第28話 強制と抑圧
◆
俺はいい加減、武器を組み立て続け、次々と売り払った。
薬物はあれ以来、一度も見ていない。灰田もその話はしない。どこか別の筋から、リバースを名乗る組織に流れているのか、そもそも薬自体が希少で、流れていないのだろうか。
灰田からの指示があり、倉庫の方へ客を回すと聞いて、俺は手早く部品を銃器の形にして、適当な箱に、丁寧に詰めた。
倉庫のドアの端末がインターホン代わりに音を鳴らす。灰田から受け取った拳銃は脇の下にある。最初から持っている非金属の護身銃は腰の後ろに移動している。
もしもを想定しながら、倉庫のドアを解錠した。
扉から、中年男性が入ってくる。珍しいことに、明らかに雰囲気が異質な男だった。目元が鋭く、視線の配り方に隙がない。どこかで見た素振りで、記憶を辿るとアメリカで訓練を積んだ時の教官役の男性に似ていると気付いた。
後になって気づいたが、あの教官役は、間違いなく元は軍人だった。
となれば、今、目の前にいる男も素人ではない。
「商品は用意できているか?」
静かな口調には、抑制された意志が見える。ピースメーカーをコントロールしつつ、自分を殺さないという、絶妙なバランスだった。
中に招き入れて、俺は箱を一つ、男の前に置いた。男は平然と蓋を開け、緩衝材の奥から自動小銃を取り出す。やはり慣れた動きで、動作を確認する。
「弾薬は?」
「これだ」
すぐそばの、無害な商品が詰まっている箱の上にある、小さめの箱を手に取り、差し出した。男は自動小銃を丁寧に元通りにして、次は弾を検め始めた。一発、二発とよくよく観察し、いいだろう、と低い声で言う。
「ピースメーカーに殺されるんじゃないか?」
思わず俺が口走ると、男は弾を箱に戻しながら、チラッとこちらに視線を向けた。低い声がその口から漏れるように発せられる。
「それは正常な状態ではない。そう思わないか?」
「確かにピースメーカーは異常だ。しかし、正常だろうと異常だろうと、そんなに簡単に生死をかけて、何が達成できる?」
「誰かが目を覚ませばいい」
そう言ってから、男は、違うな、と唸るように言った。
「俺たちがこの銃を手に立ち上がる時、この島の全住民、日本、世界が、何かに気づく。目を覚ますんだ。わかるか?」
「問題提起のために死ぬのか? 犬死だと俺は思うが」
「ならお前は、犬のように飼い慣らされるのが望みか? 何も望まず、強制と抑圧の中で生きるか?」
ぐっと言葉に詰まる自分がいる。
俺はこの島に何も求めていない。ただ、一人の男を葬りたいだけだ。
そのためなら、命を捨てるのに何の抵抗もない。
逆に言えば、その瞬間を見届けるまで、死ぬわけにはいかないとも言える。
死なないために、俺はこの島の仕組みに従順に従うが、それは、本心だろうか?
「よそ者にはわからんよ」
男がわずかに目を細め、話は終わっていた。携帯端末が差し出され、料金を受け取る。箱を抱えた男は、そのまま倉庫を出て行き、俺は一人きりになって、まだ男の言葉を反芻していた。
夕方になり、部屋に戻ろうかという時、灰田から連絡があった。店に来いという。
どの時間帯でも店が閉まっているか開いているかの違いしかない通路を抜け、灰田の店に着いた。開店のプレートがあり、中に入るとカウンターにもたれて灰田がタバコを吸っている。
「今日は悪かったな。助かったよ」
そんな声をかけられ、大したことはしちゃいない、と応じながら、少し小っ恥ずかしかった。灰田が褒めるのは珍しい。
カウンターの上の灰皿に灰を落として、灰田がこちらを見る。
「お前がこの島に来た目的は、おおよそ本部から聞いていた。今まで、先延ばしにして、悪かったな」
どう答えるべきかわからないまま、手伝ってくれるのか? と、無意識に口をついて言葉が出た。
「お前が本当に使えない奴なら、さっさと厄介払いしたが、お前はなかなかやる奴だとわかったよ。だからな、手伝いたい気持ちは半分、無視したいのが半分だ。何せ、お前は鉄砲玉で、死ぬことと引き換えなんだろ?」
「それは……、そうだ。俺は、この島に、人を殺しに来た」
「この島での殺人は、自殺と同義だぜ」
「わかっているさ。奴が死んで、俺も死ぬ。それでイーブンなんだよ」
惜しいなぁ、と灰田がつぶやき、タバコを灰皿でもみ消し、間をおかずに次の一本を取り出す。
「お前を救えたらいいんだが、俺は神父でも処刑人でもない。ついて来いよ、お前の標的を教えてくれ」
カーテンの奥へ行く灰田の背中に、俺はすぐに続けなかった。
この島の生活も、決して悪くはない。本土にいた時も、闇の中で泥沼を這いずり回ったような場面があったが、それも、悪くはなかったと、今は思える。
それなのに、俺はこれから命を捨てるのか?
くそっ、今になって、命が惜しいのか。
俺は一人を殺すために、ありとあらゆる苦痛、ありとあらゆる試練を、戦い抜いてきた。
そして今、標的がすぐそばにいるところまでやってきた。
十年前から、俺の中の憎しみの炎は決して、消えることがないどころか、少しも弱まらずに燃え盛っている。
その一方で、新しい家族を、俺は見つけてしまったのか。
ツバメ、シュテン、そして灰田。
「どうした? ロウ。来いよ」
カーテンの向こうで灰田が呼んでいる。
俺の靴はまるで床に張り付いたように重く、一歩ずつ歩を進めるのに、疲労を感じた。
それでも俺は、カーテンをめくり、その奥に進んだ。
(続く)
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