第31話 後日談3

 ヴィステとダイマは大きな懸念をしている。それは、2人の救世主がマーサに誕生したからだ。この世界においては、救世主が生まれる候補の惑星は、ティファ、マーサ、ヴィーナ、ネイ、グレイスの5つある。そして、救世主として最も適した生物が住む惑星はヴィーナだ。それにもかかわらずマーサに集中したという事は、何か大きな厄災が近いうちに起きる、というのを示唆しているのだ。これが、オリジンによる救世主システムの嫌なところで、その世界で最も強い力を持つ人種等が住む惑星からではなく、近い将来において最も危機的な状況に陥る可能性がある惑星に生きる生物、或いは、存在するロボット等から優先的に選ぶのである。

「星喰いがいる時点で、少なくとも、1人はマーサで生まれるとは思ったけど、まさか2人とも、とはな。トップがトップだからグレイス人の可能性も高いと思ったんだが。」

「そうですね。ユリコがいるから、1人はここか、彼女がよく行くグレイスかと思っていたんですけど、ロベルトを特別枠にしたのが影響しているかもしれません。グレイスは今のところ、悪魔の類が出現する気配はありませんしね。」

「マーサに2人の救世主。それも近い場所。星喰いが動き出すのか、それとも、神代が何か大きな事件を起こすのか。」

「星喰いの今の状態からして、後者の可能性が高いでしょうね。それがいつになるのかは分かりませんが。」

昔のダイマなら可能性未来を見て事前に手を打っていたのだが、残り寿命が100年を切っている影響で、もはやその力はない。チャオはその目を持っているが対象範囲が狭く、下手に2人に近づけば確実にバレてしまう。シャリーヴァら4人の天使達は元からそういった能力を持ち合わせていない。ヴィステも能力の制限を受けているから可能性未来を見る事は出来ない。彼女としては非常に歯がゆい思いだ。オリジンによる能力や行動の制限によって惑星マーサに行くことすらできない。入った瞬間に、ルール違反と看做されてオリジンによって強制的に彼女の生まれた世界に転送されてしまい、救世主の案件が終わるまで、この世界には来られなくなってしまう。彼女の権限は、救世主に関しては無いに等しく、それは、彼女が救世主側に加担すれば相手側に対する明らかな不公平が生じるからで、例外的に、ダイマといった執行官及びエスカといった補佐官、並びに、ロベルトといった特別補助者の数名だけは干渉していい事になっている。

「例のロボットと宇宙船の計画は順調なのか?」

「微妙ですね。ロボットの方は研究者達を使って少しずつ作っているところですが、宇宙船の方は、フリーンで作らなければならない関係で、思うように進んでいない状況です。」

ロボットとは、ロベルトと同じく救世主を補助する為のもので、宇宙船とは、惑星フリーンから神星マタタビへ向かう為のものである。これらを作る為にダイマはエスカにティファの文明を発達させるように指示をしていた。

「まぁ、必ず間に合わせますよ。それに、下手に急いで作ると奴が何をしてくるか分かりませんし。」

「あまり力になってやれなくて済まないな。」

「いえ、この世界にいてくれるだけで、十分奴に対しての牽制になっていますよ。」

ダイマの力が年々衰えていっているのは邪念にバレていた。ダイマがジョージの事件を解決できなかったので、邪念との力の差がもうそれほど無いのは容易に推測出来ただろう。それでも警戒はされていたようだ。

「奴としては、俺の力が自分より下回るのは時間の問題と思っていたのでしょうが、あなたがやって来て焦ったでしょうね。」

この世界を調査したのはヴィステだ。その時に既にシステムに巣食っていた邪念は彼女の力を目の当たりにした。そして、恐れとも憧れとも呼べる複雑な想いを抱いて大人しくしていたのだ。

「ロベルトが生まれた後にあなたが来たことで、奴は視界を狭め、この星に意識を注いでいます。星というよりも、あなた、に。」

「そうだな・・・、確かに、常に感じているよ。」

ヴィステとしては複雑な胸中だ。それは、邪念の正体を知っているからなのだが、その点はダイマも知っている。それが誰のもので、どうしてシステムに宿っていたのかも。しかし、ダイマと違うところがある。それは、邪念を生み出した“その誰か”の事をよく知っているという点だ。

「ダイマ。綾子、この世界の前の担当議員とは話をしたのか?」

「ここのオリジナル世界の創造主ですよね。一度だけあります。」

ダイマはこの世界に邪気転送システムを設け、悪魔達に対抗する手段として人間を含む一部の生物達が霊気を放出できるようにしたのだが、その際に、担当議員である綾子から許可を得るべく、職員に配布される専用の端末を用いて交渉をしていた。その時点でダイマは、この世界が彼女の世界をコピーしたものだと、調査情報から分かっていた。この世界に巣食う邪悪な思念は、彼女が生み出したものだということも。

「あの子は何か言ってなかったか?」

「特に、ただ、いつも通りに仕事をしてくれればいいと。」

「そうか・・・」

ヴィステの脳裏に艶やかな赤いドレスを着た冷たい目をした少女の顔が浮かんだ。彼女は感情の起伏が激しく、命を慈しむ優しい一面がある一方、それらをめちゃくちゃにしてやりたいという歪んだ欲望を抱く一面もある。だから、オリジナル世界にも悪魔が存在し、その対抗手段として人間達に霊的な能力を与えているのだ。そして、その歪んだ欲望だけが強くなった結果が、この世界の邪念なのである。

綾子からしてみればいい迷惑である。自分の知らないところで自分が創造した世界が模倣され、その世界のシステムが異常をきたした上で、自分のところにそれらの情報が送られてきたのだから。ただ、オリジナル世界の神たる彼女には何の責任もない。

「ユリコと虎之介には?」

「いえ、そこら辺は何も。彼らがアヤコ元議員とどういう関係かは知りませんが、少なくとも、この世界に巣食う邪念とは関係を切り離した方が良いでしょうし。」

ヴィステは軽い溜め息をつく。その点が最も杞憂しているところなのだ。ダイマも何となく推測しているが、ユリコと虎之介は、綾子の両親がモデルとなって創造された幻想の生命体なのである。だからこそ危険なのだ。彼らが邪念に情を抱き、精神を支配されてしまう可能性があるのだから。

「オリジナル世界もあなたが調査したんでしたっけ?」

「あぁ、優先リストに入ってたからな。この世界を調査した時にすぐ思い出したよ。特徴的な銀河を持つ世界なんてそうそうないからな。」

「そうですね。」

ミミを撫でながら微笑するダイマ。そうなのだ。この世界にある5つの銀河は遠くから、尚且つ、特定の角度で眺めると猫の肉球マークに見えるのだ。ちなみに、ここや事務所での会話は邪念に一切聞こえないようにしてある。口の動きで悟られないように、外部からは靄がかかった状態に見える。

「1年前にも聞いたが、本気で計画書通りに進めるつもりなのか?」

「勿論です。俺の弱体化で既にエスカは同行者としての条件を満たしていますし、あと14、5年もすれば俺自身もその条件を満たします。」

「条件って、分かっているのか?執行官が同行するには、」

「分かっています。予定通り、俺は、男の子の魂に憑依します。マーサ人だったのは、かえって都合が良かったかもしれません。」

「都合が良いって、その子が死ねば、確実にお前は死ぬんだぞ?虎之介ならその子を生き返らせる事は出来るかもしれんが、取り憑いたお前については不可能だ。」

「覚悟の上です。7万年近くこの仕事をしてきましたが、本当の意味で命を懸けるのは初めてですね。情けないことに、今の時点で少し緊張していますよ。」

死を予感したのか、或いは、失敗を恐れているのか、ミミの頬を撫でるダイマの右手が少し震えている。すると、ミミが彼のその手をペロペロと優しく舐め始めた。その仕草にダイマは優しい眼差しをミミに向ける。

「もっとも、ここでの仕事が、俺の、評議院の職員としての最後の仕事になるんですけど。」

「だったら、尚更、安全策を取っていくべきじゃないのか?」

「そういうわけにはいきませんよ。今まで、何度も救世主達に対する申し訳ない気持ちを味わってきました。執行官は、あなた達と違って能力の制限をほとんど受けませんから。」

だから、いつも安全な場所から救世主達を導いてきた。命懸けで戦う救世主達を安全な場所で見つめてきた。エスカとてそれは同じこと。悪しき神々を粛清する時だって、直接対峙するから命懸けとはいうものの、実際は、圧倒的な力で、それこそ俺TUEEE状態で完膚なきまでに葬ってきたのだ。

「俺から見たら、あなた達の方がどうかしている。異世界ではどんな相手でも常に制限を受けて、明らかに追い詰められているというのに、それを楽しんでいる節もある。そんでもって、必ず逆転勝ちをするんですから。」

相手からしてみればたまったもんじゃない。最初こそ押していたのに、気付いたら背後のロープに背中をつけてしまっているのだから。勝てると思って意気揚々と戦いを挑み、気付いたら、すぐ後ろに、死という公平な結果が待ち構えているのだから。まるで最初から自分に狙いを定めていたかのように。

「この世界に関しては、最後の仕事に関しては、俺もエスカも命を懸けます。あなた達のように勝って、必ず世界を救ってみせますよ。」

調査官と違い、執行官は独立した機関である為、彼らの計画をヴィステたち外部が変更する事は出来ない。評議院の議員ですら出来ない。せいぜい提案といった助言をするに留まる。最終的に世界をどのように救うかは救世主達が決める事なのだが、基本的には執行官が作成した計画書通りに行われるのだ。

「難儀な仕事だな。」

「やってる事は、あなた達と変わりませんよ。」

「それじゃ、そろそろ帰るとするわ。」

「はい、お疲れ様でした。また、何かあれば、連絡をして下さい。」

「分かった。それじゃな、ニャンコ支店長。」

「ニャ~。」

会長室を後にして本社から車で駆けだすヴィステ。過行く街の景色の中、様々な思いを巡らせる。将来における救世主チームと創世会の全面戦争は避けられないだろう。向こうもそれを予定して準備を着々と進めているのだろうから。果たして、救世主達が任務を達成する前に、どれほどの犠牲者が出るのか。深い溜め息をつき、赤い車が公道を走り去っていった。




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