第22話 追跡

     ◆


 その事件の話をしたのは、灰田だった。

「爆破事件? いつ?」

 俺が訊ねると、つい昨日さ、と灰田は落ち着いている。

「この島に犯罪はないんじゃないのか?」

「そいつはちょっと願望というか、思い込みが激しすぎるぜ、新入りくん」

 店は閉店のプレートをかけ、ドアの鍵も閉めていた。俺と灰田はカウンターの奥のカーテンのさらに向こうで、向かい合ってる。彼は平然とタバコを吹かし、天井のあたりでわだかまる煙を見上げている。

「警察にもそういうのを調べる奴らがいる」

 視線を上に向けたまま、灰田が言う。

「警察の中でも、強攻課と呼ばれる部署だ。イレギュラーとも呼ばれるな。奴らがこの平和な街で、警察らしい警察、言ってしまえば変わり者の警官の集まりだ」

「犯罪があることを、その強攻課が証明している、ってことか」

「そうなるな。俺たちも、自由には動けないってことさ」

 強く息を吸い、タバコをバチバチと灰に変えると、残ったフィルターを灰皿に投げ込み、真剣な眼差しの灰田が俺を見る。

「この前の電子レンジの箱、覚えているか?」

 忘れるわけがない。

 しかしそう訊ねられるまで、全く関連に気づかなかった。わかりそうなものなのに、のんきな自分が恨めしかった。

「あの箱の中身が、爆薬だったのか?」

「正確には爆薬じゃない。一世代前の、焼夷弾みたいなものさ。戦場での不発弾を回収して売り払う奴らが、一部にいてな。地球の裏側から流れてきたわけだ」

「不発弾を改造して、爆弾に変えた?」

「それは俺も織り込み済みだよ。不発弾は不発弾、材料にするくらいしか使い道はないからな。だがここまで大事になると、放置するわけにもいかん」

 部屋で唯一の椅子に腰掛けると、灰田は机の上の端末を起動した。投射モニターに無数のウインドウが開き、ちらっと見ただけでも、複数の防壁が展開されたのはわかる。最後の一枚には、俺も何度か使ったことのある、情報を盗むソフトの起動場面が一瞬、映った。

 一度、すべてウインドウが閉じる。

 俺が見ている前で、灰田が端末を操作すると、どこかの監視カメラの映像が映った。リアルタイムではないようで、灰田の指の動きで、早送りが始まる。

 監視カメラの映像を一般人が見れるわけがない。管理する身分を偽装しているか、情報をごっそり丸ごと盗んでいるんだろう。

 監視カメラの映像はよく見ると、この店のある階層の階段を撮影していると気づいた。

 つまり、例の電子レンジの箱を抱えた男を追跡するつもりなんだろう。

 と、もう一つウインドウが開き、そこに灰田が何かを入力すると、ウインドウには「検索中」という表示が出て、それが点滅する。灰田はすぐに映像のチェックに戻った。

「おっと、いたいた」

 映像が通常の再生に戻り、電子レンジの箱を持った男が上の階層へ階段を上がっていく。映像のカメラが切り替わる。また階段だが、一つ上の階層らしく、さっきの男が階段を上がってきた。さらに上へ向かい、画面から消える。

 そうやってカメラを切り替えながら、灰田は巧妙に男の足取りを追っていく。

 男は地上に出て、街頭を平然と歩いていく。相当に重い荷物のはずが、休むことなく進んでいく。そうして地上にある個人経営らしいレストランに入っていく。

 あとはそのレストランの出入り口を監視できるカメラの映像を、早送りで見ていくが、男は出てこない。

 灰田はタバコに日をつけ、吸い始めた。

「こいつはダメだな」

 あっさりとそう言って、カメラの映像を止めた。

「あのレストランが奴のアジトってことか?」

「それはありえない。裏から逃げたんだろう」

「裏? そちらに監視カメラはないのか?」

「闇で商売をする連中は、監視カメラの位置を全て把握しているもんさ。だから連中が使う裏道は、絶対に記録されない。もちろん、あの男の存在が消えたわけじゃない。裏道を抜けて、この島のどこかの監視カメラに、不意に現れるとは思うがね、そこまで追うとなると、大仕事だ」

 じゃあ、男の後は追えないのか。

 俺が意見しようとした時、電子音を立てて、「検索中」が点滅していた画面に、「検索完了」の文字が出て、次にそのウインドウに顔写真と個人情報の箇条書きが表示された。

「こいつは……」

 俺は思わず声を漏らしていた。

 その顔写真は、間違いなく店にきた男、あの電子レンジの箱を運んだ男だった。名前、年齢、職業、他にも多くの情報がそこにある。

「顔認証は便利だな」

 煙を吐きつつ、灰田は情報一覧から、住所を確認し、立ち上がった。端末に指で触れてシャットダウンする。

「あの男の顔を拝みに行くとしよう。事情を聞いておいても、損はない」

 灰田はいつも通りの服装で店を出て行こうとする。

「事情を聞いてどうするんだ?」

 決まっているだろ、とこちらに灰田が向き直り、不敵に笑う。

「商売はこういうところから始めるものさ」

 彼が悠々と店を出て行くのを、俺は黙って追いかけるしかなかった。

 本当に商売をするのだろうか? しかし爆弾を買うような奴に、何を売るんだろう。

 平和が顕現しているはずの島は、実はまったく違う側面を持っているのかもしれない。

 それに安心する一方、失望のようなものを感じる自分がいた

 灰田は何を気にした様子もなく、タバコの煙を引きながら、歩いていく。



(続く)

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