第26話 十分間

     ◆


 人工島で過ごして一週間、俺は灰田に自分の目的をうまく切り出せないでいた。

 それでもどうにか、協力してほしいことがある、と告げたが返事はそっけないものだった。

「そういう一丁前なことを言うのは、仕事をしてからにしな」

 事実、灰田の店は急に商品が入荷し始め、忙しくなっていた。店に運ぶ荷物もあるが、最初は初めて灰田と会った倉庫にダンボール箱が届く。

 その倉庫の奥に作業台が設置され、俺はそこで運ばれてくる箱の中から、必要な部品を選び出し、銃を組み上げる仕事を任された。

 拳銃もあれば、自動小銃もある。試射することはできないが、各部分の動きは確認する。誰が使うか知らないが、実際に発砲するときはぶっつけ本番だろうか。それは、俺が考えても仕方ないのかもしれない。

 銃は空き箱に丁寧に梱包して納めていく。空き箱の種類は様々で、日用品もあれば、長期保存が利く食品の商品名が印刷されていたりする。

 いっぱいになった箱は店に運ぶのだが、運ぶのも俺の仕事だ。台車に乗せ、通路を進む。もし警察がいて中身を確認されれば、言ってしまえば即死だが、警察の姿はない。通行人もこちらには見向きもしない。

 店に辿り着いて奥へ箱を運ぶが、前に運んだ箱はその時にはすでに消えていて、俺が知らないところで灰田が誰かに引き渡しているようだった。

 誰に売っているかは、灰田は俺に伝える気がないようで、少しも話題にしない。俺が信用されていないのか、それとも可能な限り情報の共有を制限しているのか、どちらかだろう。

 自動小銃を五丁ほど都合して、店に運ぶと灰田が珍しく声をかけてきた。

「二時間後、倉庫に荷物が届く。それをすぐにこっちに運んでくれ。大事にな」

「重要な品か?」

「極めて、と言ってもいいだろう」

 それだけで、やっぱり詳細は教えてもらえない。

 倉庫に戻り、箱を整理して待っていると、運送業者が箱を持ってきた。

 大きい箱をイメージしていたが、想像よりもだいぶ小さい。靴が一足、入る程度の箱なのだ。

 認証して受け取り、こっそり中身を見ようかと思ったが、やめた。

 灰田は仲間で、この島では唯一、俺が頼れる存在だ。その彼の信頼を裏切るのは間違っている。自分のためでもあるかもしれないが、いや、自分のためにすぎないが、何かが違うのだ。

 俺は箱を袋に入れ、外へ出た。店に着くまで誰にも呼び止められず、何の障害もない。

 カーテンの奥で箱を受け取った灰田が、倉庫へ戻ろうとする俺を呼び止めた。

「こいつをお前にも教えておく」

 そう言って彼は箱を開けて、こちらに向ける。俺は自然と、そこを覗き込んでいた。

 小さなカプセルがいくつも並んでいる。全部で四十ほどか。薬なのは間違いない。

「こいつは劇薬でな、使う奴は百パーセントで死ぬ」

 物騒な話に、さすがにギョッとした。毒薬ということだろうか?

 感情が表情に出たのか、灰田が苦笑いしつつ、違うさ、と言う。

「この薬物は、投与してからおおよそ十分間、ピースメーカーを黙らせることができる。その間は何をしても、ピースメーカーに殺されることはない。その代わり、十分間が終わってしまえば、副作用でお陀仏だ。そういう薬さ」

「俺が持っている薬の、効果を高めたものか?」

 少し違うな、と灰田はタバコを一本、箱から出して咥えながら答えた。

「お前の使っている薬より、警察が使っている薬に近い。強攻課のピースキーパーだ」

「ピースメーカーの効果を弱めるウイルス、だったか?」

「そうだよ。だがピースキーパーの方が優れている。あの薬は副作用がほとんどないし、効果が切れることがない。その効果に見合った管理がされていて、金庫に厳重にしまわれている、って話だ」

 箱を閉じて、机に置くと灰田がタバコに火をつける。彼がタバコを吸うのを眺めたまま、当然の疑問をぶつけてみた。

「これを誰が、どんな目的で買う?」

「もちろん、俺から武器を買った奴らさ。薬がなきゃ、引き金を引くのも難しいのがこの島の住人だよ」

「十分後に死ぬのにか?」

「十分は生きることができる。本当に生きることが」

 灰田は天井でわだかまる煙を見上げている。

 俺は更に言葉を向けたかったが、店の方で入り口のドアが開く音がした。タバコを灰皿に突っ込み、灰田が表へ行く。しかし、すぐに戻ってきた。例の箱を手に、また店頭へ。

 俺はそっとカーテンの隙間から相手を見た。

 若い男で、無表情なのはこの島の住人の通常の様子だ。

 灰田と料金の交渉をしている。灰田が口にした金額はかなりの額になる。男は負けるように訴えてるが、口調も表情も感情を欠いていて、迫力がない。まるで灰田の方が負けてもらってるように威勢がいい。

 結局、交渉は短く終わり、男はほとんど灰田の言い値を支払い、箱を持って去ってった。

「相手のことをどれだけ知っている?」

 カーテンのこちら側へ来た灰田に訊ねると、

「奴らは「リバース」と名乗っているよ」

 リバース。

 詳しく聞こうとすると「仕事をしろ、新入り」と一蹴されて、結局、それ以上は何も聞けなかった。

 銃と、それを使うための薬物を手に入れる組織が、健全な組織のはずはない。

 しかし何と戦うための銃と薬物なのだろう。

 倉庫へ戻る道を歩きながら、その疑問を検討したが、わからないことしかない。

 この島で、命をかけて行うことを、俺はそれほど知らない。

 ありそうなのは、復讐、もしくは、報復だ。

 それは、俺の目的でもある。



(続く)

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