第29話 後日談1
――激闘の翌日――
創世会幹部との死闘を制したヴィステは、その報告がてら、事務所から車で10分ほどのコンゴウ区猫手町にあるアクマ商会本社ビルへと向かった。
「どこも再開発が進んでんだな・・・」
車の窓越しに見える建設現場。最近は都市部を中心に再開発が行われているせいか、変わらない街並みを見かけると、まるで過去にでも訪れたような気がしてくる。そんなこんなで本社ビルのすぐ近くまで辿り着いた。
――アクマ商会本社ビル――
「相変わらずでかいビルだな・・・、流石は一流企業だ。」
信号待ちをするヴィステの前にそびえ立つ60階建ての超高層ビル。下から見上げると、ビルがゆらゆらと動いている感じがする。そんなヴィステは、信号が青の変わると、さっそく本社ビルの地下駐車場に入って車を停め、エレベーターで1階の総合受付に向かった。
1階の広々としたロビーには、取引先やら従業員やらたくさんの関係者が行き交っており、受付カウンターの奥には3人の女性がいる。ルシェイン系とカミーラ系とナハトリア系の若い美人受付嬢達だ。そんな中、ヴィステが歩み寄っていくと、ナハトリア系の受付嬢がにこやかに会釈をした。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。すいませんが、ダイマ会長に会いたいんですけど。」
「伺っております、少々お待ちください。」
受付嬢が秘書室に繋いでやり取りを行い、ヴィステは彼女から首掛けタイプの紐がついた入場証を受け取った後、しばらくその場で待っていると、受付カウンターの前に1人の女性がやってきた。身長175cmほどあるエイギス系の20代前半と思しきグラマラスな美人女性だ。
「お久しぶりです、山田さん。」
彼女の名前はパンティラ・エイジス。500年ほど前にスターク王国(海を越えた南東にあるアストラル大陸北部の国)で英雄とされた人物で、悪しき存在に魂を売って化物と化した為に9年前までのオールドメイという町に封印されていたのだが、今はダイマの秘書をしている。
「おう、久しぶり。」
「それでは、会長室にご案内いたしますので、私の後に付いてきてください。」
「あいよ。」
ヴィステはパンティラの後を歩き、彼女のうしろ姿をじっと見つめながらフロアの奥にあるエレベーター室に向かい、そこにある最上階へと向かう中央のエレベーターに一緒に乗り込んだ。扉が閉まってゆっくりと上に向かっていく。そして、ヴィステは壁に寄りかかりながらじっと表示板を見つめ、しばしの無言の後、パンティラに話しかけた。
「あいつ、虎之介とは何か話をしたのか?」
「・・・いえ、特に何も。全然会っていませんし。」
パンティラは虎之介の力によって封印され、その身を蝕んでいた邪悪なエネルギーを取り払ってもらった関係があるので、禿げオジサンに何かしらの協力を要請される可能性が高い。救世主に関して何かしらの行動を起こすのは間違いないだろう。ヴィステが色々と考え込んでいると最上階に辿り着いた。
「どうぞ、こちらへ。」
ヴィステはパンティラの後について廊下を進み、フロアの奥にある会長室までやってきた。そして、パンティラが軽く扉をノックすると、奥から“どうぞ”という太い男の声が聞こえてきた。
「失礼いたします。」
扉を開けたパンティラが軽く一礼をして中に入り、続いてヴィステも中に入った。その視界には広くて清潔感を感じさせる室内の様子と、部屋の中央の奥には書類が乗せられた机、そこに両肘を乗せて椅子に座っている1人の白髪オールバックで薄褐色肌の体格の良いスーツスタイルの老紳士、そして、部屋の奥のソファで丸まっている1匹の茶色と白の毛並みの猫の姿が入り込んだ。両者ともこちらをじっと見たのだが、猫がヴィステの姿を見るや否やソファを飛び降りて、尻尾をピンと立てながら“ニャ~”と鳴いて歩み寄ってきた。ピンクの首輪には“神”と印字された金色のプレートがぶら下がっている。
「おぉ、ニャンコ支店長。元気にしてたか?」
猫はヴィステの足元で上半身を起こし、両前足を合わせておねだりをするかの様に上下にくいっくいっと動かし始めた。明らかに何かを求めているといった感じだ。その愛らしい姿にヴィステ達の頬が緩む。
「お目当ては、これか?」
そう言うと、ヴィステはジャケットのポケットから煮干しが入った透明なビニール袋を取り出した。どうやら、ニャンコ支店長はこれがお目当てだったようだ。そして、袋から煮干しを1つ取り出して、手のひらに乗せると、それを支店長の口元に近づけた。すると、支店長はそれを咥えてササッと部屋の隅まで駆けていき、その場で屈んでムシャムシャと食べ始めた。その様子を複雑な胸中で見守るヴィステたち。
“あれがこの世界のトップだからな・・・”
――ニャンコ支店長――
創造主ミミの分霊が実体化した猫。その見た目は本体と変わらず、その思考能力も本体と同じで、自分が創造した、というより選んだ、この世界の物理法則を含め、全体的によく分かっていない。ちなみに、この世界の人間達がお祈りの際に両手を合わせて上下に動かすのは、ミミが祭壇という名の仏壇の前でおねだりの動作をよくしていたので、天使達がそれを平和への祈りと解釈して人類に伝え事で広まったからである。
「これ、あとはオヤツ代わりにあげといて。」
ヴィステはスタスタと老紳士が座る机の前に歩いていき、残りの煮干しが入った袋を机の上に置いた。“分かりました”と老紳士が軽く頷く。すると、パンティラが“それでは、失礼いたします”と再び一礼をして会長室を後にした。そして、老紳士は改めてヴィステに話しかけた。
「お久しぶりです、ヴィステ調査官。」
「おう、お前も元気そうでなによりだ、ダイマ執行官。」
――オウ・ダイマ――
落ち着いた男らしい太い声を発するこの男は、アクマ商会の創業者にして評議院なる組織の執行機関の職員である。また、惑星ティファとネイでもそれぞれアクマ機械工業株式会社、アクマ電力株式会社を創業し、その終身名誉会長として世界中で有名である。
「ちなみに、“元”調査官で、今は粛清代行者な。」
「そうでしたね。」
――粛清代行者――
評議院から依頼を受けた異世界の戦士のこと。人手不足を解消するべく設けられた非常勤の機関で、主に問題が起きている世界の一時的な救済措置をする役目を負っている。
「事件の詳細は警察庁の方からも聞きました。よくぞ解決してくれました、ありがとうございます。」
「いや、礼には及ばない。完全に解決したわけじゃないからな。」
「神代という泥人間が暗躍していたようですね。」
「あぁ。ただ、そいつについてなんだが・・・」
ヴィステは神代が泥人間の子供である可能性が高いことを伝えた。オジサンが少し調べた事や、目撃情報が少ない事、泥人間達の出現時期などから、まだ子供の可能性があることも。すると、ダイマの表情は険しいものに変わった。
「やはり、その手で来たか。ドロンコなら、間違いなくマーサで生まれた個体でしょうね。」
「そうだろうな。それと、邪念がシステムを使って生体に関する法則を変えてるみたいだから、気を付けた方がいい。妙な薬を創ろうとしているみたいだし。」
2人が真剣な表情で話し合う中、煮干しを堪能したニャンコ支店長ことミミは再び尻尾をピンと立てながらヴィステの足元に歩み寄って、そのまま彼女の足に頬を摺り寄せている。匂い付けをしているようだ。
「薬か。肉体と霊気の超強化、つまり、奴は魔王の誕生を狙っている、という事か・・・」
「この星でそれが現れるなら私が相手するけど、虎之介も言ってが、多分それは無いと思う。」
「そうでしょうね。昨日、大きな邪気をあのマンションの方から感じましたけど、その個体はあなたの実力を調べる為の者でしょうから。」
いくら生体の法則を変えようとも、そこにはやはり限界がある。肉体だけじゃなく、どんなに強力な効果のある薬を創ろうとしても不可能は確実に存在する。邪念が神代を強力な魔王にしたくても、その邪気圧も邪気量も身体能力も彼女を超える事は決してない。あれは惑星ヴィーナが創造した肉体を基礎にしたからこそ得られた強さなのである。それでも負けたのだから、魔王と化した神代をヴィステと戦わせても敗北は必至だ。邪念が貴重な戦力を無駄に費やすとは思えない。
「邪念が神代を使って何か直接大きな事をするなら、ヴィーナ以外でしょうね。」
「そうだな。私の権限に関しては、既に向こうもおおよそ把握しているようだし。」
ヴィステに与えられている権限は、基本的に第3銀河と宇宙空間における事象への対応だ。それが彼女の管轄区域とも言える。
「それと、創世会がフリーンで何か施設を作っているみたいだな。」
ヴィステは創世会の本部がある惑星フリーンで巨大な施設の建設が始まっている事を教えた。それが、神代の居城になる可能性も。
「なるほど。マタタビへの最後の砦というわけか。」
神星マタタビへ行くには、惑星フリーンに宿る強力な力が必要になる。それを利用した宇宙船で超光速飛行するわけだが、それを邪念が許すはずもなく、必ず神代とその部下達が妨害してくるだろう。
「つまり、神代と創世会本部を潰さない事にはマタタビには行けない、という事か。」
「恐らくは。邪念はゲーム感覚のつもりで神代達を動かしているし、一部の人間達も駒にされているみたいだしな。」
創世会は既に、各国の一部のミミ教会の幹部や政治家、財界の有力者、メディア関係者と幅広く触手を伸ばしている。その事を考えると、この星の社会でこれから起きるのは、主に創世会、つまり邪悪な思念に魂を売った人間達による破壊工作。
「もしかしたら、各国の政府からあなたに協力要請が来るかもしれません。」
「そうだな。まぁ、依頼として普通に受けるさ。海外なら、割増料金も追加しないとな。」
ヴィステの言葉に微笑するダイマ。すると、自分も仲間に入れてほしのだろうか、ミミが机の上に飛び乗った。机の上の書類がパラパラと散らばって床に落ちていき、そんなのお構いなしといった表情で、ミミはそのまま書類の上で香箱座りをした。
「相変わらず自由だな。」
ダイマは“えぇ”と呟いて、微笑しながらミミの体を優しく撫でた。ミミは心地よさげに目を細めてゴロゴロと首から音を鳴らしている。その様子にヴィステも微笑するが、複雑な胸中でもあった。
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