第13話 完璧な社会において

     ◆


 僕はその日も格闘技の訓練の後、射撃訓練をしていた。

「おい、南」

 射撃レーンは四人が同時に使えるけど、僕しかいなかった。六連発のリボルバーで停止している的を打ち終わり、その的が近づいてきている時、声をかけてきた人がいる。

 そちらを見ると、強攻課の朽木シバがそこにいた。

「明日にもお前のところに通知が行くから、覚悟しておけ」

「通知、ですか?」

 排莢しようとする手を止めて首をかしげる僕に、ニヤっと朽木シバが笑う。

「大した腕前じゃないか」

 指差した方を見ると、僕が狙った的がすぐそばに来て、背後から光を当てられ、弾丸が貫通した場所に光の穴ができる仕組みだ。

 六発ともが的の真ん中に当たっていて、ほとんど一つのいびつな穴になっている。

「うちの班でもここまでやる奴はいない」

「ありがとうございます」

「的は的だよ、南、それは覚えておけよ」

 どうやらイレギュラーとして警官になれば、人間相手になるぞ、という指摘らしかった。

「人を相手に銃を撃ったことがあるんですか?」

「それは非公式な事案だから、ここでは言えないな。まぁ、楽しみにしておけ」

 なにやらきな臭い話になってきた。追及する気にもなれなかったが、朽木シバはひらひらと手を振って出て行ってしまった。

 僕はそれから的への射撃訓練を続け、十枚ほどの的を消費した。

 地上へ戻ると夕日が射している。壁に太陽は沈もうとしていた。

 その日は家に帰り、両親と穏やかに過ごした。

 通知は翌日の朝にはもう来ていた。携帯端末で受け取ると、イレギュラー候補生としての能力を認め、近日中に面談を行い、それにより強攻課の課員への昇格を協議する、とあった。

 あっけなさすぎて、まるで実感がなかった。

 僕はどうやら高校生でありながら、警官でもあるという、実に奇妙な二足のわらじを履くことになるらしい。そんな立場になった高校生なんて、一人もいないだろう。

 両親にこのことを話さないわけにはいかないので、朝食の席で、僕自身が半信半疑なのに、話していた。両親は少し黙ってから、良かったじゃないか、と微笑んでいた。

 そう、ピースメーカーがある限り、両親は僕のことをどう思っていても、僕を責めることができない。それも僕のことを気遣ってではないのかもしれない。僕をたしなめたい、別の方向へ進ませたいと思っても、僕をねじ伏せようと思った途端、自分が傷つくことになる。

 あるいはこれは、不自然な承認だった。

 学校へ行って、いつも通りに授業をこなす。

 自然な、それでいて何か、いい含めるような教師と、まるで人形のような生徒たち。

 急に自分がいる場所が、不自然だと主張しているようだった。

 朽木シバが言ったことが、何度も頭の中で再生された。

 人間相手に銃を向けるとして、銃を向ける僕も、銃を向けられることになる相手も、この僕が過ごしている学校にいるような人たちとは、まったく別の世界の住人じゃないのか?

 命を奪うこと、攻撃することが仕事で、躊躇わない人。

 命が脅かされても、他人を害することを厭わない人。

 どちらも安全どころか、危険な領域に平然と足を踏み入れる、危うい存在だった。

 そして僕はその片方になろうとしている。

 学校では潮ナギが話しかけてきたけど、うまく返せず、「何かあったでしょ?」と言われてしまった。僕は「うん、まあ……」などと応じるしかできなかった。

 面談が不安だったけど、とにかく日々を過ごすしかない。

 潮ナギやクラスメイトと過ごし、地下では同じ候補生たちとそれぞれにロボット相手に格闘技の訓練をこなす。休日に座学が組まれることもあった。

 そしてついに、面談の通知があり、僕はその日、土曜日の午前中に警察署に出向いた。

 受付で機械相手に認証を通し、床に表示された矢印に従って二階の一室に進む。

 通路はがらんとしていて、ほとんど人がいないのが不自然だった。人がいる気配はあっても、姿は見えない。

 矢印が示したドアをノックする。特にドアには表札もない。奥から声が聞こえ、僕は中に入った。

 室内に入った時、警察の制服を着込んだ、同じくらいの年齢に見える初老の男性が三人、待ち構えているのが見えた。僕は自分が高校の制服で来たことに、どこか安堵した。まぁ、他に服装の選択肢がなかったわけだけど。

「そこへ座りなさい」

 空いている椅子を示され、三人と向かい合うように座った。

 それから僕は三人の男性から様々なことを聞かれた。三人のうちの一人が端末を持っていて、ペンをその上に走らせている。しかし僕の直感では、ここでのやり取りは録音も録画もされているはずで、ペンを動かすのは演技かもしれなかった。

 特に返答に困るような質問はない。自然と応じることができた。

 面談は三十分ほどで、かなり長く感じたけど、疲労はない。

 僕に自信があったわけでもなく、でも気負いもなかったからだと思う。イレギュラーとして警官にならなくても、別の道はある。候補生として学んだこと、経験したことは、紛れもなく僕の糧ではあったし、稀有な体験でもある。

 いつか、年を取っても生きていたら、思い出話として、格好の話題になるとも思っていた。

 解放されて、一人で廊下を歩きながら、しかしそこに至って急に不安がこみ上げてきた。

 人間の気配が遠くにしかない、この廊下を抜けた先に、何が待っているんだろう?

 日常に、新しい側面が現出するのか。

 屋外に出て、人の気配があってほっとした。いつも通りの、全く喧騒というものとは無縁の、調律された平穏な社会。

 何かが違うようで、違うながらも型にはまった、完璧な社会。

 僕はいつもよりゆっくりと、家に向かった。



(続く)

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