第30話 後日談2

“神様は残酷、か・・・”

マイクの言葉がヴィステの胸に深く突き刺さる。この世界の神であるミミは人間社会のことはよく分からないので、残酷だと言われても困るのだ。もっとも、ミミは創世した時点で世界システムに創造主としての力を少しずつ譲り渡している状態にある為、今のこの世界の神は、システムそのものとも言える。

「神としての実権はシステムにあるとは言え、この世界に生きる者達にとっては、ミミが神である事には違いない。その肝心の神がこれじゃな・・・」

ミミは呪いを掛けられてこうなったのではなく、最初からこうなのだ。そんな我関せずといった雰囲気のミミを見て深い溜め息が出てしまうヴィステ。仮に人間達がこの世界の真実を知ったらどうなってしまうのだろうか。謝罪会見を開いたところで、パイプ椅子にちょこんと座る“創造主ミミ”という文字のあるタスキを掛けた猫に責任を追求できるのだろうか。折り畳み式の長机の上に置かれたマイクの匂いをスンスンと嗅ぐか、テシテシと前脚で叩くかして、それらの音が室内に虚しく響き渡るだけなんじゃないのか。焚かれたフラッシュにびっくりして逃げてしまうかもしれない。

「まぁ、ミミもあなたには大いに期待していると思いますよ。よく懐いてしますし。」

「いや、それはここの従業員達に対しても同じだろ。」

ヴィステのツッコミに笑ってしまうダイマ。ミミは本社内を割と自由にうろついているので従業員達から可愛がられ、もとい、崇拝されている。当然ながら、従業員達はミミを創造主だと思ってはおらず、会長が飼っているペットだと思って慎重に且つ丁寧に接している。ちなみに、実体化したとは言え、普通の猫とは違って、食べたものは全てエネルギーとして吸収してしまうので排泄行為はしない。

「シャリーヴァ達も世間に真実を伝える気なんてなさそうだしな。」

「えぇ、ミミを庇おうとしているのでしょうけど、ミミ教会の事も考えると、なかなか難しいところです。」

「だよな。うちらが出しゃばる事でもないし。それより、フィオナにはもう1度ちゃんとロベルトの事を話しておいた方が良いぞ?記憶が無くなってるみたいだから。」

「分かりました。後日、俺が彼女の下に行って、もう1度、この世界の現状と救世主について話をします。あなたに関わったから、今度は忘れないでしょうし。」

「マーサの方は?」

「まだ2人の両親には教えていません。まだ奴にバレるわけにはいきませんから。ただ、一応、カノンには注意を払うように言ってあります。」

――天使カノン――

かつて専任で惑星ネイを管理していた水を司る天使で、四天使の内の序列4位に位置する。そして、今は大和国の有名な政治家一族“大門家”の屋敷に家政婦として住み込みで働きつつ救世主の保護に努めている。その理由は、世界システム、即ち、邪念にバレたら、2人の救世主だけじゃなく、その親族も皆殺しにされてしまう可能性が非常に高いからだ。

「2人ともマーサ人ってのが、かなりきついとこだな。霊力なんてほぼ皆無の状態だろ?」

「えぇ。ただ、大門家の子の方は、血筋の関係でそれなりに強い霊感の才を秘めています。それ以外にも、剣道、空手、柔道、弓道といった武術の才能もありますし、母親がプロのピアニストだけあってピアノの才能もあります。勉学でも優秀な成績を収めていくでしょう。剣道に関しては、世界大会で優勝を狙えるレベルです。」

「なるほど。優秀な頭脳に武術の才、それに強い霊感・・・、流石は、かの有名な鬼退治を成した光明の子孫だ。場数を踏めば優秀な戦士になりそうだな。」

大門家の令嬢なのだから、高校生くらいになれば、天才美少女霊能力剣士に育つのは間違いないだろう。しかし、ただ漫然と稽古を励む程度では、相手が悪霊ならまだしも、穢溜霧、即ち霊的な魔物となれば厳しくなってくる。修羅場を潜り抜ける経験が必要になってくるだろう。ちなみに、大門光明が討伐したのは、可愛らしい姿をした汰魔鬼ではなく、封印の綻びから流れ出た閻冥界のエネルギーを邪念によって与えられ、禍々しい鬼へと変身する能力を得た強欲な人間達である。

「それにしても、母親がプロのピアニストとは。」

ヴィステの脳裏に禿げ親父が過り、それを察したようにダイマはニヤリと微笑を浮かべながら少し頷いた。

「そうです。母親の小夜子は虎之介に運命を紡がれた者です。」

まさかとは思ったが、ヴィステは虎之介がやたら早く救世主の存在に気付いた理由が分かった。これはある意味では幸運だ。なぜならば、虎之介が運命を紡いだ、即ち、エネルギーを費やしたという事は、救世主としての力を誤魔化せるからだ。例え娘が死を回避しても、システムは虎之介が運命を紡いだ対象の子供を助けた、としか判断しないからだ。この1000年以上もの間に同様の事を虎之介がしているので不自然ではない。

「もう1人の方は?何か、秀でた才能は?」

「秀でた才能・・・、野球とサッカーの才能はありますね。両方とも全国大会で通用するレベルのものを秘めていますよ。プロの道はちょっと厳しいと思いますけど。」

「・・・そう。剣道とか空手とかは?」

渋い表情を浮かべるダイマ。戦闘に役立つ才能で秀でたものは持ち合わせていないようだ。運動音痴の母親の血が足を引っ張ってしまったらしい。ただ、彼曰く、父親に似て運動神経は優れているので、剣道や空手といった武道をかじらせれば県大会に出場できるレベルにはなるはず、とのこと。実際にやらせるかは別として。

「勉学についてはそこそこ優秀だと思いますよ。父親は高卒ですけど地頭が良いですし、母親は国立大卒で公認会計士として外資系の監査法人で働いていましたから。」

男の子とその両親のフォローに熱が入るダイマだが、聞いているヴィステとしてはリアクションに困ってしまう。確かに、頭が良い事に越したことはないんだが、救世主に必要なのは、やはり悪魔達をぶっ飛ばせる力だ。それに、勉強に必要な頭脳と戦場に必要な頭脳は違う。

「つまり、男の子に関しては、その子が小さい内にバレたらほぼアウトってことか・・・」

「そうですね。昔なら世界システムを騙すくらい簡単でしたが、今の俺の力では、2人のの力を誤魔化すのが手一杯です。」

「虎之介が口を割るとは思えんが、用心した方が良いかもしれないな。つっても、下手に動けばバレる危険性があるんだけど。」

「難しいとこですね。」

マーサ人とは言え、救世主である事には違いない。世界システムに巣食う邪念を打ち倒せるだけの力を秘めているのも間違いない。それをどうやって引き出すかに全てが懸かっている。

「そう言えば、男の子の方は大門家の女の子のご近所さんなんだっけか?」

「えぇ、困った事に。」

「困ったこと?」

「いえ、特に問題はないです。」

一瞬だが、ダイマの表情は明らかに動揺していた。その様子に首を傾げるヴィステ。虎之介も何か言おうとしていたようだが、それと関係があるのだろうか。どちらにせよ、救世主に関してはダイマに任せる他ない。

「2人の子供の周囲で、何か異変は起きているか?」

「いえ、まだ奴は2人に気付いていませんから、これといったことは。ロベルトが良い引き付け役になってくれています。」

「毎度の事とは言え、酷な話だな。」

ダイマたち執行官は救世主を導く際に、予め、特別に大きな潜在能力を持つ子供を用意しておく。そうすると、世界システムはそれを異常と認識し、その子供を排除しようと動き出す。この世界の場合は、その認識をもって、邪悪な思念もロベルトを危険要素と認識して排除しようと動き出す。

「ロベルトも、ジョージもフィオナも、彼らの両親も、世界救済という大義を成す為の必要な犠牲です。本命の2人は、何としても守らなければなりませんから。」

要するに、ロベルトは囮だ。本命の2人は、ダイマが保護の力をもって、邪念にその存在がバレないように細工を施しているのだが、それ以外にも何らかの手を打っておこないとバレる可能性が高く、だから、囮として特別な力を持つ子供が必要になってくるのだ。

「少なくとも、あと17、8年はバレないようにする必要があるでしょう。」

ヴィーナ人と違ってマーサ人は弱い。救世主というのは、潜在能力がいくら高かろうとも、スタート時点では弱い。普通の人間と何も変わらない。ロベルトと同じ様にヴィーナ人だったならば、彼と共にチャオの保護の下、キトゥンで修業させればいいのだが、元がマーサ人なので、救世主だろうがキトゥンの環境に耐えられない。救世主の力というのは、負のエネルギーに対抗する力であって、キトゥンのような純粋で濃度の高いエネルギーに耐えられる力ではないのだ。大きな負荷の掛かる空間で修業をするには、元から強い生体細胞を持っている、或いは免疫を持っている種族じゃないと駄目なのである。

「下手にマーサ人でも耐えられる異空間を創っても、実戦を想定した訓練をさせたりすればバレる危険性もありますし、地道にバレないレベルで修行させていくしかないですね。」

「そうだな。カノン達も護り切れないだろうし、虎之介も忙しい身だから、逐一2人の事を気にしてはいられないだろうしな。」

救世主の厄介なところは、天使や冥王といった超越者達の力の恩恵をほとんど受け付けない事にある。これは、世界システムが創造した様々な弊害を乗り越える為の免疫力と呼べるもので、負のエネルギーだけじゃなく、正のエネルギーでさえも受けつけ難くなってしまうのだ。だから、虎之介が2人を保護する為に何らかの細工を施しておいても、確実にそれが発動するとは言えないのである。

「あいつが完全体になったとしても、ロベルト達が死んだ時に、生き返らせられるかどうか微妙なとこだしな。」

「えぇ、そこら辺も考えると、やはり、地道にマーサで修行させていくしかないですね。」

「けど、マーサで起きている悪魔絡みの事件なんて、せいぜい悪霊騒ぎくらいだろ?」

――悪霊――

この世界には大きく分けて2種類の悪霊が存在する。まず1つは、欠損した魂に邪気が入り込んで暴走したタイプ、もう1つは、生物の思念が具現化して邪悪化したタイプである。前者は、魂が元なので、どこに潜んでいようとも虎之介、或いは、シャリーヴァといった各惑星の管理者が有無を言わさず各衛星へと強制連行してしまうので問題は起きないのだが、後者は、虎之介達も意識して探したりしないので、奇怪な連続殺人事件などの問題がしばしば起きる。ミミ教会が行う除霊の対象は基本的に後者である。

「マーサ人にとっては恐るべき怪物ですが、それでも物足りなさは否めません。」

「そうだな。下手したら、大して力を引き出せない状態で旅をスタートさせなきゃならんかもしれないな。」

「そうですね・・・」





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