第23話 新しい日常

     ◆


 地下での生活は初日から数えれば五日目で終わった。

 退屈で、じれったくて、気持ちが塞ぐ日々だった。そんな僕を迎えに来たのは、朽木シバで、ドアを開けて顔を出すと「飯に行くぞ」と言った。これまで食事は部屋に運ばれていた。出られると思うと、少しホッとした。

 連れ出されてどこへ行くかと思うと、エレベーターに乗り込み、そのまま地上へ上がった。久しぶりに見る昼間の太陽は、いやに眩しくて、なんていうか、自由と、自分が生きていることを意識していた。

 連れて行かれた先はファミリーレストランで、やっぱりシンとしている。客は何人もいるんだけど、みんなどこかふさぎ込んでいる印象だ。これが人工島の常識でもある。

 席に案内され、何でも注文していいぞ、とメニューを渡された。

 ペラペラとそれをめくって、ハンバーグとステーキが両方乗っているプレートとトースト、サラダも注文する。若いよなぁ、と朽木シバは苦笑していた。彼は何か食べてきたのか、コーヒーしか注文しなかった。

「まずこれを渡すのが俺の役目だ」

 背広の内側から、朽木シバが封書を取り出す。受け取ると、内政省からの通知だった。封筒を破って中身の書類を見ると、僕をイレギュラーに任命する、とある。

「おめでとう、レオ。これでひとつ、クリアだな」

 そんなことを言いながら、朽木シバは手元でタバコをくるくると回す。全席禁煙だから店員は気が気じゃないだろうな。

 繰り返し通知書を見て、間違いがないのを確認した。念入りに読むのは、登録の手続きについてだ。そうやって何かに集中しないと、心の奥底から何かがこみ上げてきそうだった。

「これはすぐに分かることだが」そう前置きして朽木シバが言う。「強攻課第二班にお前は配属される予定だ。第二班の班長は俺だから、お前は俺の部下になる」

「よろしくお願いします」

「期待しているよ。通知にある通り、明日にはお前に「ピースキーパー」を投与する。覚悟しておけよ、痛いからな」

 ジョークだから、笑っておくのが義理というものだろ。小さく笑う僕に、ちゃんと笑え、と朽木シバが言う。

「イレギュラーには基本的に階級がない。役目があるだけだ。指揮官であるところの班長と、あとは班員だな。ピースメーカーはヒエラルキーやカーストをぶっ壊しているからな、上下がないのはそれが一番安全だからさ。しかし、好き勝手はできないぞ」

 わかっています、と応じつつ、僕はやってきた久々の料理を前に、まずハンバーグを食べた。

「お前の両親の遺体は、やっぱり発見できなかった。無事でいる可能性もなくはないが、二人の携帯端末の位置情報を発信する信号が途絶えたのは、お前が暮らしていた部屋だし、爆発が起きた時刻に、通信が消えた。ほぼ間違いなく、死んでいるな」

「覚悟していました」

 平然と答える僕は、非情、冷酷なんだろうか。

 朽木シバは特に気にした様子もなく、コーヒーをすすっている。ブラックだ。マグカップを机に戻し、声をひそめる。

「お前もこれから知っていくことだが、爆薬を使った犯罪というのを、イレギュラーは当然のように想定している。爆薬っていうのは、ピースメーカーの弱点の一つなのさ。爆薬を作ることは攻撃性とはやや離れている。作って、運送業者にでも運ばせれば、やはり攻撃性を抑えられる。そして時限式か、受取人の行動で作動するようにすれば、やっぱり攻撃性を持たずに相手を殺せる。いくつかの部分でピースメーカーに殺されかねない場面もあるが、実際に刃物を使ったり、殴り殺す、絞め殺すよりははるかに弱い殺意で、爆弾は人を殺す」

「つまりそれは、僕の両親を殺した相手は、まだ平然と生きている、ということですか?」

「それは俺も知らんよ。普通の犯罪者、という表現も妙だが、この島では他人を殺そうと思うこと自体が絶対の禁忌だ。ピースメーカーは目こぼしをしない。ただ、その絶対に縛られない奴がいる」

 縛られない奴?

「イレギュラーが対応する犯罪は、ピースメーカーの外、ってことさ」

 よくわからないけれど、犯罪は確かにあるわけで、それを僕は家族が犠牲になることではっきりと知った。

 食事が終わり、また例の部屋に一度は戻るけど、朽木シバから「本来の宿舎に連れいくから、荷物をまとめな」と言われる。言われるがままに荷物を抱えて連れて行かれた先は、別の階の宿泊のための部屋で、だけど作りは全く違う。

 家具があるし、端末の置かれだデスクもある。ベッドもまるで別物だった。

 朽木シバはそのまま去って行って、僕は端末を起動してみた。すでに誰かが手続きをしたようで、僕の個人情報が登録され、パスワードを設定するように促してくる。掌紋、声紋を登録し、さらにパスワードも設定した。

 端末をいじって、星野とやりとりする方法を探ると、この端末は外部に通じている。

 試しに星野を呼び出してみる。時刻は夕方だから、少し早いかもしれない。

 呼び出し音を聞きながら待っていると、投射モニターに若者の顔が浮かび上がった。

『レオか? こっちはまだ移動中だよ』

 星野の顔が右に左に揺れる。どうやら歩きながら携帯端末で通信を繋いでくれたらしい。

「ごめん、かけ直そうか?」

『別にいいよ。それより、ここのところ全く連絡が取れなかったから、心配していた。何かあったか?』

 様々なことがあった。悲しいこと、ガラリと世界が姿を変えることが、僕の身にはあったのだ。

 でもそれをうまく説明することは、できそうになかった。

 まさに僕の世界は、豹変したのだ。

『いつか話す気になったらでいいよ、レオ』

 それから僕たちはくだらない話題で盛り上がり、一時間ほど話していた。

 それだけで、僕の日常の一部が回復された気がした。

 心の痛みが、わずかに和らいだ気がした。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る