第9話 警官の素質
◆
僕は警察署の二階で、取調室にいた。
いたが、警官はあまりシャキッとせず、どこか間の抜けた感じで僕の事情を聞いていた。事情と言っても、ただコーヒーを飲んでいるところに悲鳴が聞こえ、外へ出たら老人が殴られていた、としか知らない。
そんな僕の話に、警察官は律儀に相槌を打つ。
ここで強硬な姿勢に出ないあたりが、いかにもこの島の普通の警官ではある。
そんなことを思っていると、本当の警官と言ってもいい男性がやってきた。ノックもせずにドアを開けてやってきた男性は、背広を着ているけど、見るからに高級な背広だ。
「俺が後は引継ぎますよ」
そういった男性を、警官がまじまじと見て、わずかに顔をしかめる。だけどすぐに愛想笑いを作ると、「後をお任せします」と部屋を出て行った。
「あまり刺激すると死んじまうとは、難儀なことだ」
そう言いながら、男性は去っていた警官と入れ違いに席に座る。
「南候補生、何を見た?」
男性はイレギュラー候補生の教官役の男性で、本職はイレギュラーで構成された課である、強攻課の一員だと聞いている。名前は、朽木シバ。
「男性がご老人を殴りつけているところを見ました」
「一度か?」
「僕が見た時にすでに出血が酷かったので、数回は殴られていたと思います。僕が見ている前でもう一度、殴りつけて、さらにもう一発、というところで僕が相手を取り押さえました」
「男の様子は?」
「そうですね」記憶を辿る。「僕が取り押さえた時には、特に異常はありませんでした。いえ、それが異常と言えば、異常ですけど。僕に抵抗した時の力は、明らかに全力でした」
ふぅん、と朽木シバは椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じた。
「あの男はどうなりましたか?」
不意に疑問が浮かび、訊いてみると、「死んだよ」とそっけなく返事があった。
「ピースメーカーで、ですか?」
「それ以外にあるか?」
ないですけど、と答えるしかない。
きっと朽木シバも考えているだろうけど、あの男にピースメーカーが起動して罰を下したにしては、それがあまりに遅すぎる。
老人の怪我を見れば、最初から本気で殴りつけたのは歴然だ。そんな暴力を振るえば、最初の一撃、あるいはそれ以前の衝動が、ピースメーカーを活性化させるだろう。
でも男は数度の打撃を現実に行っている。
「良いだろう、南候補生。老人を助けたことは誇って良い」
いきなり姿勢を正し、椅子を鳴らしながら朽木シバが立ち上がった。どうやら僕も解放されるらしい。
「訓練の成果を現場でいきなり出すことは難しいことだぞ」ポンと肩に手を置かれる。「今回の件は評価には直結しないが、それでも俺の中ではお前は良い警官になるだろうと思えるよ」
どこか恥ずかしくて、ありがとうございます、と応じる声も、よそよそしくなってしまった。
もう一度、肩を叩いて、そのまま朽木シバは部屋を出て行った。僕も立ち上がり、鞄を手に通路へ出る。そこで朽木シバの前に取り調べをしていた警官が待っていて、案内します、と先導し始めた。
僕のようなただの高校生にも、へりくだらなくてはいけないとは、やはり人工島はどこか不自然だ。
警察署を出ると、すでに日が暮れかかっていた。
携帯端末を取り出し、一応、潮ナギに無事に解放されたことを伝えておいた。両親にはすでに帰りが遅くなることを連絡してある。
家に帰ると、父がリビングでテレビを見ていた。「おかえり」と「ただいま」が交わされ、今はいない母が仕事に行く前に用意した食事を、リビングで食べる。
父はテレビを見ながら、最近の学校について質問してきた。当たり障りのない話をする。クラスメイトの陰口さえも危険なので、自然、褒めるような内容ばかりになる。
「お前自身はどうなんだ、レオ」
そう言われて、ちょっと考えた。
「平凡かな」
思わずそう口にして、自分が自分を突き放して観察しているのか、父の心を刺激しないように、当たり障りのない言葉を選んだか、わからなかった。
疑問に思考の一部を絡め取られている僕に気付かずに、父は笑いながら、「それでいい」とただ口元を緩ませていた。
カーストを作れば、必ず上のものと下のものが生まれる。下のものを否定すると、ピースメーカーが速やかに諌めてくる。痛みを伴って、というより、痛みをもって。
だから誰もがカーストを否定し、平凡であること、画一化されていることを願う。
しかもそれは、他人を尊重することで生まれる画一化、理解と共感による平等ではなく、自分の中だけでのものだ。「自分は他人を傷つけないでいたい」という思いからくる、「傷つけてしまう他人はいない」という不自然なカーストの否定。
僕はまだ学校くらいしか知らない。社会に出れば、また違うのだろうか。それとも、人工島の中の社会は、やはりどこも似たようなものなのか。
食事が終わり、素早くお風呂に入り、自分の部屋へ移動した。
机の上の端末で勉強していると、通信が入っている告知が出た。
星野だ。
素早く操作すると、投射モニターにウインドウが開き、少年の顔が浮かび上がる。
「やあ、星野。元気?」
少年、星野が笑う。
『お陰様で、元気だよ。そっちもまだウイルスに殺されちゃいないな』
いつものやりとりに、どこか安心する。
この程度の挑発は、僕の中では、というか星野との間では、日常だ。
僕はそっと椅子に座り直した。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます