第11話 雑談
◆
僕の目の前に浮かぶ像、星野がおどけた顔になる。
『爺さんを殴りつけた奴を止めた? それはまた、正義の味方だな』
「たまたま出くわしただけだよ。僕も島の人と同じように、暴力沙汰は嫌いだし」
『でも組み伏せたんだろ? すごいじゃないか』
褒められているようだけど、星野はまだ笑っている。
『よく死ななかったな』
もし彼と初対面の人が、こんな言葉を聞けば、どうして島の外の連中はこんなに挑戦的なのか、疑問を持たずにはいられないだろう。そしてきっと、一部の人は彼に怒りを覚え、ピースメーカーによる罰を受ける。
「これでもイレギュラー候補生だからね」
イレギュラー候補生であることは、前から星野には話している。星野は興味深そうな顔になる。
『相手を組み伏せて、お前は何も感じないのか?』
「いや、感じるけど、うーん……、どうだろう」
『ウイルスが動き出したな、とか感じるわけ?』
「今回はそれはなかったね。だからこその、イレギュラー候補生なんだろうね」
わからんなぁ、と星野が顔をしかめる。
『島の奴らは暴力を振るうことをちっとも許されないのに、お前とその仲間は自在に行使できるのか?』
違う違う、とすぐに否定していた。今の発言はやや誤解がある。
「僕だって相手を本気で攻撃しようとすれば、たぶん、死ぬだろうね。それがこの島の原則だよ。ただ、遺伝的になのか、別の要素なのか、ピースメーカーの効きが鈍い人が……」
思わず言葉を止めてしまった。
効きが鈍い、と自分で言っておいて、例の老人を殴りつけた相手は、まさにそれだった。
そうか、なるほど。僕の頭に浮かんだのは、イレギュラー候補生としての座学を受けた時に聞いた固有名詞だった。
『どうした? レオ。何かあったか?』
「ううん、大丈夫。これは都市伝説なんだけど」一応の前置きをしておく。「人工島の中に、ピースメーカーの効果を受けない人がいる」
『そいつはまた、どえらい都市伝説だな』
くすくすと星野が笑う。
『そんな存在がいちゃ、警察も大変だな』
「ま、警察がいるってことは、犯罪がある、ってことでもあるけどね」
矛盾だな、と言いながら星野が顎を撫でる。
『誰も犯罪を犯せないのに、犯罪を取り締まる警官はいる。いつかの日本の軍隊みたいだな』
「ピースメーカーはただのウイルスで、人間性みたいなものを形作っているわけじゃないんだよ。ただ死という絶対の形を押し付けて、それで人間性を矯正している、というかね」
『そんなに批判的なことを言っても、お前の中のウイルスがお前を殺さないことが、お前の言葉の正しさを証明しているかもな』
星野の皮肉というか、いじりのテクニックは超一流ではある。面白い奴なんだ。
『それでお前は必死に格闘術と拳銃の扱いを勉強しているわけだ』
「仕事になるとしたら、必要だからさ」
『俺なんて実際の銃どころかエアガンも持ってないし、携帯端末の中の世界で銃をぶっ放す日々だよ』
それが当たり前だよ、と笑うしかない。
それからしばらく、実際の銃について、話をした。基本的なことは以前、話しているので、会話の内容は星野が説明するゲームでのテクニックと、実際の銃を扱うテクニックの違いを議論することになった。
イレギュラー候補生は格闘技の訓練と同時に、銃の扱いを学ばされる。基本的に拳銃が中心で、リボルバーとオートマチック、両方を学ぶように指示されている。
警察の地下に射撃場があり、止まった標的、動く標的を銃撃する。
射撃訓練の初日ではっきりしたのは、イレギュラー候補生と目されても、拳銃を持って引き金を引くうちにピースメーカーが活性化してくるものがいる、ということだ。実際、僕が見ている前で何人かが倒れた。
格闘技でも似た現象はあるけど、標的が相手でも、ロボットが相手でも、戦うということは、そっくりそのまま闘志に支配されることだし、闘志とは攻撃性と言い換えることができる。
そんなわけで、僕たちイレギュラー候補生は、かなり激しくふるいにかけられていることになる。
部屋のドアがノックされ、「ロウ、そろそろ寝たらどうかな」と父の声がした。星野に向き直ると、彼は肩をすくめたようだった。
『遅くまで悪かったな、レオ。また話そう』
「そういえば」僕は嫌がらせのつもりで温存していた話題を放り込んだ。「前に話していたクラスメイトの女子とは仲良くなれた?」
『そういう質問をされると、俺とお前の立場が逆じゃなくてよかったとしみじみ思うよ。つまり俺はその質問で怒り狂っている、ってことさ』
僕たちはそれぞれにくすくすと笑った。やっぱり星野は面白い。
二人で挨拶をして、通信を切る。端末の電源を落とし、廊下に顔を出して「おやすみなさい」と声をかけると、父の部屋から「おやすみ」と声が返ってくる。
僕はベッドに寝転がり、明かりを消した。その真っ暗の中で携帯端末で最近の人工島での暴行事件について調べてみた。
人工島には新聞は一紙しかないし、テレビ局も二局だけだ。だから世界と通じるインターネット上で情報を漁るのが一番、多くの情報に接することができるけど、当然、検閲がここにも及ぶので、閲覧不能な情報が多い。
それでも人工島の住民だけがログインできる半分は闇サイトを当たってみる。
確かに毎日のように、いくつかの事件が起きることはわかる。でも加害者が百パーセントの確率で死んでしまう。
ピースメーカーは、とりあえずは機能してるらしい。
星野が言う通り、この島は平和なはずだけど、やっぱりどこか、異質なんだろう。
僕は端末の画面をオフにして、目を閉じて布団の中で寝返りを打った。
(続く)
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