第10話 責任と信頼

     ◆


 前と同じ倉庫で、俺はツバメとシュテンと対面していた。

「人工島へ行けば、もう引き返せないが、いいのか? ロウ」

 俺は黙って頷いた。タバコの煙を吸い込み、吐き、また吸うツバメはなかなか言葉を発さなかった。

「人工島に」

 やっと喋り出したその口調は、俺の想像よりもだいぶ重いものだった。

「密売の経路を作る動きは、前からあった」

「あった? まだ実行していないのですか?」

「他との連携もあり、先延ばしにしていたのだよ。商品がないのに売人を置くわけにはいかないし、買い手がいない商品を送り込んでも邪魔なだけだ」

 それはもっともだ。しかし、何を売るつもりだろう。

 強く、ツバメが煙をまっすぐに吐き出す。

「ロウ、お前は標的を殺すか? ヒョウを」

「殺してはいけないのですか?」

「まさか。奴に消えて欲しいものは多いだろう。お前のように復讐したい者もいれば、知られた情報をそのまま闇に葬るために奴を殺したいものもいる。どちらにせよ、奴が生きていようといまいと、イーグル商会の仕事には差し支えないがね」

 では、何故、奴を殺すことをそこまで確認するのかは、謎だ。

「ツバメさんは」ほとんど直感だった。「奴を殺した時、俺も死ぬと思っているのですか?」

「それがピースメーカーの絶対の掟だ」

 その言葉と同時に彼の顔によぎったのは、紛れもなく悲しみだった。

 俺のことを案じているのだろうか。鉄砲玉でしかない俺を?

 俺が黙るとツバメもシュテンも何も言わず、遠くの波の音が聞こえた気がした。

「よかろう、ロウ。お前を人工島に紛れ込ませる。そこで仕事をしてもらうとしよう。できることなら長く続く拠点を作って欲しいが、お前がその様子だと、長くは続きそうにないね」

「申し訳ありません、ツバメさん」

「気にするな」

 それから商う商品についての打ち合わせがあった。

 てっきり麻薬の類だろうと思っていた。しかし実際は、全く違った。

 銃器と爆薬だという。

「実際に完成した形で輸送するのはさすがに難しい」

 タバコを片手に、世間話をするようにツバメが言う。

「銃器はバラバラに分解して運び込む。お前には一人、協力者をつける。二人で銃器を組み立てることになるが、知識は十分だな?」

「もちろんです。爆薬はどうするのですか?」

「できることなら島の内部で生成させたいが、その知識を持つものを人工島に送る余裕はない。何か細工をして、運び込むとしよう。お前と協力者の二人で、小さな商店を開店できるように、こちらでも取り計らう。売るのは生活雑貨で、安価なのが売り、とするつもりだ。その表向きの商売の売り物も、こちらで手配する」

 計画はある程度、設計されている。

「これが最も重要だが」

 ツバメはタバコを携帯灰皿に押し込む。

「いずれはピースメーカーの効果を一時的に無力化する薬剤も売ることになるだろう」

「ピースメーカーを無力化する?」

 聞いたことのない話だった。

 国内でも、国際的にも、ピースメーカーを無力化する薬剤は、存在しないはずだった。

「そんなものがあるのですか?」

「開発中だったものを横流しで受け取り、イーグル商会で分析と複製を続けているが、結果は出ていないな。それでも、微々たるものだが、自衛隊から横流しで薬剤は届く」

 何をまず訊ねるべきか、俺は迷った。

 その薬剤があれば、俺がヒョウを始末しても、その瞬間にピースメーカーが俺を殺すことはない、ということだろうか。

 そして、その薬剤を人工島に流通させる理由とは何か。

 ピースメーカーを無力化し、武器を送り込む。

 それはそのまま何者かの武装蜂起を意味するのか。

 俺が黙っていると、完全じゃない、とツバメが言った。

「薬剤がピースメーカーを無力化するのは、薬剤を注射して十五分ほどとされている。ピースメーカーは人間の思考の攻撃性がトリガーになり、宿主を攻撃する。薬剤を投与する前にトリガーを引いてしまえばそれまでだし、薬剤の効き目が切れた時に攻撃性が残っていてもそれまで、となるんだ」

 落胆はなかった。少なくとも、暴力を叩きつける瞬間、そこに至る前に自滅するのを、薬剤は引き留めてくれるわけだ。それだけでも十分に価値がある。

 俺はヒョウという男が息絶えるところを、ぜひ、目の前で見たい。

 それが果たせれば、俺の願望は完璧な形で成就すると言っていい。

「とにかく、薬の存在は公にはされていない。人工島の中でも一部では確保されているだろうが、知ってるものはごく僅かだろう。ロウ、お前が商う薬剤が人工島側に露見すれば、事態は一気にややこしくなる。銃器が見つかっても、爆薬が見つかっても、それは色が濃いにしても疑いで済むかもしれない。だが、薬だけはダメだ。わかるな?」

 はい、と俺が頷くと、ツバメはじっとこちらの目を覗き込んできた。

「お前が」ツバメが新しいタバコを口にくわえる。「死ぬことを私は止めることができない。あるいは私たちはお前に利用され、商売は失敗し、全てが当局に露見し、こちらは逃げ回るだけになるか、あるいは組織が崩壊するかもしれない。だから、お前にこの役目を与えるのは、私の信頼でもある」

「それは、ええ……」

「お前に、死ぬな、とは言えない。お前の願っていること、望んでいることは、理解しているつもりだ。もう十年も経つ。それは、お前のこの十年を、私たちが奪ってきたことを意味すると、承知している。例え、お前が希望したとしても、お前を導いた私たちには、責任があるとも言える。私たちがお前に信頼に応えることを望むのは、傲慢かもしれないな」

 俺はどう答えることもできず、ツバメがタバコに火をつけるのを、じっと見た。

 彼が顔を上げ、まっすぐに俺の視線とぶつかる。

「お前を信頼しているよ、ロウ」

 俺は黙って、頭を下げた。



(続く)

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