第12話 間違った道

     ◆


 俺は自分で人工島へ入るための申請書類を書いた。

 筆跡が保存され、様々な場面で照合されるから自分で書くしかないのだ。役所の書類だが、様々な情報を書き込む必要があり、学歴や職歴も書かないといけない。

 職歴に関しては、俺の経歴は非常に理にかなっていた。闇稼業で生活費を得ていたがために、本来の仕事、在宅でのライターの仕事では、貯金を切り崩して生活していた、と主張することができる。貯金も両親の財産ということにすれば、自然だった。

 実際にイーグル商会に関係する仕事で手に入れた報酬は、別の口座、自力で手に入れた秘密口座に放り込んでいたので、こちらは露見することはない。

 パスポートも、本当に自分のパスポートを作った。ただ名前は、寺田ロウ、だ。数年前に組織が戸籍を捏造し、その名前の男はもう確かに存在することになっていて、逆に、元の俺は、ただ税金を支払うだけで、世界各地の空港でパスポートにスタンプを押しまくってもらっているのだ。それはさすがに俺一人ではできないので、イーグル商会の協力者が行動している。

 書類を提出して数週間で、今度は面接の日付を知らせる通知が来る。

 東京の郊外にある合同庁舎が指定され、そこに出向くとすでに数人が待機していて、そこに俺も並ぶ。やがて俺の番になり、部屋に入ると役人五人を前に席に着いた。

 経済状況、家族の状況などを聞かれ、俺は書類に書いた通りに、生活は困窮し、両親が犯罪の被害者でかろうじて生きている、と話した。嘘は最低限で、真実をわずかに変えるのに使う。

 面接官は細かなことを聞き始めた。どうも俺が自暴自棄になって人工島へ行き、いきなり暴力を行使して、それによりピースメーカーで簡単に都合よく自殺するという可能性を排除したいらしい。

 俺の適性も判断しようとしているようだが、どこで線引きをするかは、俺にもわからない。

 できることは、俺自身が自分は人工島へ行く以外に生きる術はないと信じるしかない。

 面接は思ったよりも早く終わり、後日、連絡が行くと言われて解放された。

 通知は半月後に来た。すでに春が近い季節だ。

 通知の内容は俺が人工島へ入ることを許可する通知で、同時に人工島へ渡るための船の乗船チケットも同封されていた。チケットには出航時間と席の番号も記入されている。

 これで第一段階はクリアで、俺はシュトウに連絡を取り、準備を始めた。必要な情報を揃え、装備も固めた。探知機に引っかからない素材の防刃防弾ジャケットを手配し、とりあえずの武装として、二連発の護身銃も手元に届いた。この銃はプラスチック製で、弾頭も薬莢も金属ではない。至近距離でだけ役に立つ銃だ。

 しかも港で荷物を検査される時に露見しないように、ケースに入れて偽装する必要があり、つまり、常に身につけてはいられない。

 もっとも、イーグル商会の商売が始まれば、人工島の内部でいくらでも銃が手に入る。護身銃は当面の安全対策に過ぎない。

 一度、ツバメと顔を合わせた。人工島へ行く三日前で、場所は東京の都心にある高級料理店で、個室だった。ツバメに呼び出されたのでシュトウもいるだろうと思ったが、いなかった。

 二人で洋食を食べたが、ツバメが急に思い出話をし始めて、俺は相槌を打って、聞いていた。

 どうやらツバメは俺との別れを惜しんでいるらしい。それもそうか。俺は人工島へ行って、敵討ちをして、それで自然とくたばると決まっているのだ。

 食事が終わる頃、シュトウがお前を褒めていたよ、と急にツバメが言った。俺は反射的に、皿の上の料理に向けていた視線を上げていた。

 ツバメは微笑んでいる。

「シュトウは、お前には意外に根性があり、お前は無謀ではあるが本気の男だと言っていた。やることをやる、責任を果たす男だと」

「仕事のことですか? 任せてください、ツバメさんを困らせることはしません」

「そういう意味じゃない。シュトウ、そして私は、お前がこの十年、決して諦めなかったことを知っているんだよ。それをあいつも私も、評価している」

 その言葉に内心、俺は動揺していた。

 俺は自分が間違っているとも思わなかったし、むしろ、正しいと思っていた。怒りと憎しみを、違法であろうと、人道に反しようと、叩きつけるのが正しいと信じている。

 今も、前もだ。

 もしかして間違っているのだろうか。

 俺はずっと、間違った方向だけを見て、間違った道を走り続けた?

 諦めず、挫けずに。

 それがおかしいことだろうか。

 褒められるほど特別なことか。

 評価されるほど、特殊なことか。

「迷わせるようなことを言った。すまなかった」

 ツバメが、頭を下げた。顔をあげてください、と俺が反射的に口走っても、ツバメはしばらく頭を下げていた。

 それから食事が終わり、俺とツバメは別れた。もうツバメと会うこともないんだろう。それは、師のような存在だったシュテンとも、会えないということか。

 不安はなかったが、また会いたいとは思った。

 だが、俺はもう間も無く、死ぬ以外に選択肢のない場所へ出向く。

 期日が来て、港に行くと小さな船が待っていた。乗り込むと、中は四十人ほどの男女で濃い人いきれを感じる。

 アナウンスがあり、船が動き出した。

 こうして、俺は死が約束された実験地区、人工島へ向かった。



(続く)

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