第6話 証明への道

     ◆


 俺はそれから、様々な訓練を受けた。

 超長距離を踏破する訓練、体術の訓練、そして銃器の扱い。自動車やその他の車両の運転も学んだし、その中には航空機さえあった。航空機はシミュレーターとマニュアルだけだったが。そして、様々な電子的な防御に対する攻撃方法と、その無効化もある。

 中でも特に銃器の扱いは、困難だった。

 ただ引き金を引けばいいわけではない。正確に的を射るためには、体の使い方が重要だし、それと同じくらい、銃の特徴やクセを即座に把握する必要もあった。

 さらに拳銃から自動小銃まで、どんな銃でも分解し、整備することができるようになるように、叩き込まれた。

 夏休みの二ヶ月はあっという間に終わってしまった。

 しかしこの二ヶ月で、俺は一つの段階を突破した手ごたえがあったし、密売における仕事も変化した。

 ツバメの部下で「ヒバリ」と名乗る中年の男の護衛をしろという。

 ヒバリは頻繁に、いくつかの暴力団の事務所に顔を出し、そこで様々な折衝を行う。そこに同席する、ということは、密売業の一部を教えることと同義だった。

 俺のような若造が暴力団の事務所に平然と入るのだから、彼らはそれほど穏やかではいられない。

 しかしそこはヒバリが押し通した。ヒバリやツバメたちがどこかから手に入れて商っている麻薬は、暴力団にとっても重要な資金源だからだ。

 さらにヒバリは様々なものを商売していることも、俺は知った。

 銃器、弾薬、爆薬はもちろん、偽造パスポートから偽造紙幣まであった。

 どこまでがイーグル商会の内部になるのかわからないが、資金洗浄、身元洗浄なども行うようだ。場合によっては海外への高飛びの手配さえした。

 そんなことを半年も続けたが、俺は密輸された銃器の分解と整備の訓練を自分の下宿で続けた。銃器の所持はシュテンからの命令で、ヒバリの仕事に関われば、いずれ身を守る必要がある、ということだった。

 シュテンはたまに下宿へやってきて、俺にテストのようなものを課した。

 彼は俺を下宿から連れ出すと、路上駐車されている電気自動車を盗むように指示する。俺は反論せずに、スマートに認証を破って、中に乗り込む。シュテンは助手席だ。

 車を走らせ、どこへ向かうかと思えば、速度違反を犯せ、という。従うしかない。

 すぐに速度検知器に引っかかり、電子的に管理されている自動車が警察からの通信で、停車しそうになる。それを破れと言われるので、俺はやはり、その警察による自動車への強制的なコントロールを欺瞞する。

 車は走り続け、今度はパトカーがやってくるが、シュテンは少しも動じずに、振り切れ、という。

 そうなればカーチェイスだ。

 結局、郊外の山の中で自動車を捨て、俺とシュテンは夜の森を突っ切って行く。冬なので相当に冷え込んでいる。吐く息が白く染まった。歩き続けるうちに人家が増え、舗装された道を辿ると、どこかの駅に辿りつく。電車なんてとっくに終電を迎えている。

 今度は駅のそばの駐車場の誰かの車を盗み、今度は安全運転で、俺の下宿に戻る。

 それでもう朝になっている。シュテンは特に労いもなく、去っていく。

 どうやら俺はただの密売屋ではなく、暴力と犯罪に頭の先まで沈んだ、何かのマシーンになっているようだった。

 それは少しも構わない。

 俺の家族を破滅させた奴に、報いを受けさせることができれば、それでいいのだ。

 両親は病院から退院させられ、高齢者や重病者が終末医療を受ける施設に移っていた。両親ともに、やはり意識は回復しなかった。ずっと眠り続けている。生きているというより、生かされている、としか言えなかった。

 春が来て、夏が来る。夏休みにはまた、海外へシュテンとともに旅に出た。

 旅の前、春になった頃、シュテンは俺に語学を身につけろと命令し、夏の旅はその確認のようなものだった。最低でも英語を覚えろ、と言われていたが、向かった先はアメリカで、そこで一週間、一人で生活しろという。

 必死に身に付けた英語は意外に使うことができたが、一週間が過ぎた時、「勉強不足だ」と久し振りに顔を見たシュテンに言われた。どこで何を見ていたのか、疑問に思ったが、後になってみれば推測はできる。

 彼は完璧な英語を話す。それも日本人とは思えない、ネイティブな発音でだ。だから、アメリカ国籍の日本人のふりをして、俺が過ごした古いアパートの周囲で、奇妙な日本人の噂を聞いたのかもしれない。

 アメリカでは銃器の射撃訓練も特訓という形で行われた。こちらは「悪くない」という評価だった。

 爆薬も実際に扱ったが、現地のどういう職業の人間かわからない男性が、俺の手元を見ながらわずかに顔を青くさせていたのを、よく覚えている。

 テロリストは爆薬を多用するが、時限装置や何らかの罠を製作する時、事故で自分が吹き飛ぶことがままああるらしい。

 そうして二ヶ月はまた過ぎ去った。

 大学生活と闇稼業の往復。大学は四年で卒業し、俺はどこにも就職せず、家でできる仕事をこなして最低限の収入を得ながら、さらに闇の中の仕事を続けた。

 二十四歳の夏、例の如く、俺はシュテンと共にアフガニスタンにいた。ここもまた、いつまで経っても神の恵みが届かない、世界の中の日陰のような場所だった。

 夜で、俺はシュテンと、彼が連れてきた武装した現地人四人と、何のために作られたのかわからない山の斜面にある小屋で休んでいた。

 かすかな音に俺が目覚めた時、反射的にシュテンが寝ている方を見ると、彼も身を起こしていた。

 いきなり彼に腕を掴まれて、床に引きずり倒された。

 反論する間もなく、銃撃の嵐が小屋を貫いて吹き荒れる。現地人四人のうちの三人がそれで死んだ。

 言葉もなく、シュテンが中国製の自動小銃を俺に押し付けた。

 銃撃が止むと同時に、俺とシュテンは反撃を始めた。相手は四人で、どうやらこれは現地の武装勢力の小競り合いの一環らしかったが、正真正銘の命の取り合いだ。

 そこで俺は初めて人を殺した。殺したはずだが、不思議と何の感慨も湧かなかった。

 むしろ、何かが証明された気さえした。

 俺は復讐を遂げることができる資格を持っている。そのことが、証明された。

 それからさらに時間が経ち、俺は二十七歳になろうとしていて、国内外で何回か、暗殺といえば聞こえはいいが、実際にはただの汚れ仕事を引き受けて、無事に完遂していた。

 シュテンに呼び出されて、向かった先は港にほど近い倉庫で、そこでツバメが待ち構えていた。

 初めて会った時から十年が過ぎているはずなのに、ツバメはまるで歳をとっていない。あの時の老人のまま、今も老人だ。

「そろそろいいんじゃないかな、シュテン」

 そう言ってツバメがシュテンを見ると、シュテンはただ「はい」と答えた。

 よろしい、とツバメが頷き、タバコに火をつけた。

「ロウ、お前が知りたいことを、教えよう」

 ふぅっと、ツバメが煙を吐いた。

 いつかと同じ、苦味と甘味がない交ぜになった匂いが、漂った。



(続く)

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