の通路へ進み、辿り着いた場所も、他と変わらずシャッターが閉まっている。全員が武装を取り出し、身につけ、戦闘準備は完了。

 朽木シバが合図を出し、タイミングを伝える。

 カウントダウン。二のところで、朽木シバの手が警察御用達のどんな錠でも明けるカードをスリットに通す。一で、ドアが自動で空いた。

 中へまず成田テッペイと三谷ノリハルが入り、銃を構える。

「警察だ! 両手を上げて膝をつけ! 早く!」

 返事はあった。

 銃声という形で。

 まず三谷ノリハルが、次に成田テッペイが倒れる。

 僕は入り口の陰に身を潜ませ、銃声と銃弾の嵐をやり過ごす。朽木シバと丹生トモリ、霧島セイジが応戦し始める。

「クソッタレがぁ!」

 誰が叫んだかと思うと、三谷ノリハルだった。銃撃を受けても、死んでいなかったらしい。見ると足元に血溜まりを作りつつ、何かを喚いて軽機関銃から弾丸をぶちまけている。

 甲高い音ともに何かが目の前に転がってくる。発煙弾。煙が噴き出す。まだ三谷ノリハルの喚き声と銃声はやまない。

 煙は通路まで流れてくる。丹生トモリがどこかと連絡を取り始め、会話の内容では倉庫一帯の換気機能を高めるように誰かに求めている。

 気づくと銃声は止んでいて、誰もしゃべらない。煙で視界は悪く、換気扇が轟々と唸っていた。

 油断するなよ、と呟き、朽木シバが身振りで僕を促す。一緒に来い、ということだ。使わなかったショットガンを置いて、拳銃を抜く。朽木シバも取り回しを考えてだろう、拳銃に持ち替えていた。

 煙の奥へ進み、そこに誰かが倒れている。血の匂いがした。

 よく見ると三谷ノリハルだ。朽木シバが「脈を取れ」というので、僕は彼の首筋に触れ、口元に手をやった。脈、呼吸、共にない。

「死んでます」

「ピースメーカーのくそったれめ」

 二人でさらに奥へ行くと人間が四人ほど、力なく転がっている。みんな死んでいるんだろう。銃撃で血溜まりに伏して死んだ者もいれば、無傷で死んでいるものもいる。

 その中で、呻いて這いずっている男がいるのに、朽木シバと僕は同時に気づいた。

 組み伏せ、情報を聞き出そうと朽木シバが荒々しく声をかけるが、男は何かを呟いて、意識を失い、体を震わせたかを思うと、絶命した。ピースメーカーによる、すみやかなる死だった。

「南、周囲を警戒しろ、他にも何人かいたはずだ」

 僕は薄くなってきた煙の中で、四方に視線を配り、拳銃を持つ手が汗ばんでいることと、汗の滴がこめかみを、額を流れるのを感じていた。

 倉庫では密売人だろう男とその仲間が六人、死んでいた。イレギュラーは、三谷ノリハルが死亡、成田テッペイは負傷したが重傷ではない。弾丸の当たりどころが悪く、昏倒したのだ。

 そして倉庫の奥には、記録にはないドア、壁そのものに偽装されたドアがあり、その向こうはどこへ通じるかわからない通路に通じていた。

 データベースを当たった丹生トモリの話では、人工島を建造する中で使われた、工事用、もしくは整備用、保全用の通路だった。情報の上では撤去されているらしい。

 こいつは奥が深そうだ。

 そう言いながら、死体の真ん中で、堂々と朽木シバはタバコを吸っている。

 僕はまだ汗が止まらなかった。冷たい汗が。



(続く)

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