最終話 後日談4

――1週間後――

事件が解決して再びいつもの日常が訪れた。黒幕こそ捕える事は出来なかったが、実行犯のマイクと殺害を依頼したジーナが逮捕されて事件は一応の解決となった。それを受け、警察庁による記者会見が行われ、忘れ去られようとしていた3年前の事件は連日のようにTVで取り上げられた。しかし、殺した人間に化けるという泥人間こそ報道されたものの、それを裏で操る創世会についてはどこも報道する事はなかった。

“トゥルルルル・・・”

事務所の電話が鳴り響き、ヴィステが受話器の下へ歩み寄る。チェック柄の茶色系のジャケットとハーフズボンスタイルに黒いタイツと赤茶色の革靴。いつもスタイルだ。

“ガチャ・・・”

「はい、桜坂探偵事務所です。」

『あの~・・・、先日お世話になった、ラグウェルですけど・・・』

「あぁ、はいはい。ちょっとお待ちくださいね。」

ヴィステはそう言うと、事務所の入り口に向かった。そして、扉を開けて廊下に立つフィオナの姿を確認すると、笑顔を見せて中へ招き入れた。再び奥の応接室へと案内すべく通路を歩く。

「その後、どうですか?」

「えぇ、警察の事情聴取が終わったと思ったら、よく分からない取材の申し込みがたくさん来て色々大変ですけど、なんとか落ち着いてきました。」

「そうですか。お子さんの様子は?」

「元気にしてます。ただ、あんな事があったから、心に大きな傷が残ってなければいいんですけど・・・」

あんな化物達が目の前に現れてトラウマにならない方がおかしい。ただ、それは、普通の子供なら、の話だ。ロベルトは違う。救世主としての力を宿した時点で、その魂には一種の覚悟が生まれる。自分がそういう使命を負っている事を自覚していなくとも、本能がそれを受け入れるのだ。

「今日は、吉岡さんに?」

「えぇ。今日はカレンさんに預かってもらってます。あんな恐ろしい出来事に巻き込んでしまったのに恐縮なんですけど・・・」

フィオナの言葉にヴィステは微笑し、彼女をソファ席に座らせて紅茶を用意しつつ、自身もテーブルを挟んだ向かい側のソファ席に腰を下ろした。最初に会った時とは違って、フィオナの表情がどこか明るくなっているように見える。

「あ、料金って、あれで良かったんですか?てっきり、もっと取られるんじゃないかなって思ってたんですけど。」

フィオナのその言葉に笑うヴィステ。この事務所は基本料金こそ高いが、追加料金はそこまで高くはない。特に悪魔絡みについては、1体倒すと30ルカ(日本の相場でおよそ4万6000円)、追い払うだけなら3ルカ、10体以上は料金変わらず、といったもので、戦う相手がどんなに弱かろうが強かろうが料金は変わらない。ただ、基本料金が発生する依頼の中で発生する悪魔との戦闘については、一律して30ルカとなっていて、そこから更に追加が発生する事はない。

「料金は基本的に依頼を受ける際に提示した通りです。」

今回の依頼は基本料金が発生しているので、悪魔絡みの追加料金は30ルカとなる。これが仮に悪魔絡みのみの依頼だと、穢溜霧2体と魔威の討伐として90ルカ、汰魔鬼を追い払ったので3ルカの合計93ルカとなる。したがって、今回の依頼料は、基本料金に悪魔絡みの追加料金と、出張費(高速道路の使用量等)と成果報酬(駐禁反則金)が加算され、合計で234ルカ900セル(日本の相場でおよそ36万円)だ。

「悪魔退治としては、何か少し安い気がするんですけど。」

「そうですか?まぁ、私のとこには個人の方、というよりも、ビルのオーナーさんとか学校法人の経営者とか、事業主の方がよくいらっしゃいますね。」

「学校ですか?」

「女子トイレとかで見かけた事ないですか?透明な悪魔っぽい連中。」

「あぁ、高校に通っていた時、たまに見かけてた気がします。」

「あれって、実は、ジョージさん達があなたを助けた時に倒した連中の仲間みたいなものなんですよ。」

「仲間?」

悪魔達は肉体を失っても魂が消滅しない限り死ぬ事はない。そして、その魂は非常に強固な造りになっているので、よほどの強い衝撃を与えない限り破壊する事は出来ない。ただ、彼らは肉体を失ってしまうと、浮遊しているだけの思念体と化すので、襲われても特に命を落とすような事にはならない。

「彼らは“影人間”と呼ばれる悪魔の類なんですけど、このヴィーナという星を“牢獄の星”って呼んでいます。」

「影人間・・・。あれって、そんな名前の悪魔だったんだ。けど、悪魔が人間のことを想ったり、愛したりするなんてことあるんですか?」

「あります。現に、惑星ネイという、ここが所属する銀河の隣にある銀河にある星では、普通に人間達と共存しています。」

「信じられない・・・。けど、どうして牢獄なんですか?」

「肉体を失った後は、ここで囚人のように自由に暮らせない日々を送らなければならないからですよ。」

「死刑囚って事ですか?」

「いえ、彼らはそれぞれに与えられた拘束期間を過ぎると、各々の出身地に強制送還させられます。」

影人間達はその身に宿す邪気の強さに応じて拘束期間が自動的に決まるようになっており、それが経過するまではこの星の各地を漂う事になるのだが、期間が定められているのは、収容人数が増え過ぎないようにする為でもある。

「完全に消滅させることって出来ないんですか?」

「可能ではありますけど、かなり頑丈なんでめちゃくちゃ大変ですし、下手に思念体を破壊しようとすると、疫病とか、厄災の元になったりするんです。」

「厄介な生き物なんですね。大人しくしているなら、まぁ、いいですけど。」

「そうですね。ただ、やっぱり、気味が悪いってことで、学校とかから依頼が来るんですよ。追い払ってくれって。」

ヴィーナ人との戦いに敗れた悪魔達は、基本的に学校や企業の女子トイレとか女子更衣室、旅館の女湯等を縄張りにするので、全国各地の女子高校などからよく依頼がくる。ヴィステが施す結界は料金が30ルカで3年間有効なので、それなりに信頼を得ている。また、浮気とか事件の調査と違って、特定の場所から悪霊たちを追い払うだけなので基本料金は発生せず、追加料金も交通費くらいなので料金もミミ教会に頼むよりずっと安く済むから、という理由もある。

「浮気調査とか、人探しとかは、他の探偵事務所に持っていかれちゃう事が多いから、悪魔絡みを私の専門としているんですよ。」

「そうだったんですか・・・」

ヴィステの強さに納得するフィオナ。悪魔とどういった戦いが繰り広げられたのかは推し量れないところはあるが、あの時の彼女は間違いなくヒーローだった。しかし、そんな感謝と憧れの気持ちを表情に示すフィオナを、ヴィステはどこか申し訳なさげに見つめた。

「ラグウェルさん。あなたにお詫びしなければならない事があります。」

「なんでしょうか?」

「私は、アグナウェルを、彼を生かす道を選びました。」

「生かす道?」

「もしかしたら聞いていないかもしれませんが、彼は事件で使った拳銃で自殺を図りました。」

「マイクさんが・・・?」

フィオナはその事実に少し驚いたといった表情を見せた。モウリーニョからは、マイクが癌を患っていて、まともに刑に服すか分からない、という事実は聞かされていたが、自殺を図ったのは知らなかった。

「罪の意識に苦しみ、罰を恐れ、逃げて、挙句の果てに病魔に侵されて余命宣告を受けた。そして、自暴自棄になって罪を重ねてしまった。そんな自分への神罰だと思い、最後はせめて自分の手で終わらせようとしたのでしょう。」

「それを、山田さんが止めたんですか?」

「はい。私は彼を見殺しにする事も出来ました。依頼人のあなたの気持ちを汲むのならば、見殺しにすべきだったかもしれません。しかし、結局それは出来ませんでした。あの時、私には、救いを求める彼の心の叫びが聞こえたからです。」

「・・・それで良かったと思います。私もあの時、町田さんを殺そうとしました。けど、それを止めようとするロベルトの姿を見て、許しを請い続ける彼女の姿を見て、私の胸の奥につかえていた何かが消えていく感じがしたんです。復讐するのではなく、もう終わらせなくちゃって・・・」

「そうですか・・・」

「だからといって、あの2人を許したわけじゃありません。ちゃんと罪を償ってもらいたいと思います。」

「それで良いと思います。」

振り上げた拳を降ろすのは簡単に思えて決して簡単な事ではない。最愛の夫の仇を前にするならば尚のこと。そんな彼女を、彼女達をロベルトが救ったのかもしれない。その後、フィオナはヴィステからマイクが話したことや、彼の店を義弟のワルオが所有する事になったこと、事件の背後に潜んでいた神代や創世会のことを聞き、改めて事件を解決してくれた事を感謝した。これでようやくジョージに報告できると。

「礼には及びません。私は依頼をこなしただけですから。また、何か困った事があったら、いつでも相談しに来てください。」

「はい、本当にありがとうございました。あ、そうだ。来週の水曜日に大学で卒業演奏会があるんで、良かったら聴きに来てください。」

そう言うと、フィオナはバッグから2枚のチケットをヴィステに手渡した。演奏会の一般人向けの先行チケットのようだ。なぜ2枚なのか首を傾げるヴィステだが、どうやら、もう1枚はナイス髭ミドルこと虎之介の分らしく、思わず笑ってしまった。チケットなんかなくても、勝手に会場に入り込む輩だから尚更だ。ちなみに、先日フィオナの下に訪れたダイマにも3枚ほど渡しているらしい。

「分かりました。ありがたく一緒に聴かせてもらいます。」

2人は席を立ち、ヴィステが笑顔で見送る中、フィオナは一礼をして事務所を後にした。


                ――了――








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