第14話 流儀

     ◆


 船は港に着くと、すぐに警備員が乗り込んできて、移民希望者を先導し始めた。

 三人ずつ、外へ連れ出されていく。船の中は誰も大声で喋っていないのに、なぜかざわざわとして、それが空間を占めているような錯覚がある。

 俺の番が来て、二人の男性と一緒に外へ出た。

 壁だ、と初めて理解した。港の建物は壁に組み込まれていて、港は壁の外にある。低い音がすると思い、そちらを見る。背後だ。そこにはエアカーテンの巨大な装置があり、風が吹き荒れている。

 その風が海面にぶつかると、海水を吹き上げ、まるでそこに霧の壁があるような気がした。

 港と呼ばれているという建物に入ると、三つのレーンがあり、三人がバラバラにそこへ入る。荷物が検査され、個人情報が照会された。それが終わると、小さな医務室のようなところへ連れて行かれた。

 寝台もあるが、椅子に座るように白衣の男性に指示される。腕をめくれと言われるがままに服の袖を引っ張りあげると、小さな装置でまず血液をわずかに採取され、装置が電子音を上げる。いいね、と男性が呟く。

「もし具合が悪くなったら、すぐ言いなさい」

 やっとウイルス、ピースメーカーを打たれるのだ。

「気分を落ち着けて、平静を心がけるように。好奇心は禁物だよ」

 まるで子供にいい含めるように言ってから、接触注射器が俺の腕に押し付けられる。

 やけに念を押した割に、男性はあっさりとボタンを押し、空気が抜けるような音がした。

 じんわりと腕から全身に何かが浸透していく。首筋が急に痺れて、その痺れが頭へ向かい、頭頂部へ這い上がっていく。

 ぶるりと、無意識に背筋が震えた。

「どうかな、体調は」

 痺れが消えれば、普段と何も変わらない。

 しかし確かに、俺にはウイルスが打たれているんだろう。

「ようこそ、実験地区へ」

 医者に送り出されて、鞄を手に医務室より奥へ向かうと、身分証明のカードを手渡された。事前に作ってあったようで、俺の顔写真も印刷されている。名前は、寺田ロウ、だった。

 当面の居場所として地下にある一人暮らし用の部屋が割り当てられたことの証明書が渡される。またここで、手持ちの現金を電子マネーに変えた。平凡な額しかない。また、携帯端末も受け取れた。高性能な端末で、これを全住民が持つと聞いていた。

 外へ出ると、あまりに平凡な街並みに、どこかがっかりした。周りにいるのは、俺と同じ新参者ばかりで、キョロキョロと周囲を見ている。俺も似たようなものか。

 とりあえずは割り当てられた宿泊施設へ向かう。地下へ階段を下りていくのだか、地上の平凡さとは裏腹に、地下は異様なほどに充実している。

 部屋はすぐに見つかった。ドアのロックは個人認証で解除されるが、最初だけは身分証を差し込んだ。そこで個人認証に掌紋を登録できた。次からは手のひらで解錠できる。

 荷物の中にある手帳を取り出し、事前にツバメから知らされた住所を確認し、携帯端末で地図と照らし合わせて調べてみる。人工島の内部の地図は、基本的に外部に公開されていない。その極端な秘密主義のせいで、この段階でやっとサポートしてくれる仲間と対面できる算段がつけられるわけだ。

 地図も頭に入れて、次の作業に移る。

 荷物の中にあるケースから護身銃を取り出し、小さなホルスターで脇の下に吊るす。

 さらに荷物を漁り、これもケースに入っていた注射器を取り出す。先ほどの港で目にした接触注射器に似ているが、こちらの方がやや大ぶりだ。

 事前にイーグル商会の男が手配してくれたもので、この注射器には八つのカプセルが入っているという。一度ボタンを押すと、カプセル一つ分の薬剤を注射できる。

 その薬剤こそが、ピースメーカーの機能を抑制する特殊な薬物で、事前の話の通り、効果は十五分だ。

 これを届けた男が繰り返したのは、回数を重ねるごとに、効果は薄れていく可能性がある、ということだった。

 もっとも、俺は何度も使うつもりはなかった。狙っているのは一人だけで、ただ殺せばいいだけだ。一回で充分とは言えなくても、二回、もしくは三回で、充分だろう。

 親切なことに、接触注射器にもホルスターが付属していて、これを俺は腰につけておいた。ちょっと見たくらいでは、何かのケースにしか見えない。そもそも何も知らないものには、何のケースか判断がつきかねるだろうし、注目されるような歪さでもない。

 食事に行くことにして、最低限の荷物で部屋を出た。

 地下には食堂街があり、人が行き交っている。

 ただ、違和感を覚えるのは、いやに静かなことだ。喧騒というものがない。しんとしていて、それが人の気配と釣り合わないために、ちぐはぐだ。

 小さな中華料理屋を選んで入ると、店主が静かな口調で「いらっしゃい」と告げた。初老の男性だ。客は他に六人が見えた。三人組が二組だが、どちらも静かな声で喋っていて、まるで何を言っているか、聞き取れない。

 俺はカウンターで、壁の短冊にあるラーメンを頼んだ。かなり安い。店主が小さい声で返事をする。

 すぐにラーメンが出てきたが、値段通りのそっけない、百年前からありそうなラーメンだった。特に文句もない。粗食で耐える訓練も積んでいる。

 素早く口にして、料金を電子マネーで払う。これだけがまるで現代で、やはりどこか不自然に見える。

 外へ出ると、通りかかる人は、ひそひそとしゃべり、まるですれ違う人間のことさえ見ないような、視線の位置で歩いている。

 これが人工島の流儀、か。

 唐突に、本当にピースメーカーが自分に作用しているのか、試したくなった。

 この願望は危険だ。一度やったら、二度と戻れないような、危うい好奇心である。

 俺は邪念を振り払うように、足早に部屋に向かった。



(続く)

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