第24話 影の中

     ◆


 俺は灰田に連れられるまま、地下にある通路へ降りて行った。

 一人暮らしのものが中心の、俺が生活している部屋と似たか寄ったかの、人工的で、無機的で、宇宙船の中のように見える。

 一つの部屋の前に着き、灰田はインターフォンを押す。沈黙の後、端末が「少々、お待ちください」という控えめな電子音声を発する。

 やってられんな、と言って灰田が端末にある個人認証のカードを差し込むスリットに、ポケットから取り出した黒いカードを差し込む。

 認証完了を示す電子音を上げ、自動ドアが開いた。

「今のカードはなんだ?」

 俺の疑問に、魔法のカードだよ、と応じて、さっさと灰田は室内に入ってしまう。

 続いて中に入るが、特に特徴のない部屋だ。無人なのをいいことに、灰田が机の上を確認し、引き出しを開け、戸棚も漁る。家探しなんてして、後に問題になるだろう。

 何も見つからなかったようだが、灰田はそれに落胆もしていない。

「この程度の用心深さはあるわけだ。帰ろう」

 実にさっぱりと灰田が玄関へ向かうので、俺はただ背中についていくだけだ。ドアが閉まると、自動でロックされた。

 店に戻るかと思ったが、灰田は全く違う方向へ進んでいく。地下街を当て所なく歩いているようにしか見えないが、足取りに迷いはない。

 俺はあまりに地下街のことを知らなさすぎて、変わっていく光景のその微細な差に特徴が見出せなかった。

「こっちだ」

 急に商店街の脇道に入っていく。どういう構造なのか、先は行き止まりで、しかもシャッターが降りて店が閉まっている。

 立ち止まったところは、シャッターの降りた店の前だった。

 見張ってろよ、と言ってから灰田がおもむろにシャッターを、屈んで通れる程度に持ち上げた。鍵がかかっていないのが不自然だが、さすがに俺も緊張して、誰も見ていないか確認した。

 灰田がシャッターの中に入り、来いよ、と声をかけてくる。俺は素早くシャッターをくぐった。

 鼻をついたかすかな匂いに何かを連想しそうになり、しかしあまり像を結ばない。

「こいつは、出遅れたかな」

 そんな灰田の声が聞こえ、彼が壁を探っていると、唐突に明かりがついた。

 シャッターをくぐった先は、物置と化していたが、それはこの際、問題にはならない。

 人が倒れている。うつ伏せで、顔は見えない。匂いは死体の匂い、腐敗が始まりつつある匂いだとわかった。死後二日、三日、そのくらいか。

 躊躇いもなく灰田が男の顔を確かめるのを俺も確認し、その男は例の電子レンジの箱を持っていった男だとわかった。すぐに灰田は興味を失ったようで、周囲にある箱の中身を検め始めている。死体を見たとは思えないほど、冷静だ。

「殺されたのか?」

 思わず訊ねる俺に、灰田は手を止めずに応じる。

「殺されたといえば殺されているな。殺したのはピースメーカーだ。外傷がないし、扼殺でもない。死に顔も毒殺って感じじゃない」

 実際に死体を前にしたとも思えない、そっけな調子だ。

 そこを追及しようとしたが、灰田は「これを見な」と俺に箱の中を示す。歩み寄って眺めると、何かの部品があり、すぐ理解した。分解された銃器の部品だった。別の箱を覗くと、こちらは俺には想像もつかない何かの部品の箱。

「こうやって紛れ込ませるんだな。大抵の人間は銃を分解したことがないから気付けない」

「ここにある箱はみんな武器なのか?」

「半分以上は偽装している無関係なパーツさ。俺が手配した部品じゃないから、詳細は知らん。さて、さっさとトンズラしよう。ここにいることは危険しかない」

 死体をそのままに灰田が出て行こうとする。

「このままにするのか?」

「通報するわけにもいくまい。どこかの誰かが、うまくやるさ」

 シャッターの下の隙間を抜け、灰田がそっとそれを閉めて、堂々と歩き出す。俺はさすがに良心が咎めたが、厄介ごとを抱え込むわけにもいかない。

「そういえばお前」振り返らずに灰田が話しかけてくる。「指紋はどうしている?」

「港で登録するときとは変えてある」

 本土で何度か使った手法で、一度、特殊な薬剤で指紋を全て溶かし、それからシートに描かれているまったくデタラメの指紋を指に転写したのだ。

 そいつはあまり良くないな、と灰田が小さな声で言う。

「今日にでも指紋を消しておけ」

「追跡されることはないはずだが」

「指紋を消す一般人はいるが、存在しない指紋を残す一般人はない」

 なるほど、その通りだろう。わかった、と応じると、素人め、と灰田は鼻を鳴らした。

 店に戻り、閉店のプレートを出したままで、二人でカーテンの奥で向かい合った。

「どうもきな臭いが、とりあえず、例の男から情報を得るのは不可能になった。あの倉庫の周囲は監視しておくが、死体が発見されるのと同時に荷物も運び出すんだろう。とりあえずは記録を把握するが、誰が奴の取引相手か、探るのは手間がかかる」

「灰田、あんたはいったい、誰に何を売っているんだ?」

「なんでもさ。店を見ただろう。何でも屋さ」

 ふざけて言ってるんじゃないぜ、と俺が低い声を出すが、灰田は平然としている。

「あまり怒りを持つな。また昏倒するぞ」

 くそ、ピースメーカーが煩わしい。その思いに反応してか、もう指が痺れ始める。目をつむって、冷静を意識する。

「まだお前は新入りだよ、坊主。すぐに俺が何を商っているかは、わかる。それでも警戒しておけよ。俺たちの取引相手は殺されて、俺たちのこともどこかで見張っているかもしれない」

 ピースメーカーのせいで攻撃はできない、と反論することはできない。

 灰田も、そして薬を持っている俺も、限定されているとはいえ、暴力を行使できる。

 犯罪がないはずの世界の中にいながら、その世界の外へ、裏側へ出ることができるわけだ。

「飯に行こう。うまい店を教える相手がいなくて、退屈していたんだ」

 先ほどまでの話がなかったかのように、灰田は俺の肩を叩く。

 俺も何も言わずに、彼に続いて通路へ出た。

 やっぱりシンとしていて、まだ人工島は、平和の中でまどろんでいるようだった。

 誰にも気づかれない影の中に、死体が転がっているとしても。



(続く)

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