第5話 奇妙な人々

     ◆


 僕は学校が終わり、訓練もないので港の様子を見ていた。

 ガードレールに腰掛けて、そこを見ていると、島の外の人達がどんな印象をこの島に持っているか、よくわかる。

 大半は、興味深そうに周囲を見ている。残り半分は、自分が港で打たれたばかりのウイルスに対する不安に支配されているか、この島の平和という奴を試そうとする挑戦者気取りかのどちらかだ。

 誰かが僕の横にやってきたと思うと、クラスメイトの女子だった。

「今日は訓練はないの?」

 穏やかな口調。静かな調子。

 この島には、やんちゃやオテンバは存在しないこと、それがやや異質であることを、僕は星野から学んでいた。

 そう、ピースメーカーは、実に多くの可能性を奪っている。

 僕たちのような二世は特に、感情の起伏を失うことが多い。例えば少しでも他人に害意を持つと、ウイルスが攻撃を始める。子どもは悪ふざけでクラスメイトを攻撃し、それで昏倒することも多い。

 逆に言えば、この島に虐待という要素は存在しない。体罰もだ。そんなことをすれば、自分の命が危ない。激しい叱責なども危ないので、誰もかれもが穏やかになる。

 だから、僕の隣にいる女子も、あるいはもっと、気性の激しい人格になる可能性があったかもしれないけど、それはこの島では危険を呼ぶだけだ。

 僕が訓練が休みだと話すと、「ちょっとお茶しない?」と誘われる。断る理由もないので、僕は承諾して、ガードレールを降りた。

 僕たちが並んで歩く街頭ですれ違う人たちは、まっすぐ前だけを見ているけど、どこかよそよそしい。

 これは僕の主観だけど、人工島における一つの形として、他人と接触することを極端に避ける、ということがある。

 それはつまり、他人と接しなければ、怒りや憎しみがわかないという単純な防御行動なのだ。

 だから人工島での結婚率は横ばいでも、夫婦別居が一定数、存在する。この辺りの数値は僕や隣にいるクラスメイトのような二世が、結婚適齢期になった時、また変わるんだろう。

 人工島に何軒かある喫茶店の一つで、僕たちはテーブルを挟んで向かい合うと、学校の勉強について話し始めた。僕も彼女も、ピースメーカーの反応する領域をおおよそ知悉している。だから、器用に、話題を選んでいく。

 クラスメイトを嘲笑うこと、批判することでさえ、ピースメーカーは律儀に平和を守ろうとするから、慎重な会話が絶対だ。

「イレギュラー候補生ってどういう人たち?」

 珍しくクラスメイトが、そんな質問をしてきた。アイスティーをストローで吸いながら、上目遣いでこちらを見てくる瞳にあるのは、好奇心だ。

「どういう人たちって」僕は思わず笑みを見せていた。「普通だよ。自然な人たち」

「自然に人を傷つけられるの?」

 危険領域だよ、と指摘しようとした時に、彼女が顔をしかめて、額に一気に汗が噴き出した。

「大丈夫?」

「うん、ちょっと、考えすぎちゃった」

 これが人工島の住人の日常だ。

 僕たちはまた安全な会話に戻り、十七時を告げる広域放送の何かの童謡のインストゥルメンタルを聞いたところで、店を出た。

 手を振って別れ、僕は家に帰ることにする。

 イレギュラー候補生はその生活を保障するために、本当のイレギュラーほどではないけど、手当が支払われる。僕はそれを全額、両親に渡していた。

 普通の家庭だったら、高校一年生の息子が自分で稼いだお金を全部渡す、と聞いた両親の反応として、それを押し留めたり、遠慮することもできたかもしれない。

 でもそんな可能性すらも、ピースメーカーは奪っている。

 口論になって気が高ぶれば、やはり危険なのだ。

 いったいこの島の平和って、なんなんだろう?

 両親は共働きなので、人工島の中央部に近いところにある高層マンションに住んでいる。中から高程度の所得者が揃っている、人工島の中でも形の上ではエリートの住まいだった。ずっと前、両親はそのことを、天の恵み、なんて表現していた。

 元は本土で埋もれるだけだった自分たちが、この島に来て、実験の被験体になることで、仕事と、一流の生活を手に入れた、ということらしかった。

 僕からすれば、どこに住んでも、何を食べても、どんな仕事をしても、生き甲斐さえあれば、それで満足かもしれないけど、そんな些細な価値観で、両親を否定するほどのことはない。

 誰もにそれぞれの幸せがある。そして、人間の体はひとつ、人生も一度だけだから。

 防犯の必要がないはずなのに、一階には個人認証をする端末がある。こういう昔ながらの様式も、きっとある種の人間には贅沢のひとつなんだと思っている。

 二十四階で降りて、エレベーターから一番遠い角部屋へ。

 玄関も個人認証で解錠し、中に入り「ただいま」と声をかける。遠くで「おかえりなさい」という声がした。キッチンに顔を出すと、母が料理の最中だった。

「おかえりなさい、レオ。今日は唐揚げよ。すぐできるからね」

「わかった」

 自分の部屋に行き、制服から部屋着に着替えた。リビングへ行き、テレビを見ているうちに、母が料理を運んでくる。全てがテーブルに並んで、壁の時計を母が気にした途端、玄関の開く音。父が帰ってきたのだ。

 人工島の奇妙な実態。

 時間通りに行動しないと、他人に余計な負担をかけるので、気を使うべし。

 こうして我が家ではいつも通りの時間に、家族三人で何事もなく食卓を囲んだ。




(続く)

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