おまけ1 星の記憶1

――国立歴史博物館――

この博物館は、レヘイム州コッペ市ダラス地区1丁目に建てられており、地区の中央にある州庁舎の敷地と隣接している。館内には大昔の人々の生活の様子や、使用していた食器、農工具等を展示している。そして、その中には、2世紀にこの地を治めていたスバルタカシが建てたフワン(パンに似た食べ物)工房があり、館内の中心には彼とその仲間達を讃えた石碑がある。

「博物館なんて久しぶりだな。」

館内に入ると、外とは別空間と言えるほどの静寂な空間が広がっていて、興味深げに展示品を眺めている何組かの訪問客グループの姿がある。入口からすぐの広い部屋の中央にはタカシ達が使っていたフワン(ベーグルパンと似たもの)工房が設置されていて、何人かの訪問客が仕切の外から当時の様子を再現した室内を眺めているようだ。フワンを焼く為の大きな釜などは当時のまま同じ位置に残されている。ヴィステは他の訪問客の後に付いて様々な形をした農耕具などを見物しながら館内を歩いていく。すると、近くを歩く親子の会話が聞こえてきた。

「へ~・・・1000年以上前の時代でも、結構色んなものを作っていたんだね。」

「せんせいが、おおむかしのひとたちは、こだいぶんめい?を、さんこうにしてたっていってたよ~?」

「古代文明か~、なんかロマンがあるね。」

感心しながら展示品を見つめる親子。その微笑ましい様子にヴィステもクスッと微笑する。物がなかった時代だからこそ、工夫して生活をしていたのだろう。そこら辺はどこの世界も同じだ。

「古代文明って、悪魔に滅ぼされたんだっけ?」

「せんせいも、そんなこといってたよ。ほんとうなの~?」

「実際のところはどうなんだろうね。ミミ教会の教えだと、神様が怒って悪魔達を滅ぼしたって話なんだっけ?」

――ミミ教会――

創造主ミミを崇める宗教団体。教会の長たる聖王を頂点として組織されており、神と5人の守護天使の存在を信じ、守護天使の1人にしてこの星の管理者“シャリーヴァ”から天啓を受けたり、実際にその姿を見た者もいたりするらしい。また、この教会は古代から存在していたらしいが、古い文献では当時は別の守護天使“フレイド”がこの星を管理していたという。ただ、古代末期から先史時代にかけて不自然な点が多い。

「どうせ滅ぼすなら、悪魔が暴れる前に滅ぼしてくれれば良かったのにな。」

「せんせいも、そんなこといってたよ~?」

「きっとあれじゃない?神様は悪魔に対しても優しいのよ。」

妻らしき女性の言葉を聞いてヴィステは微笑する。確かに、神が全てに平等ならば悪魔にもきっと優しいのだろう。なぜならば、悪魔の類が生まれる法則を創ったのは、他ならぬ神自身なのだから。しかし、だからこそ、神は何も手出しが出来なくなってしまうのかもしれない。

“チャオもシャリーヴァ達と同じ括りにされているのか。基本的に人間の前に姿を見せることないから、それも仕方ないか・・・”

ヴィステはしばらく歩いて外側の展示品を一通り見終わった後、部屋の中央にある工房を見学した。部屋にはフワン職人と思われる人形も何体か大きな作業台を囲むようにして飾ってあるのだが、1体だけ一際大きな人形が立っている。すると、再びさっきの親子の会話が聞こえてきた。

「あのごついのがスバルタカシか。」

「ムキムキマッチョだよ~?」

「180cm以上ありそうね?他の人形が小さく見えるね。」

当時の成人男性の平均身長は158cmなので、スバルタカシは当時としてはかなり背の高い人物だった事が分かる。悪魔の軍勢との戦いで額や腕等に負った複数の傷痕まで再現しているようだ。

「あんなマッチョな人が一生懸命フワンの生地を練ってたって想像すると、ちょっと面白いな。」

「たべた~い!!」

「今の職人達よりも良い生地が出来てたりしてね。」

夫婦はクスクスと笑い合い、傍に立っている幼い女の子がその場で元気よくぴょんぴょん飛び跳ねている。その子の動きを見てヴィステも思わず微笑む。そして、しばらく館内を見て周った後、ヴィステは館内の中心にある柵に囲まれた石碑の前に立った。

“この石には強い思念が宿っているな。ヴィーナが何かを伝えたかったのかもしれないが、これなら、当時何があったのか、ユリコの過去が少し分かるかもしれない。”

柵に囲まれた石碑の前に立つヴィステ。目を閉じて石碑に向かって念を送る。すると、ヴィステの体がぼんやりとした不思議な光に包まれ、彼女と共鳴するかのようい石碑も光に包まれた。近くにいる親子連れやカップルが何事かと驚き戸惑っている。そして、ヴィステの脳裏に星の記憶、戦士達の戦いの記録が映し出された。


――星の記憶~ダラスの戦い~――

時は2世紀後半。フローラ国(現フローラ州)の東に位置するグラックス国では、国王ネロンによって重税を課されたり、王権神授説を唱えて奴隷制を敷いたりと国民が圧政に苦しめられていた。そして、171年にタカシがフローラ国の女王クレノサクラの命令により、35名の剣闘士達を引き連れて、悪政を敷くネロンを打倒して奴隷達を開放すべくグラックスへと向かった。少数で向かったのは最小の犠牲で最大の成果、即ちネロンの捕縛を成功させることを目的としていたからだ。そして、気配を殺す為に空を飛ばずに地上を走り抜け、そのままグラックス国城下町から5kmほど離れた自然保護区域に身を潜めて夜中まで待つ、その手はずだったのだが、彼らが待機場所で作戦の最終確認をしている最中に、突如としてグラックス王国に大量の悪魔達が襲来したのだ。

“バチバチ、バチバチ・・・”

時刻で言えば19時過ぎ。季節は夏に差し掛かったばかり。樹木に囲まれた河原で火を起こし待機する36人。フード姿だが、中身は鉄製の武具で固めた完全武装のマッチョメンズだ。座っている岩にはいくつもの鞘に納められた剣が立てかけられている。彼らは商人から事前に入手したグラックス城の簡単な見取り図を手に作戦を話し合っており、その中心にいるのがスバルタカシだ。

「売られた娘達は城の地下に監禁されているはずだ。」

地下に奴隷として監禁されているのはフローラ国とホロッカ国で行方不明となっている10代~20代の若い娘達だ。彼女達は両国が許可していない人身売買によって売られた娘達で、この事実はフローラ国で捕縛されたグラックス国の悪質高利貸し商人によって明らかにされた。その後、フローラ国女王クレノサクラがグラックス国王ネロンに娘達を開放するように要求する秘密文書を送ったのだが、知らぬ存ぜぬとして拒否され続けた。そして、強行策として今回の制圧作戦が取られたのだ。

「妨害する者は排除する。王の命令に従わざるを得ない者であっても、決して情けを掛けるな。それが逆に自分達の命取りになると思え。」

タカシの言葉に隊員の目が鋭くなる。彼らは今回の作戦の本当の目的を理解していた。それは、奴隷達の開放を口実にしたグラックス国制圧である。

クレノサクラは14歳の頃から国政に関与するようになった才女で、対外交渉を有利に進めるなど10代とは思えぬ手腕を発揮し、18歳の時に家臣や国民から絶大な支持を得て実の父親である国王を引退に追い込んでいる。そして、兵士の中から特に有能な者を選抜して自身専属の諜報部隊として組織した。これが剣闘士部隊である。剣闘士というのは表向きで、裏ではサクラの命令によって大陸内の国々の秘密情報等を探らせていたのだ。そんな彼女は20歳の時に、無能なネロンが大陸最大の城郭都市を持つグラックスを治めているのが気に入らず、何とかして略奪できないか画策していた。そして、21歳の時に、ネロンの愚行を知るや否や制圧作戦を計画したのだ。

「今夜は確実に夜中まで宴が行われるはずだ。娘達を保護しつつ、ネロンを除く関わった愚か者どもを始末する。」

ネロンは月に1度だけ必ず地下の広場で宴を行い、税を納められなかった男達に殺し合いをさせ、売買と称して攫ってきた見た目良好の若い娘達に色々と奉仕させている。彼女達の存在を国民は知らず、王族と商人、兵士の一部だけが知っている秘密の宴となっている。今夜の作戦は宴が行われるのを把握した上で実行されたのだ。

“プ~ン・・・、パチン!!”

蚊を叩き潰した音が闇夜に響き渡る。

「しかし・・・、何でネロンはそんな宴を?」

「分からん。先代国王と王妃が3年前に相次いで病気で他界してからやりたい放題だったみたいだからな。」

先代国王アウグスタフは、先々代国王のヨシモトが行っていた旧時代からある王都の再開拓事業を継いで、大上下水道網が張り巡らされた広大な城郭都市を築き上げるなど偉業を成した人物だった。しかし、そんなアウグスタフとその妻グローシアが相次いで病死してしまい、一人息子のネロンが王位を継いだのだが、まだ20歳と若く、先代に仕えていた側近や兵士達をいいようにこき使って傍若無人ぶりを発揮しているのだ。

“プ~ン・・・、パチン!!”

蚊を叩き潰した音が闇夜に響き渡る。

「捕縛するにしても、向こうには兵士長シュバイケンがいるぞ?」

兵士長シュバイケンは20年以上も国に仕えるベテランで、38歳にしてグラックス最強の剣士としても有名だった。先代がフローラ国に訪れる際には必ず護衛としてついてきており、スバルタカシ達も顔見知り程度の関係となっている。

「出来れば剣を交えたくないが、場合によってはやるしかない。」

サクラはあくまでもネロンを生け捕りにし、彼を民衆の面前に突き出した上で、これまでの悪行の数々を暴露し、市民に断罪させるつもりだ。

「女王はその方がグラックスを支配する上で市民の信を得られやすいとお考えなのだろう。」

――城塞都市ダラス――

城郭都市ダラスは城の周囲を居住区域で囲んだ設計となっており、大陸内で当時最も広大な人口建造物としても有名だった。そして、居住区域は大きく12ブロックに分かれており、各ブロックの地下に張り巡らされた地下水路を経由して排水などが外に流れるダンタリオ川に繋がるようになっている。水路と言っても、管理上の関係で人が行き来できるような造りになっていて、タカシ達はその中で警備が手薄になっている箇所を利用するつもりなのだ。勿論、そこはダラス兵や王族しか知らないはずの場所。

「各自、建物と地下水路の配置図をよく確認してくれ。」

円状の水路に囲まれた土地にある城は全て石造りとなっており、5階建ての中央棟と、広々とした空間を持つ会議棟、晩餐会等が行われる遊戯棟の3つで構成されている。玉座や王の寝室があるのは中央棟で、ここの地下から遊戯棟の地下空間へと行くことが可能で、更に非常事態に備えて外への非常通路もある。地下空間は昔から避難所として利用されていたのだが、ネロンがここを闇の宴の場として模様替えを行った経緯がある。もちろん、地下関連の構造については一部の者しか知らない。ただ、人身売買等を行う闇商人は当然の如く知っている。その通路を使って娘達を搬入しているのだから。

「警備兵の人数の関係上、我々が利用する水路の見回りは朝方になる。それは1年前から続けていた調査で確認済みだ。」

全員がその地下水路を抜けて第3駐屯兵の待機所の地下に向かい、そこにいる協力者達と合流し、彼らが門番及び敷地警備と交代した後に城へ侵入する。

「娘達が囚われている地下牢から城の裏手、第6ブロックの中央を流れる水路に繋がっている。脱出はこのルートを使う。」

勿論、予定時刻にここを警備している者も協力者である。つまり、第3駐屯兵と第6駐屯兵の半数近くはフローラ国に寝返っているのだ。彼らはサクラに多額の報酬を要求しているわけではなく、単純にネロンのやり方に反発しており、サクラが事前に送っていた諜報員によって買収されたのである。

「我々の作戦も漏れていないとも限らない。場合によっては強行突破になる事も覚悟しておいてくれ。失敗は絶対に許されない。」

作戦予定では、タカシが率いる第1部隊を先頭にして中央棟に進入。そして、地上階を制圧する隊と地下へ侵入する隊に半々に別れ、第1部隊を含む地下部隊は地下の警備兵を制圧しつつ牢獄から奴隷達を順々に開放して出口の水路を目指す。その後は、連絡係の合図で地上階にいる部隊も外へ脱出し、全員が外で合流したらそのまま1度フローラに娘達全員を連れて帰る。

“プ~ン・・・、パチン!!”

蚊を叩き潰した音が闇夜に響き渡る。季節がらとは言え、ある意味では人類にとっての天敵だ。なぜならば、蚊を媒介にした疫病によって苦しめられる歴史が、それこそ古代から続いているのだから。特に恐るべきは“黒紋病”なる病気だ。

――黒紋病――

惑星ヴィーナ特有の危険な細菌による感染症。感染しても直ぐには症状が出ず、30日後に胸に黒い手形の痣が浮かび上がり、抗生物質を投与しない限り、そこから徐々に心臓の機能が低下していき、やがて壊死して死に至る。

「疫病は我々でもどうしようもないが、グラックス兵相手なら、その個々の力は我らが上回っている。だが、油断はするな。」

こうして、タカシらは各々準備を整えつつ時を待つことになった。頭上には美しい満天の星空が広がっており、満月の位置が彼らの時計代わりだ。蚊が飛んでいなければロマンチックな状況だ。男しかいないが。しかし、その時は突然に訪れた。

“!?”

突如として城下町がある方向から悪魔特融の邪気が感じられた。20km近く離れている為に正確には分からないが、方向的には間違いなく城下町だ。

「どうなっている!?何で、こんな時間に悪魔が!?」

悪魔は決まって正午過ぎに出現する。太陽が昇っている間はまだしも、夜に出歩いている姿は見たことがない。

「どうする?」

「このまま地上ルートでダラスを目指す。悪魔達の位置がある程度正確に分かる位置に辿り着き次第、場合によっては変更する。」

剣闘士達は焚き火を消して微量のファルスを纏うと、颯爽と木々が生い茂る森の中を走り始めた。暗い森の中を高速でフード姿の男達が駆け抜けていく。目的地に近づくにつれて徐々に強まっていく邪気。そして、残り10kmを切った時に確信した。おびただしい数の強い邪気がダラスから感じられたのだ。その数はざっと300は超えている。

「予定を変更する!上空から向かう!!」

“おう!!”

時刻で言うなら午後8時過ぎ。タカシ率いる剣闘士部隊はファルス(霊気)を全力放出して上空へと飛び上がった。夜空に稲光を放つ36もの光が輝く。

「あれは!?」

36人の目には分厚い赤黒い雲がグラックス城下町を覆うように空に漂っている。悪魔が出現する時は決まって上空に姿を見せる雲。しかし、今まで1度たりとも夜に悪魔が出現したことなどなく、だからこそ36人は驚き戸惑いを見せているのだ。

「行くぞ!!」

36人はそこから遠くに見える燃え盛るグラックスの城下町へと急いだ。航空ショーのように綺麗に隊列を組んで滑空する剣闘士部隊。

「3人1組で各ブロックに分かれて行動を取る!配置は各隊の番号だ!!」

「このまま上空から城へダイレクトアタックを仕掛けなくて良いのか?」

感じ取れる悪魔の数は400以上ありそうだ。しかも、そのどれもが今までにないほど強い邪気を纏っている。だからこそ、この状況を利用すればいきなり城に攻め込んでも大きな問題にならないはず。むしろ、囚われた娘達を救出する最短ルートになるだろう。しかし、タカシは踏み切れない。女王の望みは奴隷達の開放だけじゃなく、圧政に苦しむグラックス国民に自由と公平な市場と生活を与えること。今回の奇襲はあくまでグラックス国民の、そして、この大陸に生きる全ての人間の将来のためだ。

「娘達も救ってやりたいが、市民の救出を優先する!!」

“了解!!”

火の海と化した城下町まで300mを切った。タカシが手で散開を合図すると、それを受けて小隊はスタート地点の各ブロックへ向けて散り散りとなって飛んで行った。そして、それぞれがグラックス国を救うべく急下降して町中に降り立った。しかし、炎に照らし出されて36人の目に飛び込んできたのは、悪魔に殺され倒れ伏す警備兵や住民達。大きな唸り声を上げる巨大な獣の様な姿の悪魔も各ブロックで暴れまわっている。

「何て事だ・・・!!」

耳に飛び込んでくるのは住民の悲鳴、子供の泣き声。その光景に、その音に、男達の魂が怒りの炎で燃え盛る。

――許さん!!――

剣闘士達が身構えると、巨獣が敵意を剥き出しにして雄叫びを上げながら突進してきた。近くにいる悪魔達も剣を構えて巨獣に続く。そして、互いの気合の入った声と激しい衝突音が夜の町に響き渡って戦場と化す城下町。数的に圧倒的に不利な状況下だが、鍛え上げた剣闘士達の剣技は屈強な悪魔達を相手に互角以上の成果を見せていた。町中で暴れ回る悪魔達を切り伏せていき、大勢の住民を救出しては町の外へ逃げるように指示を出していった。



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