第19話 事件
◆
僕は警察署の地下二階で、目の前の机をじっと見ていた。
部屋には僕以外、誰もいない。ここまで案内したのは普通の警官で、すぐにどこかへ行ってしまった。
ドアがノックされたので、のろのろと顔を上げると、二人が入ってきた。
一人は朽木シバで、もう一人は知らない女性だ。
「だいぶ疲れているな」
気安い口調で言いながら、朽木シバが僕の向かいに座る。女性はその横に並んだ。黙っている僕に、朽木シバが女性を身振りで示す。
「こちらは、緊急事態対応課の女郎花イチコさん」
「よろしくお願いします、南レオさん」
丁寧に頭を下げられたけど、僕はすぐに朽木シバに視線を向けた。
「どうしてあんな事故が……?」
その質問に、ちらっと朽木シバと女郎花イチコが視線を交わす。どんなやり取りがあったのか、朽木シバがわずかに身を乗り出した。
「まだ調査が完全じゃないが、ただの事故じゃないと俺は見ている」
「事故じゃない? じゃあ、なんなんですか?」
問いかける僕に答えようとした朽木シバを、女郎花イチコがさっと彼の肩に触れて、止めようとする。それに対して、朽木シバが、眉を持ち上げる。
「こいつはイレギュラー候補生だ。問題あるまい」
「あります」
平静な様子だが、口調には力があった。だけどそれで意志を変える朽木シバでもない。結局、彼はそれを口にした。
「人為的な爆破事件だと、俺たちは考えて、それを前提に調べている。正確には、調べ始めている、かな」
……そうか、僕も動転しているんだ。
最初に、この人はこう言った。事故じゃないと俺は見ている。俺、というのは警官である立場を示していると同時に、もう一つ、重要な要素があるじゃないか。
朽木シバは、イレギュラー、強攻課の課員なんだ。
イレギュラーが平凡な事故を調査するわけがない。イレギュラーが調査するのは、常に事件であり、その事件には人間が関わっている。
このピースメーカーという歪な存在によって平和が強制され、犯罪が存在しないはずの島での事件を調査するのだ。
背広のポケットからタバコの箱を取り出し、自然な動作で朽木シバが一本をくわえる。さっと女郎花イチコがそれを掠め取り、「禁煙です」と小さな声で言った。朽木シバはタバコを奪い返し、しかし咥えるでもなく、手元で弄びながら、話し始めた。
「今、お前の両親の交友関係と、仕事に関連する知り合いを全部、草の根分けて、って感じで探っているところだ。当然、お前の周りも調べられる。先に聞いておくが、家族丸ごと、消し飛ばされる心当たりは?」
ピクピクと女郎花イチコの眉が震える。あまりに朽木シバが攻撃的すぎるからだろう。聞いている方が彼に反感を持つと、自動的にピースメーカーが反応してしまう。
僕はどうにか両親のことを思考の隅に追いやり、自分の知り合いの顔を思い浮かべるが、まさか爆殺犯だと明言できる相手がいるわけがない。
いませんよ、とどうにか答えると、朽木シバは、それが普通だ、と低い声で言った。
「よくわからないんだが、今日に限って、お前の父親は仕事を早く切り上げて帰宅し、お前の母親は夜の仕事を休んで家にいた。明らかに普段と違うよな。何か理由があるのか?」
そうか。今日は規則から外れた、特別な日だった。
「僕のイレギュラー内定のお祝いで、外食に」
そう言いながら、僕の思考は少しずつ回り始めた。
決めたのは昨日の夜。僕はクラスメイトの数人にその話をした。父は仕事へ行ったから、あるいは親しい人には話したかもしれない。母は昨日の夜、仕事で接した相手に、話したかもしれない。
つまり、父と母と僕、三人をまとめて殺すつもりなら、今日の夕方は格好のタイミングだった一方、そのことを知っている人間は、極端に限られる。
いや、でも、普段から夕食は同時に取っている。なら普段でも時間が限定されるものの、チャンスがないわけじゃない。朝食のタイミングでもいいのだ。それでも僕の家庭の事情を詳細に知っている必要はある。
くそっ、結局、僕の思考じゃ何もわからないじゃないか。
「何か今日だった理由があるかも、調べなくちゃな」
朽木シバがそう言って、くるくると手元でタバコを回す。
「とにかく、今はうちの課員もよその警官も総出で出動だ。お前にはここに宿泊できるように手続きしてある。もしかしたらお前の息の根を完全に止めたい奴がいるかもしれない」
僕が狙われる? 全く身に覚えがないので、恐怖は伴わなかった。だって、ありえないじゃないか。ほとんど普通の高校生で生きてきたのだ。
あとは任せますよ、と朽木シバはタバコをくわえ、席を立った。火をつけながら部屋を出て行き、ドアが閉まると、小さく女郎花イチコがため息を吐いた。彼女は表情を引き締め、平然とした顔でこちらを見た。
「南さんのご自宅は、かなり強力な爆薬が使われたようで、上の階が崩落したのと、床が崩壊して一つ下の階に落ちてしまった関係で、現場検証も難航が予想されます。爆発、そして火災と、瓦礫の影響で、遺体の回収も試みていますが、あまり希望は持てません」
そうですか、としか言えなかった。
「それと、イレギュラーに内定した件は、内政省の担当者が話し合った結果、再度の面談の必要を決めました。今、それを断ることもできますが、どうしますか?」
何かが、僕の心を震わせた。
それは、僕がイレギュラーに内定したことを聞いた時の両親の笑顔だったかもしれないし、もっと別の、両親を殺した誰かを追いたいという、使命感だったかもしれない。
どちらにせよ、僕は即答していた。
「面談を受けます。受けさせてください」
いいでしょう、と女郎花イチコは無表情に頷いた。
(続く)
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