第20話 商品
◆
灰田が俺を連れて行った先は、地下三層にある狭い雑貨屋だった。灰田が俺を迎えに来たからだろう、店の扉は閉められ、閉店を伝えるプレートが下がっていた。
さっと灰田がそれをひっくり返し、ドアを掌紋認証で開ける。
「入れよ。ちょっと混雑しているがな」
中は確かに混雑している。とにかく手びろい商品が所狭しと並んでいて、日用品からドライヤーやジューサー、骨董品みたいなトースターのような電化製品、まだ使えるかわからない奇妙な化粧品も見えたし、紙おむつもある。わけのわからない店だ。
「そこの端末で掌紋を登録すればお前も入れるようになる」
指差されたのは古い端末だが、どうやらレジも兼ねているようだ。電子マネーに統一されているので、お釣りを渡す必要もなければ、レシートも領収書も電子化されて、端末はコンパクトだった。
掌紋を読ませている間に、灰田は店の奥へ行ってしまった。
登録の完了を告げる人工音声が聞こえたのだろう、こっちへ来い、と灰田が呼ぶ。
カーテンの奥へ行くと、狭い事務スペースがあった。
「こいつを組み立ててみな」
机の上も雑然としているが、雑多な小物を脇へ押しやって空間が作られ、そこに様々な部品がある。一目見て拳銃が分解されているとわかった。
俺は無言で、机に歩み寄って、手を動かし始めた。
あっという間に拳銃が組み上がる。いつの間にかタバコを吸い始めていた灰田の手に、拳銃を手渡す。遊底、撃鉄、引き金、安全装置と確認し、弾丸の入っていない弾倉を差し込み、抜く。
「良いね、問題ない腕だとわかった」
拳銃はそのまま俺に押し付けられる。部屋の隅のダンボール箱が開けられ、取り出された箱はお菓子の小箱だが、それを手に取る灰田の様子で、お菓子が入っているわけじゃないとわかる。
手渡された箱は、やはり重かった。
「九ミリ弾だ。二十四発入っている。それで足りるな?」
「大丈夫だと思う。だが、拳銃を持って歩いて大丈夫なのか?」
「ここは平和な街だからな、誰も他人を疑わない。港での検査をすり抜ければ、島の中は自由なのさ。それより奥にある荷物を運ぶのを手伝ってくれ。重いんだ」
連れて行かれた先には、電子レンジのイラストが描かれた箱がある。一人で抱え上げられそうだが、灰田に促されるままに持ち上げようとすると、一人だと少しきついかもしれない。
二人でそれを運び、そのまま店頭のカウンターに乗せた。
「こいつはなんだ?」
「ちょっとした特別な商品でね。これから受け取りに来ることになっている」
俺にも秘密、ということだろうか。俺もつい昨日、ここに来たばかりでこの島の流儀は、何も知らない。灰田が俺を信用しないでも、不思議はない。
「拳銃だが」俺はさりげなく聞いた。「もし俺が死んだ時、部屋や俺の持ち物を警察が調べると、拳銃が発見されるが、それは問題ないのか?」
バカなことを言うな、と灰田は笑っている。
「死体は何もしゃべらない。つまり何も露見しない」
「街頭に監視カメラがあるだろう」
「物を自由に売りさばく俺が、情報ごときをどうこうできないと思ったか?」
どうやら俺の存在そのものが、灰田の掌の上にあるようだ。
灰田が最近の本土での流行を訊ねてきて、俺はいい加減に話をした。それよりも目の前にある電子レンジの箱の中身と、それを買う客が気になった。
一時間も質問攻めにあい、危うく怒りが滲みそうになった時、ドアを開けて入ってきた男がいる。見た目は普通の会社員で、無愛想とも違う無表情が目についた。こちらに黙礼するが、わずかも表情が変わらない。
店の中を見始めた男が手に取ったのは、ホットサンドを焼くフランパンを二枚合わせたような装置だった。今時、電気コンロが当たり前なのに、よくそんなものを置いていたものだ。
男はそれをよくよく見てから、棚に戻し、カウンターへやってくる。
「ホットサンドを作りたいのだが」
そう言われた灰田が、「大きさは?」と訊いている。男はあごに手を当て、言った。
「できるだけ大きいものを」
よかろう、と灰田が応じ、電子レンジの箱を力を込めて男の方へ少し押した。
「これがとりあえずの、一番大きな奴ですよ」
何を言っているんだ? ホットサンド? 電子レンジの箱? 何も関連が思いつかない。
しかし男はわずかに顎を引き、買おう、と小さな声で言った。
会計が終わり、男は一人で電子レンジの箱を抱え上げると、確かな足取りで店を出て行った。
「あれが、待っていた客だったのか」
訊ねる俺に灰田は肩をすくめる動作。
「あの箱の中身は?」
「そのうちお前にもわかるさ。さて、ちょっと店の掃除でもしてくれ。今回の収入で、俺は機嫌がいいし、店の経営も前途洋々だよ」
灰田が奥へ戻ったので、俺は一人で店の中に並ぶ品の埃を、おそらくそれ自体も商品だろうが静電気で埃を取るハタキで徹底的に払って行った。
ホットサンドか。何か意味のある暗号なのだろうか。
いくら考えてもわかることではないな。
掃除の後は、店の商品をこまめに見ていったが、やはり脈絡がない商品ばかりだ。雑貨屋だが、節操がないと言ってもいいくらいだった。
地下なので時間の感覚が曖昧だが、灰田がやってきて「閉店だ。飯でも食いに行こう」と声をかけてくる。
結局、その日は商品がなんだったか、教えてはもらえなかった。
俺は雑貨屋の手伝いが目的でもないし、灰田の子分が目的でもないが、しかし、今は文句も言っていられないし、文句を言おうとしたら、ピースメーカーが黙っちゃいない。難儀な場所だ。
しかし、事態はその二日後、唐突に動き出すのだった。
(続く)
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